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03.課長の性的嗜好など知りたくもなかった

課長とデートする話。

 逆光のせい斎藤課長の迫力に圧され、こめかみが痛くなってきた麻衣子は片手で頭を抱える。


「で、怪我のことを少しでも悪いと思っているなら、今夜はちゃんと付き合ってくれるかな?」

「付き合うとは、どういった意味ですか?」


 とんっ

 無意識に後退していた麻衣子の背中が自販機に当たる。


「今夜、夕食を食べに行こう、というお誘いだよ。もしかして、違うことを期待してくれたのか?」


 嬉しそうに笑った彼は、表情筋が固まっているのではないかと周囲から言われている「氷の課長」ではなく、普通の青年に見えた。


「今夜六時半に駐車場前で待っていてね。これ、俺の連絡先」


 返答に迷う麻衣子の手に名刺を握らせ、ウィンクをした斎藤課長はエレベーターホールの方へ向かって歩き去って行った。


 固まっていた麻衣子は、斎藤課長の姿が見えなくなりようやく肩の力を抜いた。


「……何、アレ?」


 仕事中の課長とは全くの別人のような言動をされて、麻衣子は呆然と自販機の前に立ち名刺を見る。

 渡された名刺の裏にはプライベート用電話番号が書かれており、うっかり落とさないように慎重に財布の中へと仕舞う。


 午後は夜の事が気になり過ぎて全く仕事に身が入らず、両隣の席の同僚に体調が悪いのかと心配されてしまったのだった。




 ***




 終業時刻となり、帰り支度を終えて周囲を気にしながら駐車場前で待つ麻衣子の横へ、十八時半ジャストで黒色の国産高級車が横付けする。

 運転手側の窓が開き、眼鏡を外した斎藤課長が顔を出す。


「じゃ、行こうか」



 恐る恐る助手席へ乗り込んだ麻衣子が連れてこられたのは、郊外にあるお洒落なイタリアンレストランだった。

 イタリアの片田舎にある店舗をイメージして建てたという店は外観から内装まで凝った造りで、店内には若い女性グループや若いカップル客が多い。


「この店には一度来てみたかったんだよ。でも。一人じゃ入りにくいだろ?」


 黒縁眼鏡を外し、きっちりセットされていた髪を崩した斎藤課長は実年齢よりも若く、二十代後半くらいに見えた。

 赤ワインを飲んで気持ちがゆるんだ麻衣子のラーメン談話を遮ることなく相槌をうち、時折質問をして話を盛り上げてくれる。


 仕事が出来る男はプライベートでも出来る男なのかと、彼と話しながら麻衣子は感心していた。


「すみません、私ってば自分の事ばかり話していました」

「いいや、楽しいよ。俺の知らないラーメン屋と洋菓子店の情報は興味がある。今度、おススメの店を案内してくれないか?」


 食事を終え、麻衣子が財布を出そうとするのを斎藤課長は「払ったから」と止める。

 今までの彼氏は割り勘か払って貰っても恩着せがましい相手ばかりで、前不覚にも胸がキュンッとしてときめいた。




 行きと同じく麻衣子が助手席に乗り込むと車は市街地へ向けて発進する。

 しばらく走った後、明らかにホテルだと思われる建物の駐車場へ車は入り、停車した。


「か、課長? どうして?」

「駄目か?」


 シートベルトを外した斎藤課長は上半身を動かし、動揺する麻衣子の手を握り彼女の顔を覗き込む。


「駄目って、その、なんで、私なんですか? 課長に憧れている女子はいっぱいいますよ」

「それは」


 口元へ手を当てた斎藤課長は、いったん言葉を切り迷った末に口を開いた。


「君は俺好みの、理想的な足をしているんだ」

「え? 足?」


 思いがけない答えに、麻衣子は自分の足を見る。

 特に細くも太くもなく、浮腫むとししゃも足になるのが悩みの足なのに何処に惹かれる部分があるのか。


「私なんかより、もっと綺麗な足の人はいっぱいいますよ?」

「綺麗なだけじゃ、駄目なんだ!」

「きゃあっ」


 声を荒げた斎藤課長はスカートを捲り上げ太股へ触れる。

 突然の声を荒げた斎藤課長の豹変に、麻衣子は悲鳴を上げた。


「ちょっ?! また破かないでよ!」

「この前の分と合わせて弁償するから。麻衣子さんの足の感触が忘れられないんだ」

「かん、しょく?」


 思いもよらない言葉に、麻衣子は何度も目を瞬かせる。


「俺は……女性の足の毛を剃って処理した後の、伸びてきた毛の感触と滑々の肌の感触のアンバランスさが堪らなく好きなんだ。廊下でぶつかった時に偶然触れた君の足の感触は、もう最高だった。あの後、興奮のあまり我慢出来ずにトイレで処理していたせいで会議に遅れてしまったんだ。遅刻理由を誤魔化すのが大変だったよ」


 一気に話し終え、はぁ、と息を吐きながら斎藤課長はストッキング越しに左太股から膝にかけて撫でる。


「毛? 肌とのアンバランスさ……?」


(あ、これは駄目なやつだ。この恍惚とした顔は絶対にヤバい、この人は変態ほんものだ!)


 そう思ってしまうと生理的な恐怖が湧き上がってきて、麻衣子は鳥肌が立つ左手を助手席側ドアのグリップハンドルへ伸ばす。


「今度は逃がさない」


 グリップハンドルを掴んだと同時に、運転席から上半身を動かし覆いかぶさってきた斎藤課長の唇が、拒絶の台詞を吐き出そうと口を開いた麻衣子の唇を食むように塞いだ。


「んっんんっ」


 角度をかけて唇を食む執拗なキスに、酸素が足りなくなってきた麻衣子は斎藤課長の胸を軽く押す。


「あっ」


 息を乱す麻衣子が空気を取り入れたのを確認し、キスを再開した斎藤課長は開いた彼女の下唇を軽く食む。


 いつの間にか助手席の背凭れに背中を押し付けられていて、クリップハンドルを握っていた麻衣子の左手から力が抜け助手席の座面へ落ちた。


「は……うぅん」


 今まで彼氏だった相手との軽いキスの経験はあっても、食後のキスは好きではなくむしろ嫌いだった。

 それのに、斎藤課長とのキスは甘い疼きになって麻衣子の体の熱を上げていく。

 気が付けば、彼のキスに夢中になって応えていた。


 狭い車内、助手席という身動きが取りにくい場所で見目麗しい男性に押し倒されている状況。

 互いの荒い息遣いが耳元で聞こえ、麻衣子の興奮が否応なしに高まっていく。


 麻衣子の体から力が抜けきった頃、やっと満足したらしい斎藤課長は上半身を起こす。


「はぁ、はぁはぁ」


 肩で息をする麻衣子の左手を握り、斎藤課長は指先へ口付けた。


「麻衣子さんには、彼氏か好きな男はいるのか?」


 呆けた思考の中、最後に付き合った彼氏の顔を思い起こして、麻衣子は首を横に振る。

 最後に付き合った彼氏とは就職してから半年後には別れていた。

 以降、ここ二年は恋人候補となる男性との出会いすらない。


「じゃあ、俺に情けをかけてくれないか? 君の姿を見る度に足の感触を思い出して、もう限界なんだ」


 そう言った斎藤課長の頬は赤く、いつもはきりっとしている眉尻は下がっていく。

 膝に当たった彼の股間は硬く熱を持っていて、興奮しているのだと主張しているのが分かる。

 あからさまなアピールに、麻衣子は頬を赤く染めた。


「課長……」

「駄目?」


 困惑する麻衣子の左手を握る斎藤課長の手に力がこもる。

「嫌です」と断ったら泣き出しそうに見えて、自分よりも年上の男性なのに縋りつく様が可愛く思えてしまう。


 何てあざとい男なんだ、と頭の中では分かっているのに、子犬のような庇護欲を擽られる表情には逆らえず、彼の頬へ右手を伸ばしてしまった。


課長の性的嗜好は、足のムダ毛処理後の感触フェチ、でした。

「チクチクするのに滑々なのがイイ!」らしいです……


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