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第5話 始まりの森⑤

 あの後、ミューズとは一言も話さずに夕食の時間となった。1階へ降りると、美味しそうな匂いが部屋を満たしていた。調理をしているのは村長ではなく、若め女性の人族だ。昼間の村人の中にはいなかった気もするが、全員があの場にいたわけではないだろう。

 木製のテーブルには、大小様々な野菜がゴロゴロ入った白いクリーム状のスープに、丸くて赤い彩が与えられたサラダ、シンプルに塩焼きした鶏肉など豪華な食卓が並んでいた。

 村は廃れているのに、これだけの食材が並んでいると収入源が果たしてなんなのか気になるところではある。やはり村長というだけあって経済面では多少の優遇があるのだろうか。

 「ミューズよ、今日は疲れただろう。怖い思いをしたと思っての、少し豪華にしてみたぞ。さぁ席に着きなさい。」

 そういう気遣いだったのか。勝手に森へ入ったことを叱る村長であったが、心から心配していたからこそ。それに、やはりこの時間になってもミューズの両親らしき人族はいない。たまたまいないだけなのか、それとも──、と憶測の域を出ないが、仮にそうだとしたら村長が親代わりということになる。我が子、孫と言っても過言ではないが、喜んでもらおうとあれこれ考えたのだろう。

 「そこの獣族は、えーと、タッツーとか言ったかのう、何が食べられるかわからんが、肉は食えるじゃろう。ぜひ食べてくれ。と言っても言葉はわからんと思うがの。」

 私にまで食事を提供してくれるとは思わなかった。思えば卵から孵って何も口にしていない。腹は空いているが、私自身も何を食べられるかは把握していない。おそらくなんでも食べられそうな気はする。

 ミューズはゆっくり席へ着く。私も村長に促された器の前まで移動する。しかし、この調理をしてくれた女性の分は?テーブルを見た感じ、私含めて3食分しか置かれていなかった。すでに食べてしまったのだろうか。調理スペースで立ったまま、特に言葉も発しない。視点もただ一点を見つめるだけ。

 「それじゃあ、いただくとしようかのう。」

 「・・・いただきます。」

 相変わらず覇気のないミューズである。結局服も着替えずに1階へ降りてきたため、肩付近は私の爪で敗れたままだ。それでもゆっくりと口へ運び、胃を満たしているようだ。

 私も提供された手前、ありがたくいただくとしよう。一口食べると、ちょうど良い塩味で肉汁が広がる。皮はパリッとしていて香ばしい。これほどうまく焼き上げるとは、人族は料理がうまいんだな。感心しながら無言で食べ続けていると「ふぉふぉふぉっ」と村長が満足げな笑い声をあげる。

 「どうやら喜んでもらえたみたいじゃな。獣族の口にも合ってよかったわい。」

 「きゅぅ!」

 それらしい声でこちらも応える。

 村長は黙々と食べ続けるミューズに視線を移し、ごほんっと咳払いを一つ。

 「ミューズよ、明日はお主の12歳の誕生日じゃ。こうして無事に祝うことができてよかったぞ。」

 なんと、明日はミューズの誕生した日であったのか、しかも12歳。誕生日前日に獣に襲われて命を落とすなんて決してあってはならない。ますますあのタイミングで私が生まれてよかったと思う。

 「12歳ということは、世間的には一人前の人間として見られるということじゃ。それに恥じぬようお主もこれから頑張るのじゃぞ。」

 人族にとって12の年は一つの節目であるのだな。まだまだ幼さが残ってはいるものの、そうも言ってられない年代というわけだ。

 言葉を伝えられたミューズは持っていたフォークをゆっくりテーブルに置き、村長へ顔を向ける。

 「ということは、村も出ていいっていうことだよね?そういう約束だったよね?」

 「ミューズよ、確かにそれはできるが、あくまでお主が村を出ていけるほどの力と知識を身につけていればの話じゃ。実際、今日だって獣族に襲われて何もできなかったんじゃろ?正直、リュカの村周辺に出る獣族は最低レベルじゃ。それすらまともに相手にできないようではこの村から出ることは不可能じゃろう。」

 「じゃあなんで剣術を教えてくれなかったの?私言ったはずよ?村へ出る時のために剣術は教えてって。でもいつも村長ははぐらかして、私に剣術を教えてくれなかった。

 「それはこの村に剣術ができるものがまともにいないからじゃよ。」

 「嘘よ!ダートンおじさんは昔は都市で衛兵やってたって。月日が経っても少しくらいは教えられるはずでしょ?」

 「ダートンだってわしとそんなに変わらん年齢じゃ。無理をさせるのは村長として認められんよ。」

 「でも・・・だって・・・」

 なるほど、ミューズはこの村を出たかった。それができるようになるため、剣術の指南を乞うていた。しかし、村の状況的にそれができなかった。それにミューズは納得できていない、という状況か。

 村長の言うことは全てその通りではあると私も思う。しかし、できないならなんとかするというのも村長の務めというものではないのだろうか。村の外から人間を呼ぶとか、何かしらの手は打てたはずだ。ミューズをこの村に引き留めておきたい理由でもあるのか。それに、ミューズはなぜ村を出たがっているのか。そこもわからないままだ。

 ミューズは下を向いたまま顔を上げようとしない。それに見かねたのか、村長が大きく息を吐き出し、手に持っていたフォークを置く。

 「わかった。今月中にはなんとかしよう。ミューズに剣術が出来るものを指南役として付ける、それで良いか?」

 パッと明るい顔を上げたミューズは椅子から立ち上がり、大きく身を乗り出した。

 「本当?」

 「本当じゃよ。」

 「やった!!!嬉しい!!!ありがとう村長!!!」

 さっきまでとは打って変わって、勢いよくテーブルの上に置かれている食材を食べ始める。よほど嬉しかったのだろう。

 「ふぉふぉ、これこれ慌てるでない。ゆっくりな。」

 村長もきっと親代わりとして、その責任がある。自分の子供のような存在を村の外には出したくはないだろう。けれど、子は育ち、いずれは親元を離れる。それが今なのだ。村長もそれをわかって、ミューズの願いを聞き入れた。人族とは実に愛情深い生き物なのだな。

 感傷に浸りながら、私も残っている鶏肉を食べようとした時だった。一瞬視線を村長に移した時に、村長は視線をあの立ち尽くしている女性に送っていた。それを確認した女性は、その後家を静かに出ていった。

 果たしてあれはなんだったのだろう。疑問が残る中、鶏肉を口の中へ放り込むのである。

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