第4話 始まりの森④
リュカの村への道すがら、ミューズは楽しそうに鼻歌を唄う。同じフレーズをひたすら唄っているようだ。先ほどから同じメロディーしか聞こえない。
進めど進めど辺りは森。ミューズは迷うそぶりを見せずに一直線に進んでいくが、そういえばなぜミューズはモンスターに襲われていたのだろうか。
「ミューズ、なぜこの森にいたのだ?」
私の疑問にピタッと鼻歌をやめる。
「うーん、何となく?」
「人族というのは何となくで森に入るものなのか?」
「私にもわからないけど、そういう時あるんじゃないかな?」
特に目的もなかったというわけか。しかし、それでモンスターに襲われたわけだから、不用心にも程がある。
「わた・・・おいらがそこに居合わせなかったら、ミューズは今頃死んでいたかもしれないんだぞ?」
「ふふっ、ちゃんとおいらって言えてるね。そうだよね、そう考えると、タッツーは私の命の恩人、いや、龍だから恩龍になるね。」
「どちらでもよいわ。」
しかし全くもってその通りである。あのタイミングで私が目覚めたのは奇跡というものだ。
「でも、まさか龍族に会えるなんて思ってもみなかったなぁ。」
「珍しいのか?」
「そうだね───あ!村が見えてきたよ!」
村が見え始めた途端に駆け足になる。木々の間から木造の建築物とうっすらと煙も見える。どうやらここがミューズが住むリュカの村のようだ。
パッと見小規模の村のようだ。人口も数十人と言ったところだろうか。年齢層もどちらかというと年配の人族が多く、若い人族はあまり見当たらない。ミューズが最年少でもおかしくはなさそうだ。身なりもミューズが身につけているものと同様に布1枚の簡素な素材だ。そう言えば服をちぎってしまったが大丈夫だっただろうか。もしミューズの両親に叱られるようなことがあれば、その時は私が正直に話そう。
「村長ただいま!」
そう言って近づいていったのは腰の曲がった髭の生えた老人で。まさに村長とといった風貌である。
「ミューズ、今までどこにおったのだ。」
「森の中だよ!」
「これ、あれほど一人で森の中に入るでないといったはずだが・・・そのボロボロの服は一体どういうことかね?」
「あー、えーと、転んじゃって。」
「転んだだけでそこまで服は擦り切れたりせんぞ。もしや獣族に襲われたのではないだろうな?」
見開かれた眼光は鋭く、ミューズも一歩後退りする。
「う、、、ごめんなさい。」
「全くお前という奴は。しかし、獣族に襲われてよく命があったものだ。」
「実はね・・・タッツー!こっちこっち!」
私を探すそぶりをして、大きく手招きをしてくる。ゆっくりパタパタと近づいていくと、村人からの視線を一気に浴びる。歓迎・・・ではなく明らかに敵意を感じる痛い視線だ。それも当然か、人族からしてみてば龍族など野蛮な生き物なのだろうか。
「これは・・・」
村長も近づいてきた私を明らかに警戒しているように見える。
「こちらがタッツー!私を獣族から助けてくれた恩人だよ!」
村長だけでなく、村人全員へ自慢するように大きい声で紹介する。
「獣族か?」
「違うよ、タッツーは龍族だよ!」
この一言に周囲の村人はざわめき始めた。視線の色は敵意ではなく訝しむような視線に変わる。ミューズも言っていたようにやはり龍族は珍しい存在なのだろう。
「龍族とな?」
「そう!」
ふた呼吸ほどおいて、村長が大きく笑い出した。
「ミューズよ、実に面白いことを考えたものだ。龍族などここにおるわけがなかろう。」
「そんなことないもん!本当にタッツーは龍族だもんね?」
私に助けを求めるように顔を向けてくる。しかしこの村長の反応と言い、周囲の村人の反応と言い少し慎重に事を進めた方が良い気がしてきた。ミューズには悪いがここは・・・
「きゅう?」
小動物のような声を出して、この場を切り抜ける。
「え、、、タッツー?」
「ふぉふぉふぉっ、獣族が人族の言葉など理解できるわけがなかろう。」
周囲の村人からもくすくすと笑い声が聞こえてくる。緊張した空気が弛緩してきた。
「しかし見たことのない獣族ではあるな。さしずめ翼族が使役する獣族なのだろうな。はぐれてしまったか。」
翼族?どうやら勘違いをしてくれたようだ。けれどそう認識してもらったほうがこちらとしては助かる。
「で、でも・・・」
ミューズには本当に申し訳ないと思っている。しかし、この場はこうするしかないのだ。
「いずれにせよ、獣族でありながらミューズを助けてくれたことには感謝せねばな。ありがとう。小さき獣族よ。」
感謝の言葉を投げかけられると同時に、ミューズが睨みつけてくる視線を感じる。
「さぁ、部屋に戻って服を着替えてきなさい。」
「・・・はーい。」
ミューズの部屋は村長の家の一室だ。リュカの村に建っている家はどれも小柄で、壁には蔓状の植物が張っている。暴風が吹いたら倒壊してしまいそうなほど古い。しかし古いだけで歴史的な経年は感じない。ただ廃れているだけのように見えてしまう。
その中でも、村長の家は2階建てで比較的大きく、木造ではあるが真新しさを感じる。作り直したのか、劣化しにくい素材なのか。その2階にあるのがミューズの部屋というわけだ。
部屋の中はシンプルだ。木製のシングルベッドに、木製のサイドテーブル、木製の衣装タンスと火でも放たれたらひとたまりもない。家に入った時も思っていたが、基本的に木材の家具類しかないようだ。
窓からは日差しがたっぷりと注ぎ、窓際に活けてある名前の知らない花が太陽に向かって元気に伸びている。ぐるっと一通り見回すと壁に銀色に光るハープのようなものが掛けられていた。単調な空間に一際輝いているせいもあって、自然と視線が惹きつけられていると、ガチャンと窓を開ける音が耳を伝わった。
開け放たれた窓から軽く身を乗り出し、くるりとこちらへ体を向け、窓際へ座る。
「なんで嘘ついたの?」
先ほどのことを言っているのであろう。
「すまなかった。ただ、あの場ではあれが一番の返答だと思ったのだ。」
実際ミューズには悪いことをしたと思っている。ただ、咄嗟の判断であったため、事前に伝えることは不可能であった。
「私がみんなに馬鹿にされたみたいじゃん・・・」
俯くミューズにますます申し訳ない気持ちが高まる。
「もしかして龍族はここにいてはいけない存在なのでは?」
改めて確認の問いかけをすると、ゆっくりと顔を持ち上げ、私を見つめる。
「そんなことないもん。お母さん言ってた。龍は友達だって。」
「友達?」
それきり黙りこくってしまった。龍族と人族、私はこの2種族がどのような関係でどのような存在なのか、全くわからない。ミューズが言うように、友人関係であるなら先ほどの村長や村人の反応は変だ。「いるはずのない存在」、確証はないがそのようなイメージを受ける。つまりは世間の常識とミューズが教わってきたことは異なるのかもしれない。
けれど、ミューズは龍族が人族と友であると聞いて育ってきた。それがミューズの中では真実であるのだ。それが否定されるのであれば、ミューズの両親が嘘つきということになる。それはきっと悲しいことだ。けれど、私には今のミューズにかける言葉を持ち合わせていない。
あくまで私の憶測である。人族を理解しているわけでもない。だから、こうしてミューズを見つめることしかできないのだ。




