第二話 自殺大作戦・3
部屋の中。小さく狭い部屋の中。薄暗い部屋の中。そこに紅葉はいた。
どうやらさっきの部屋と同じようだった。窓はないし、小さな電灯、後ろ側にドア。自分のイメージが貧困だということなのか、それともこの程度のイメージで充分だということなのか、とにかく気を取り直してテーブルを見ると、そこにコップ一杯の水と、茶色い小瓶が置かれていた。
恐る恐るテーブルに近づき、小瓶を手に取る。中には半分水色半分白のカプセルが何錠も入っている。ラベルも何もないが、これが青酸カリであることが紅葉にはわかる。だからこれを飲めば自分は死ぬことができる。間違いなく安らかな死でもって、逝くことができる……。
再びさっきと同じように色々なことが頭を過ぎり……そうになったが、二度も走馬燈を走らせるのもなんだかだらしないような気がして、紅葉はブンブンと頭を振って面倒な手間をかけずスムーズにちゃんとやろうと思うのだった。
左手にカプセルを一錠出して、紅葉はさあ死のう、と思ったのだが、ふと思う。
「一錠でいいのかしら」
青酸カリの致死量がわからない。と同時に、“致死量”というのは、それを超えなかった場合、苦しむのだろうか、と思い、しばし逡巡したのち多いに越したことはないだろうと考え五錠を振り出したのだが、だが、このカプセルのサイズの場合、五錠が青酸カリの致死量なのかどうなのかもわからない。
「多鍵さん」
と呟くと頭の中で声がした。
「はい」
「明晰夢って、好きなようにコントロールできるんですよね」
「あなた次第です」
「わかりました」
じゃ、と思い、五錠で死ねることにしよう、と、紅葉は設定した。
さあ、死のう。これを口の中で含み……と思ったのだが、ふと思う。
「苦いのかしら」
それはちょっと困る。私としては眠るように死にたいのだが。苦いとか通り越してとんでもない味がするのではないか。確かにカプセルである。味がないから、舌の上で効果を発揮しないように錠剤や粉薬ではなくカプセルに設定したのである。しかし、万が一ということがある。要するに、もし舌の上で溶けちゃったりしたらどうしようとどうしても不安になってしまった。そしてこういう場合、味がする、という段階で死ぬのだろうか。というか、口の中は痛むのだろうか。
「多鍵さん」
と呟くと、面倒臭そうな声がした。
「なんでしょう」
「どこまで好きなようにコントロールできるんですか」
「あなた次第でどこまでも」
「わかりました」
じゃ、と思い、飲み込むまで効果は発揮されないことにしよう、絶対に口の中で溶けたりはしないようにしよう、と、紅葉は設定した。
では……いよいよである。
ちょっと面倒臭いやり取りをして十三に悪かったな、とは思うが、しかしこれは夢の中。どうせ現実世界に帰ればあの能天気な博士が隣にいるのだ。と思うと、そういやこれ夢の中だから死んだところで現実では私元気なんだな、なぜならさっきの銃の自殺の失敗での凄まじい痛みは現実に帰った途端なくなったのだし、ここで死んだところで私は元気なんだな、と思うと、それじゃ今日何のためにここに来たのかしらと一瞬頭に疑問符が浮かんだが、しかしなんかもう余計なことは考えないでまあいいじゃんの勢いで死んじゃおう、と思い、紅葉は五錠の青酸カリを口に含み、コップの水を飲み干す……直前に、ふと思う。
「ショック死って、苦しいのかしら」
“ショック死”というのはよく聞く言葉であるが、具体的にどのような死を迎えるのかをそういえば自分は知らない、と、紅葉は気がついた。
そういえば漫画やドラマなどで、毒を飲んだ後に大量に吐血し、苦しみながら死んでいるシーンがよく出てくる。青酸カリはショック死。ショック死、というのは、眠りながら死ぬみたいな感じなのかしら。どうなのかしら。そうなのかしら。
「多鍵さん」
隠すことなく十三は面倒臭そうに反応した。
「はい、なんですか?」
「ショック死って、苦しいんですか?」
「さあ。ショック死したことないですし。何なら死んだことがないですしわかりませんね」
「……」
「そこはあなたの想像力が全ての世界なので、好きなように設定されたらいかがですか。今回、そういう実験ですからね」
「はあ……」
確かに、“眠るように死ぬ”と設定すれば、想像すれば、そうなるのであろう。
だが、実際問題、薬を飲むことで眠るように死ぬということは可能なのだろうか。
……ちょっとでも苦しむ可能性があるのであればぜひ避けたいところである。そうでなければ今日何のためにここに来たのかわからない。
「ちょっとすみません」
「はい」
と、紅葉は目覚めた。
「死ぬのやめます?」
「私の想像力の限界みたいで」
「なるほどね」
「毒はやめます」
十三はヘッドホンを外した。
「あなた自身に“毒薬”のイメージがないからリアリティが生まれなかったんですかね」
「さあ。私、そういうことの専門家じゃないんで」
「そうですね。で、じゃあお次は、どんな死に方を?」
「……そうですね」
紅葉は考える。自分は、眠るように死にたい。というより、眠りながら死にたい、といった方が適切だろうか。眠りながら死ぬ……例えば眠っている最中に首を絞められるとか。とんでもない話である。
と、ふと紅葉は思いついた。
「じゃあ今、カナダだかスウェーデンだかどっかの国で、安楽死装置があるそうですけど」
「あなたにとっての安楽死とは、あなたが望む死に方ができるのでしょうか」
「眠るように死にたいというか、眠りながら死にたいというか」
「でも、そういう安楽死装置って、見たことあります? 失礼ですけどあなたの想像力でどこまでイメージできるか専門家としては疑問ですけど」
なんだか失礼なことを言われたような気がして紅葉はムッとする。
「全力で考えます」
「今、考えといた方がいいかと」
「そうですね……」
小学生の頃観たSF映画を思い出した。確か、コックピット型のマシンの中に入り、博士が電源を押すとそのまま眠る……しかしその場合、コールドスリープの状態に入るのであって死ぬわけではない。だから、自分の場合は、そのまま死ぬことにしよう、と、じっくり考えた結果、紅葉は言った。
「なんとか想像できました」
「そりゃよかった。じゃ、行きましょうか」
「はい」
と、紅葉は再び横になる。例のメロディが流れ、だんだん眠りに落ちる。
このまま死ねたら自分の望み通りなのになぁ、などと思いながら。




