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第四話 ものは言いよう・1

 昔からおれは否定され続けてきた。

 何と言っても姉だった。三つ上の姉は幼い頃から否定の文化の国で生まれ育ったようで、ことあるごとにおれを否定してきた。好きなヒーローはここが格好悪い、お気に入りのアイドルはかわいくない、愛読書の漫画や小説はつまらない……彼女はおれを否定するために生まれてきたとしか思えなかった。

 親は親で、特に食事のときがうるさかった。父親はマナーを何よりも大切にし、母親は栄養を何よりも大切にしており、おれはご飯というものは楽しく食べるものだと生まれながらに思っていたのだがそういう発想は彼らにはないようだった。子どもの頃は権力に従わないわけにはいかないから従っていたのだが、大人になるにつれておれ自身に反抗の力が強まってきたため、反抗するためにわざと犬食いしたり手掴みしたりして食べるなどして父親を黙らせてきたが彼が反省することはどうやらなさそうだった。要は今もそんな生活が続いている。そういうわけで、おれは家族団欒の時間の中で食事の時間がとにかく苦痛だった。そういうわけだから、おれは高校生のときは友達たちの家を泊まり歩いていたものだった。

 忘れてはならないのが三つ下の弟である。彼は、子どもの頃はかわいらしかったのだが、成長過程でインターネットというものが生活の中に登場するようになってからどうもかわいくなくなった。とはいえ、おれはおれで否定の文化の国で生まれ育ってきたため自分自身も否定が習慣になっており、家にネットが開通した初期の頃はやれ芸能人の裏の顔だのやれあのミュージシャンは海外の曲を盗作しているだのの話題を振り撒くようになっており、やがて弟が「ネットの話はうんざりだ」と怒鳴ってきたことでおれはだんだん目が覚めてきて、そういう話を他人にするのはやめるようになった。のは、おれはいいのだが、その弟はどんどんネットにハマっていき、だんだん思想とか発想とかそういうものが偏るようになっていった。特定の思想や発想にハマること自体は別に好きにすればいいのだがおれの話が全く届かなくなったのが面白くないし、何なら恐怖心すら湧くようになってきたのだが——結局、弟はおれにとっての彼のように本気で怒ったり叱ったり、注意したりお説教してくれたりする人物が周囲にいなかったのであろう。そういう意味では本人の責任ではないわけだから可哀想っちゃ可哀想ではある。

 否定の文化の国は家系全体に及んでいた。もういちいち説明するのも面倒臭いから割愛するが、とにかく、おじもおばもいとこたちも軒並み否定の文化の国の民たちだった。中には肯定の国の住人もちらほらいたのだが、そんな彼彼女に限って基本的におれと日常的に関わることのあまりないライフスタイルを送っているからおれとしては困っていた。

 そんなわけで、おれも否定するというのが習慣になっていたのだが、それは幼い頃からそうだったのだが、学校生活でもその否定癖が治らず、かなり長いことおれはおれの周囲の人間たちが温かな人間たちに見えていたものである。何と言っても何かを殊更に否定するという習慣がおれの友達たち同級生たちには特になかったようであり、今思えばそれはおれの家がおかしかったのだと思うが、だからおれは周囲の人間たち、赤の他人たちには恵まれていると思っていた。もちろん赤の他人たちに恵まれていたこと自体は、それ自体はその通りなのだが、それを自覚した辺りからおれは自分たちが“おかしい”と思うようになり、必然的に家族親戚と合わないのがより一層合わなくなっていった。

 ところでそんなおれの学校生活はというと、おれは小学校の頃は普通に学校に通っていたのだが、中学校でドロップアウトしてしまった。要は不登校である。原因はもちろんその否定癖である、のであろう。友達たちと何となく距離ができてしまい、一年生の夏休み、みんなで映画を観に行こうと約束していたのにおれだけ置いてきぼりを喰らってしまい、それについて文句を言ったら「お前が空気が読めないからだ」と一蹴されてしまったことから学校に行けなくなってしまった。それなら誘わなければ良かったのにというのは強烈に思うところではあるが、少なくとも半分はまあおれのせいであるためいまいち反論できずそのまま三年間まともに通えなくなってしまった。ただ、彼らは彼らで罪悪感があったのか、度々おれに連絡をしてくれたり家にプリントを届けには来てくれたのだが、まあ、おれが捻くれていたのであろう、一回のミスが許せずいつまでも許せずに卒業と同時にそのまま別れてしまった。考えてみれば半分はおれの否定癖のせいなのだからおれはもっと内省すべきだったのだが時はもうすでに遅し。

 そういうわけで高校は定時制に進学したのだがそこでも否定癖の異常さに気づかず当時の友達たちからも付き合っていけば付き合っていくほど中学の頃の友達たちと大して変わらない対応をされるようになり、通学自体はできたし話をする友達たちもいたのだがはっきり言って苦痛な四年間だった。“友達たちはいた”、と、自覚できているのは彼らが基本的に温かな人間だったからである、要は否定の文化の国の民たちではなかったからである。だから高校生活のおれの不遇具合も、これも半分はまあおれのせいであるため、はっきり彼らを恨めないのが悔しいところであり、おかげで学校生活という日々の営みの中でおれはどんどん閉じこもるようになってしまった。

 不登校で定時制通い、というわけで、家族親戚たちの当たりはますます強くなった。否定癖は強まり——かつ、両親はおれをやたらと集中的に過保護・過干渉するようになってしまい、高校はせっかくの定時制だったというのにアルバイト禁止だった。周りの友達たちはみんな仕事をしているのに自分だけが仕事をしていないことが微妙にコンプレックスであった。というか、友達たちも「バイトをしてないだなんて」と絶妙にいじめてきて、とにかくバイトがしたくてしたくて堪らなかったのだが親にそんなおれの気持ちがわかるわけもなく、結局おれは勉強もろくにせず特に趣味とか特技とかいうものもなかったので、本当に、ただ高校卒業の資格を得るためだけに高校生活を送ることになっていた。

 両親の過保護・過干渉がおれに集中していたためか、姉と弟はそこまで彼らに干渉されずに済んだようで、二人は親を純粋にリスペクトしているようである。おれが処理してやったからだと思えてならない。二人は第一志望かどうかは知らないが行きたい学校に行けたのにそこに関して彼らは「努力の力だ」とまるでおれを努力不足だと言わんばかりにおれを責め立ててくる。自分たちが行きたい学校に行けたのは親が行かせてくれたから、という感覚が彼らにあるかどうかはわからない。彼らとはもう関わりたくないのだから……とはいえ家族だからもうしばらくは関わらなければならないと思うと気が重い。

 というわけでとにかく歴史を一気に説明してややごちゃごちゃしてしまったかもしれないが、そんなこんなで要するに現在おれはニートである。外出自体はできる引きこもりといったところか。卒業してしばらくはバイトしていたのだが、まあおれは働くのに向いていないのである、半年で辞めてしまって、それからはずっとお家でインターネット。そして現在アラサーである。つまらない人生でありくだらない青春だった。

 そんな無為な人生の中、そのインターネット・サーフィンを続ける過程で、とある科学者だか博士だかのサイトを発見し——そしておれこと鶯谷好文うぐいすだによしふみは今、研究所というマンションの一室にいる。


「何でも肯定してほしいんですよね」

 と、好文は椅子に座る十三に言う。

「漠然としてますね」

「漠然レベルですね。おれ自身、何でまたこんなに家族親戚に否定されてきたのかわからないし」

「まあ、可能ですよ」と、十三は足を組む。「ただ、それだと第三者のイメージが必要ですかね」

「第三者のイメージ?」

「“肯定する”人物です」

「なるほど」

「どんな人にします?」

 一瞬考え、すぐに好文は答えた。

「天使がいいです。困ったときに声をかけてくれるみたいな」

「じゃ、やってみますか」

 それではベッドに寝転んでください、と促され、好文はその指示に従う。

 やがて『眠れ良い子よ』のメロディが流れ始め……そして好文は眠りに、就く。

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