第四話 ものは言いよう・2
「家族に恵まれていなかったというのは、ある意味では恵まれているのですわ」
と、その幼女のような天使は好文に語りかけてきた。どうやらシミュレーションが始まったようだった。開口一番がその件とは、この天使はよくわかっている、と好文は感嘆した。
この天使、美幼女であることは間違いないのだが、ややアニメーションに近い造形であった。好文が二次元オタクである影響が現れているのであろうし、彼が特定の漫画家やイラストレーターや絵師を推しているわけではないから漠然としたイメージなのであろうと好文は何となく思う。とにかく好文の認識では美幼女キャラクターであり、とにかく、天使である。まさに天使のような幼女は好文に続ける。
「その分、強く逞しく育っていけるんですもの。歴史に名を残すような人に天涯孤独の人は珍しくありませんわ」
なぜお嬢様言葉なのかはちょっとよくわからないが、自分の深層心理における美幼女天使のイメージがお嬢様言葉なのであろう、と好文は思った。
「ですから好文くんはそのままのあなたでいいのですわ
「でも、“そのまま”でいたから、友達たちとなんか距離ができちゃって」
「あら。真の友はそのままのあなたを愛してくれますし、距離ができた以上縁がなかったというわけなのですから縁が切れてよかったですわ。これから新しい縁を結ぶために切れたとも言えますのよ」
「なるほど」
やや強引な理屈のように思えなくもないが、やっぱり、肯定されるのは気分がいい。
「ありがとう天使さま」
「礼には及びませんことよ」
にっこりと微笑む。とってもかわいらしい。恋をしそうだが、あくまでおれのイメージの具現化である、と、気を引き締めた。
気を取り直して好文は夢の中を漂う。
何やらピンクのもやに囲まれる中、好文は歩いている。
「何でまたおれ、こんなもやの中にいるんだろ?」
という好文の疑問に、天使は答えた。
「それは、好文くんのイメージが漠然としているからですわ」
「漠然?」
さっきも十三が同じ単語を言っていたが、どういうことだろう、と思う。
天使は続けた。
「“肯定される”ためには何らかの状況にいなければなりませんわ。だから好文くんが何らかの状況をイメージしなければなりません」
「何らかの状況のイメージ……ねぇ。難しいな」
「そんな難しいことではありませんわ。いつもの風景、光景を思い浮かべれば良いのです」
「いつもの風景、光景……」
というわけで、とりあえず家の中。
家族団欒、とは名ばかりの、マナー教室の夕食。
「音を立てて食べるな」
という父。夢の中でまでこれか、と思い、おれはうるせえと思いながらズズズとわざと大きな音を出して父を威嚇する。父は渋い顔。
すると天使が言った。
「息子は父殺しをしなければ大人の男になれませんわ。好文くんはきちんと成長していますのよ」
「ふむ、なるほどね」口の周りに米粒をつけながら好文はニンマリする。「親殺しか。これがおれの親殺しになるわけだな」
「ある意味では父君の自業自得でもあるわけですわね」
「そうだね」
というわけで次は母親。
「野菜を食べなさい」
黙れ、と思いながら好文はグリーンサラダを床の上に落とした。
「マザコンの男は嫌われますのよ」
「だよね」
やや乱暴な理屈が続いている……とは思うものの、しかし、気分がいい。
肯定されるというのは気分がいいものだ、と、好文は嬉しい。自分は否定されてばかりで生まれたときから暗い気分が続いていた。学校生活でも、周囲の人たちは自分を肯定してくれるのに自分は否定してばかり……それでは最終的には嫌われてしまうのは仕方がないし、彼らに否定されてしまうのは仕方がないと反省できる。しかし家族親戚は特に意味も理由も目的もなく自分を否定する習性を持っており、あるいは自分に何か問題があるのではないだろうかと考えることもあったがだからこそどんどん性格が暗くなっていくのを覚えていた。
好文は特に精神疾患があるわけではないが、“自分のせいだ”という猛烈な意識が人々を病へと向かわせるのではないかと何となくかつての定時制時代を一緒に過ごした、ややうつ気味だった友達を思う。彼は誠実な両親に恵まれていたようだが、どうしても自責の念が強い子だった。もし彼の親も自分のような否定の民だったら、と思うと、好文は今更ながらゾッとした。
とにかく好文は自分のペースで食事を続ける。そして自己批判の精神が強いからこそ、そこで好文は思う。
「こんなにマイペースに食べてていいのかな」
「食事のペースは人それぞれですもの。早食いの人もいれば、ゆっくりの人もいますわ。みんなで同じ時間に始めて、同じ時間に終えるなんておかしな話ですのよ」
それはそうだ。そう思い、好文は食事を終える。
姉の登場。テレビを観ている。その中でとある美人モデルが画面に登場する。
「この子はかわいくないと思いま〜す」
好文はそのモデルが割と好きだったため——というのとはまるで関係なく、彼女のブス具合にうんざりする。姉は別に不美人なわけではないと弟ながら思っていたが、今ここで寝そべりながら饅頭を食う彼女がとてつもないブスに見えた。
「うるさいな」
「何よ。あんたはこれだから頑固だから」
“あんたは頑固だから”というのは彼女の口癖のようだった。それにより、自分にはあくまでも何の問題もなく、好文に問題があるから問題が発生するのであると彼女の中で結論付けていることを好文はとっくに理解していた。
そしてここは夢である。
「うるせえ黙れ」
と言って好文は姉の頭を椅子で殴る。何度も殴る。彼女は絶命した。
「ああ、夢の中とはいえ、とんでもないことを」
と独りごつと、すかさず天使の登場。
「言ってもわからない人には力で対抗するしかありませんものね」
「そうだよね。言葉でいくら言っても伝わらなかったんだもの」
「そうですわ。そうですわ」
「ああ。鶯谷さん」
と、そこで好文は男の声が聞こえ、同時にベッドの上で目覚めた。
「せっかく気分が良かったのに」
「エスカレートして意識を侵食する可能性を考えました」
「え?」
何を言われているのかよくわからず、好文は頭の中に疑問符を浮かべる。
十三は説明した。
「デジタナは人々の意思と意識によって日常生活をコントロールします。その中で今みたいに表層意識と深層心理の願望がダイレクトに反映されると例えば犯罪行為が蔓延してしまいます」
よくわからない。何を言っているのだろう。
「つまり?」
「あなたの夢があなた自身が思っていたより相当ハードだったようで」
「あの、何が言いたいんです? だってこれ、明晰夢で、好きな夢が見られるんでしょ?」
「あくまでデジタナ理論のための実験であり、明晰夢の実験ではありません」
と、きっぱり言って十三は足を組んだ。
「要するに、あなたのおかげでプロテクトを多少改善しなければならないことがわかりました。なかなかトップシークレットですが」
「はあ」
「そんなわけで、たった今データを改良しましたので、では再び夢の世界へどうぞ」
「え、改良? たった今?」
自分はコンピュータのことは何一つわからないが、プロテクトの改善だのデータの改良だのはそんな瞬時にできるものなのだろうかと好文は訝しむ。
すると十三は、なんてことはない、というかのように答えた。
「私自身がデジタナを実践している最中ですのでね」
「え?」
「アナログやデジタルに比べて、デジタナの計算速度、処理速度は圧倒的です」
「はあ」
「というわけで、では良ければどうぞ」
「……」
考えることは山ほどあったが、とにかく危険なことではなかったようだから、とにかく不安ながらも再び寝転んで……そして好文はちょっとだけ、思う。
この博士も、夢の世界の住人なのだろうか? ——と。




