第29話 お屋敷到着
リムジンはひときわ大きい建物の前で停車した。大使館みたいな立派な建物だ。
車を降りようと早川先輩を見ると、降りようとする気配が無い。
え?降りないの?
と思っていたら車のドアが外から開かれた。
「彩お嬢様、どうぞ」
「アリスさん、桜子さん、お先にどうぞ?」
あっ、開けてくれるの待ってたのね。
ちょっと前に初めてタクシーに乗った時、自分でドアを開けようとした事を思い出した。
あの時は運転手さんにちょっと待ってといわれて恥ずかしかった。
一番ドアに近い桜子が降りて、続いてアリスさんが降りる。
俺も降りようとしたら、
「邪魔よ」
早川先輩に睨まれた。
「す、すいません」
颯爽と車を降りる先輩。
………うん。今のは俺が悪い。俺はどうぞって言われてないし。
自分を納得させ改めて降りようとすると、
バタンッ
…………ドア、閉められたんですけど。
俺、まだ乗ってるんですけど。
気を取り直して車を降りると、そこにはレッドカーペットが敷かれていた。
レッドカーペットだぜ?
人生で歩く機会があるなんて思わなかった。
これって土足で歩いていいの?靴脱いだ方がいい?土足で歩いたら、はいっ!買い取りでーす。とか言われないよね?
同じく一般家庭で育った桜子と二人揃ってブルブル震えている中、早川先輩に続いてアリスさんが堂々とレッドカーペットの上を歩いて行く。
その姿は様になっていて、どこかの国のお姫様みたいだ。かっこいい。
そんなアリスさんに対して、学校に早川先輩を迎えに来たセバスチャン的執事が困った様に尋ねる。
「アリス様、そちらのお荷物、お邪魔でしたらお持ちしましょうか?」
「大丈夫」
「しかし、お邪魔では?」
「大丈夫よ。これは離さないわ」
「さ、左様でございますか。しかし、いつでもお預かりいたしますので、必要であれば近くの者にお申し付けください」
「ありがとう」
「……ねぇ拓也、あれは何よ。学校を出る時から気になっていたんだけど」
頑ななアリスさんと困る執事を指差して、桜子が聞いて来た。指の先はアリスさんの背中にある大きな楽器ケースに向いている。
「あれは……コントラバスだよ」
「何でそんな物背負っているのよ」
「……まあ、細かい事気にすんなよ」
「あれを気にしないのは無理があるわよ…………はぁ、もういいわ」
アリスさんは細身で身長もそこまで高くないので、後ろから見ると楽器ケースがひとりでに歩いてきているように見える。見るからに大変そうだがアリスさんの足取りは軽い。
とりあえず桜子は置いておく事にしたみたいだ。ありがたい。説明が面倒くさいし。
桜子にはコントラバスと説明したが、中身はアリスさんの大剣だ。さすがに刀身むき出しで持ち歩くわけにはいかないので、苦肉の策として学校の音楽室から盗んで…………ごほん、間違えた、あくまでも一時的に借りてきたコントラバスのケースに入れている。今頃、吹奏楽部のコントラバス担当の子が、ケースが見当たらなくて困っているだろう。まじでごめん。恨むなら、ケースにぴったり収まってしまった大剣を恨んでくれ。
俺達は早川先輩に続いて建物の中に入る。玄関の扉は建物に見合う大きさで、俺がトピカさんの空間で見たあの緑の鬼でも余裕で通れそうだ。
ちなみにドアは手動式だが、自動で開いた。
……ドアマンが二人いて、観音開きの戸をそれぞれ開けたのだ。
彼らって一日中玄関前にいるのかな?
どうでもいい事を考えていた俺は、室内を見た瞬間言葉を失う。
まず目に飛び込んでくるのは目の前にある大階段だ。内閣の記念撮影で使われる階段ぐらいの幅のそれは、真っ直ぐ踊り場に突き当たって、左右に分かれて二階に続いている。その階段より上に目を向けると、そこには大きなシャンデリアがある。一階のホールには、西洋の鎧が何体も並んでいるし、壁には所狭しと絵画が並んでいる。床だって壁だって、その辺にある調度品一つとっても、高校生の俺じゃ買えないようなものばかりだろう。
何だよこれ、マジで貴族のお屋敷じゃん。異世界転移してないのにここは異世界だよ。
言葉を失う俺をよそに早川先輩はアリスさんと桜子に話しかける。
「もうすぐパーティーが始まるわ。制服でもよろしいけど、ドレスを用意したから着替えましょう!」
そういって二人を連れて行こうとする。
「ええっと、ドレスだなんてそんな、私は制服で大丈夫です」
すぐに断わる桜子。しかし、
「遠慮しなくても良いことよ。ほらほら、行きましょう?」
そういって引っ張られていく桜子。俺に目で助けを求めてくるが、すまない。俺には何も出来やしない。
てかドレス姿を見てみたい。普段華美な服を着ない桜子のドレスなんてちょっと面白そうだし。
俺が何もしないでいると諦めた桜子は二階へ連れて行かれる。
残ったのは俺とアリスさん。
「じゃあ私も行ってくるわ」
そういってアリスさんも付いて行こうとする。
「あっ、行くんですね」
「彼女に付いて行ったら五十嵐翔に会えるわ。大丈夫よ、弱らせて連れてくるからタクヤはとどめを刺すだけでいいわ」
滅茶苦茶エグい事口走るアリスさん。
ちょっと、俺たちの後ろに控えていたメイドさんが怪訝な目をしてるじゃん。
「ごっほん、アリスさん、先輩はああ言ってますが、実際五十嵐翔と会えるかどうか分かりませんよ?そのパーテイーってのがどれだけの規模なのかは知りませんけど、聞いた感じだと凄い規模でしょうし、話す機会があるかどうか」
なんか女優とか大臣とかが来るって言ってたもんな。しかも俺たちが知ってるような名前だと、って前置きしていたから、他にもいろんな業界の大物がやってくるんだろう。この家の大きさなら、百人単位で人が入れると思う。
「だったら彼女に頼むわ。主催者だったら融通も利くでしょう」
何処までも目的へ真っ直ぐなアリスさん。
うーん。どうしようか。
正直五十嵐翔に会わずに帰りたい。ちょっとこの家の規模感とか、話がどんどん進んでいく感じに俺のチキンハートは潰れそう。帰って家事がしたい。家事をしているとすごい心が落ち着くんだよな。そういえば最近風呂掃除用の新しい洗剤買ったんだよな、早く帰って試したい。
まあ、そんな現実逃避をしていたところで何の意味も無いし、
「分かりました。アリスさんにお任せします」
俺は、奥義【SI・KO・U・TE・I・SI】を使う事にした。
考えても何も思いつかない時は、思いつく人に乗っかっとけばいいって父親が言っていた。ちなみに父親は友人が持ってきた投資話にホイホイと乗っかって、借金を増やしていた。
……あ、これ駄目な奴じゃね?
アリスさんは頷くと、メイドさんに案内されて桜子と先輩を追いかけていった。
その後ろ姿を見送りながら、俺はふと疑問に思った。
アリスさんって、さっきまで俺から離れまいとずっと近くにいたよな?
学校でも、トイレにまで付いてこようとして凄く大変だった。
しかし早川先輩に会ってから俺との距離が離れた気がする。今も知らない場所で俺を置いて行ってしまった。
くっつかれすぎるのも困るんだけど、離れられるとそれはそれで寂しい。
何これ。これが失って初めて分かるって奴か。
…………いや、センチな気分になっててもしょうがない。てか俺、この後どうすればいいの?
周りを見渡す。俺の後ろには無言で佇むメイドさんが一人。他には誰もいない。ずっと近くにいた先輩の執事も、いつの間にかいなくなっている。
「えっと、俺どうすればいいですかね」
とりあえずメイドさんに話しかけてみる。彼女は話しかけられると思っていなかったのか、何度か瞬きすると、
「…………知りませんけど」
塩対応ありがとうございます。




