第3話 始まりの森③
こうして直近でじっくりと見られると恥ずかしい気分になる。ましてや人間の少女からの興味津々な眼差しだ。動こうにも動けない時間が続いている。
それにしても大きな瞳だ。見てるこっちが吸い込まれそうになる。
「ねぇねぇ、龍族だよね?って言っても言葉分からないか。」
龍族とは人族の言葉がわからない存在なのだろうか。それすらも知らないのだが、こうして私は理解できている。それにこの少女の前で知らないふりをするのも特に意味はなさそうだ。
「いや、分かる。」
私の言葉に驚いたのか、口をあんぐりと開け、固まってしまった。やはり龍族が喋るのはまずかったのか。しかしその懸念は杞憂であった。
「すごい!喋る龍だ!」
目をキラキラと輝かせて嬉しそうに興奮している。
「どこからきたの?なんで喋れるの?あれはあなたがやったの?」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。どの質問から答えようかあたふたしてしまう。
「あ、そうだよね。まずは名前を名乗らないとだよね。」
別にそういうつもりではなかったが、余計な気を使わせてしまったか。
「私はミューズ。あなたの名前は?」
名前、そうだ、私の名前はなんだろうか。龍ということしかわからない。まだ自分が何者なのかはっきりしていないというのに、名前など名乗れるわけがない。
「私は・・・」
視線を落とし言い淀んだその時だった。
「・・・バハムート」
あの声だ。バハムート、それが私の名前なのか?「フレア」もこの声が教えてくれた。
「バハムート。」
顔を上げてミューズの顔を見つめて言葉に発してみた。不思議と言葉に出すとしっくりくるものがある。
「バ、バハムート?」
今度は怪しむように目を細める。ただ名前を名乗っただけなのに、どうしてこんな反応をするのだろうか。しかし、数秒後にはクスッと笑顔を浮かべる。
「君、面白いね。」
「何か変なこと言っただろうか?」
「だって、バハムートっておとぎ話に出てくる伝説の龍だよ?龍族がそれを名乗るなんて、なんだかおかしくって。」
なるほど、この名前は空想の生物なのか。けれどあの声は確かに「バハムート」と言った。間違いなのか、適当に言っただけなのか。
「実は、私は私が誰なのかわからない。」
正直に伝えることにした。今の私に隠すようなこともないわけだ。それに何か手がかりが得られるかもしれない。
「君は、君がわからないの?」
「そうだ。」
なぜか悲しそうな表情を浮かべる。この少女を傷つけるようなことは言ってないはずだが。
「じゃあ、私が名前を付けてあげる!」
妙案を思いついたようにパッと明るい声になる。
「うーん、龍、りゅう、リュウ・・・」
龍から色々脳内変換しているのだろう。熟考の末、パチンと両手を合わせてこちらにぐいっと近づく。
「決めた!今日から君は、タッツーね!」
「え?」
「え?」
そう変換したのか。人族とは実に豊かな思考を持っているようだ。「バハムート」は非常に威厳のある名前のようだった。それが、「タッツー」という何かのキャラクターのような名前になってしまった。
「だ、だめかな?」
許しを乞うような上目使いを向けてくる。
「い、いや・・・いいんではないだろうか。」
「よかったぁ。じゃあよろしくね、タッツー!」
まぁ本当の名前など今はどうでもいい。問題はこれからどうするかということだが・・・
「ねぇタッツー、なんで自分のこと、私、って言うの?」
「え、だめなのか?」
唐突の疑問に虚をつかれたが、一人称などどうでも良いではないか。
「いやだって、タッツーそんな可愛い声と見た目してるのに、口振りが何千年も生きてきてる龍みたいで変だよ。」
それは確かに自分でも思っていた。「フレア」と最初に口に出した時から、何とも情けない声だと感じていた。
「見た目と声にそぐわないと何か問題でもあるのか?」
「んー、あと名前ともそぐわないから、なんか違和感しかないんだよね。」
いや、それはお前が決めた名前だろう。
「僕、とか、僕ちん、とか・・・」
「いや・・・それはどうかと思うが・・・」
「そうだ!おいら、はどうかな?」
「お、おいら?」
少なくとも、僕ちん、という幼稚極まりない一人称にならなくてよかったが、おいらもなかなか痛いのではないか?
「おー!ピッタリだよ!おいらを使って自己紹介してみて!」
なんという無茶振り。しかしミューズは瞳をキラキラと輝かせて、私の一声を待っている。仕方なくその期待に応えてやることにする。
「・・・おいら、タッツー。」
「か、かわいい〜!!!私ってセンスある〜!!!」
突然思いっきり抱きしめて喜びを爆発させている。こんなことで喜ぶとは、人族とは実に単純だ。それにしても・・・
「苦しい・・・」
ミューズはパッと体を離して、ついついと頭を掻く。
さて、本題だ。これからどうするべきか。そもそも私は私自身を全く知らない。ここもどこなのかわからない。なぜ生まれてきたのかもわからない。果たして私が生を受けた意味があるのだろうか。考えることは山ほどあるような気がするが、何に悩んでいるのかもよくわかっていない。
「ねぇタッツー、もし行く当てがなかったら、私の村に来ない?」
「ミューズの村?」
「そう!正確にはリュカっていう村なんだ。」
唐突の提案ではあったが、行く当ては確かにない。ここはしばらく流れに身を任せて放浪でもしてみよう。
「それなら行かせてもらおうか。」
「そうこなくっちゃ!」
勢いよく立ち上がるミューズに私はついて行くのである。




