第四話 ものは言いよう・3
「男らしさから戦争をしたりするのですよ」
「あなたこそ、世界平和の象徴」
「誰が何と言おうと好文くんは正しいのですわ」
否定、になったと思ったら肯定。
否定、される前に肯定。
……だんだんこの天使の“肯定癖”が好文は鬱陶しくなってきた。
ただただ機械的に肯定しているだけみたいな……。
好文はだんだん気づくようになってきた。この天使は、“相手に合わせる”ということがまるでできていない。それは結局、自分の家族が理由や状況や言い分を無視してひたすら否定してくるようなものと変わらない……要するに、おれのイメージが貧困である、ということなのだろうか? だんだん好文はそう思うようになってきた。
否定されてばかりではいけないのと同じで、肯定されてばかりではいけないのではないか。生まれつきか、育った環境か、自己批判精神の強い好文はどんどんそう思うようになってきた。しかし一方で、否定されるのはもううんざりだった。同じようにダメになるのなら肯定されてダメになりたい……というのは絶対に違うはずだ、結果的にダメになるなら結局同じことだ、と思えてならない。それでも否定は懲り懲りだった。
ピンクのもやの中。何だか好文は疲れてしまった。これもさっき博士がプロテクトだかデータを弄った結果なのだろうか? いやいや。この明晰夢の中、天使の対応はまるで変わらないし、おれのイメージもひたすら暴力的かつ好戦的になっていっているがそこに関して博士のストップはかからない。おそらくその上でデジタナとやらはうまく機能するようになるのであろう、自分はコンピュータはインターネットをするだけなのでまるでわからないが、と、好文は何となく思う。
そんなこんなで、ピンクのもやの中を歩いていると、やがて出口に辿り着き——と思ったら車に轢かれそうになった。
「ああ。間一髪でしたわね」と、天使はどこまでも呑気だった。「日頃の行いが良かったから何とかなったのですわ」
こういう場合は“大丈夫?”と言われたいものだ、と、好文は思う。
結局のところ——肯定もそうなのだが、同情とか共感とか、寄り添ってほしい、というのが強く自分が望むところなのだろうか。その点で自分の血族はあまりそういう感情はなさそうだと好文は思う。彼らは端的に言えば強いのだろう。そして他のちらほらいる否定癖を持っていないいとこたちも、強いのだろう。そんな中で自分は否定の文化に抵抗感があり、そして人間として弱い……白い羊の群れの中でただ一匹の黒い羊が理解も共感もされることもないのはある意味当然と言えば当然であり、だから理解や共感を求めるのはちょっと不自然なのかもしれない、と、好文は何だか自分自身のことを客観的に見ている。
あれ。おれはこんなに客観的に自分のこと見られたっけ?
デジタナは深層心理の真の願いを現実に反映させる——。十三の言っていたセリフを何となく思う。
さっき、博士がコンピュータをいじっていたのは。
おれが客観視できるようになってきているのは。
おれの真の願いっていうのは、それは……。
そんな思索に耽っていると、やがて好文は河川敷の橋の下、ダンボールハウスの中で汚い格好をしていた。
「なんでホームレス」
「あら。現世に束縛されないなんて幸せなことですわ。それに家賃を払う必要もなければ、税金を払う必要もない。何と言っても火事の心配がないのも大きいですわ」
表層意識のリクエストと深層心理の真の願い——。
「もういい!」
とにかくもう天使の肯定癖にも否定癖と同じようにそれはそれでうんざりしてしまったのだった。
「おはようございます」
そういうわけで好文は目覚める。何だか悪夢を見ていたような気がしていた。そんな中、頭の片隅ではどうしてもこのデジタナ研究実験をすることによる自分の目的を思う。
肯定されたい……その願いがこのような形で現れたということは、つまり、おれの真の願いというのは……。
「何だかぼんやりしてますね」
コーヒーを淹れながらそう言う十三の背中を見て、好文は思う。
要するに、おれ、もうちょっと楽に生きていきたいんだよな。




