第五話 グレトナ・グリーンに連れてって・1
「じゃ、鶴本松也さん。今日はどうぞよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた十三に、松也は、どうも、と、頭を下げる。
「えーと。ではでは」と、十三は椅子に座った。「どんな夢がいいですかね?」
「ええと……それは、その……」
何だかおどおどしている。その不安と緊張具合を見て、十三は柔和な笑みを見せる。
「まあ、そんなに緊張しないで。ただのゲーム感覚でいいんですよ」
「いえ、実験自体は別に、いいようになるといいなと思ってますけども」
「?」
「実はその、ぼく」
と、松也はもじもじしながらも、しかし、キッパリと言った。
「ぼく、実は男の子の方が好きで」
と言うと十三は、
「ああ、なるほど。そうでしたか」
と、あっさり返してきたので、松也としてはちょっとびっくりしてしまった。
「あんまり驚きませんね」
「同性愛の被験者も結構いらっしゃいますよ。それに、カミングアウトしなかっただけで実際にはゲイとかレズビアンの方もいたんでしょうし」
ほっ、と、松也は胸を撫で下ろした。
「実は——これが人生で初めてのカミングアウトで」
「ほう。それじゃ緊張しましたね」
「わかります?」
「同性愛者の人たちのことはよくわかりません。でも一般論として、抱えてきた秘密を告白するというのは大変でしょう」
「そうなんです」と、話のわかる人だ、と思い、松也は単純に嬉しがった。「そういう友達もいなくて。当然、恋愛したこともなくて。ぼくは片想いのどの辺が恋愛やねんって思うタイプなので」
「この現代日本では珍しいんじゃないですかね?」
「ネットとか怖いし、都会も怖いし……」
「まあ一般的な感覚だとは思いますよ」
「だからその、とりあえずシミュレーションとして、夢の中で、その」
「?」
ちょっとはにかんで松也はこう言った。
「今、好きな人がいて」
「いいじゃないですか」
「でもノンケの人で。女の子が好きな子で」
「切ないですね」
「だからせめて夢の中ででもいいから、お付き合いできたらなーって。夢でもいいから、人生で、好きな人とお付き合いっていうことができたらいいなーって」
だがしかし、そこで十三は、うーんと唸った。
「現実の恋の方が楽しいと思いますけどねぇ」
「本当に好きなんです」
「まあ、それはいいんですが。あなたの人生がどうなろうがそこは別にどうでもいいんですが」
そう言われて、逆に松也はちょっと嬉しくなったので、つい話してみた。
「そうなんですよね。ぼくらが誰と恋愛しようが、あるいは誰と結婚しようがしまいが、他の人にはどうだっていい話なはずなのに」
「結婚も悪くないですよ」
「そんなこと言ってみたいです」
十三は両手を組んで、ゆっくりと言った。
「ま、例えば同性婚のこととか、日常的なこと、法的なこと……色々言いたいこととか思うこととか、文句を言いたいことは、そうですね、まだ大学生のあなたならなおさら山ほどあるんでしょうけれど」
「はい」
そこで十三はキッパリと言う。
「物事には流れがありますから。その時が来るなら、ただ来るだけです」
「……はい」
「このデジタナログ理論もそうであるといいと思っています」
「できるだけ早く来てほしいんですよね、本当は」
「残念ながら一朝一夕で世界は変わらない」
「まあ、それはそうなんですけど」
「一応、人生の先輩として言わせていただきますとね」
と、十三は柔和な笑みをたたえたまま、しかし真剣な表情で言った。
「どんな物事であれ一気に変えようとした場合、それなりの反動が起こります」
「その理由が何であれ」
「何であれ、です」
「まあ——今のぼくは、半径三メートル以内の幸せを大切にしたいと思ってます」
「いいと思いますよ。最終的にはそうなりますし、最終的にそうならないと、どんな言動も行動も活動も……限界が来ます」
「限界?」
「真の願いはいつだって身近なものでなければ発動しません」
「?」
ちょっとよくわからないでいる松也に、うまく説明しようと十三は試みる。
「デジタナは、もしかしたら世界を平和にすることはできるかもしれません。でも、世界が平和になったとして、大切なことはその後のことです。その後のことがうまくできるかどうかは——誰もが半径三メートル以内の世界の幸せというものを大切にできるかどうかにかかっている。それができなければ……」
「……できなければ?」
「デジタナも、結局は現在のインターネットと特に変わらないものになるでしょうね」
何だか憂いを感じる眼差しに思えたが、だが十三は、おっと、と、姿勢を正した。
「ちょっと喋りすぎましたかね。あなたも早く実験したいでしょうに」
「いえ、こちらこそなんかすみません」
「ではでは。そろそろ、始めますか?」
立ち上がり、ベッドに腕を伸ばされる。
松也は、今、大好きで大好きで堪らないあの子と、夢でも一緒になれるんだ、と思うとドキドキして、ときめいた。ワクワクが止まらなかった。
「はい!」
そして、今回の実験は幕を開ける——。




