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04.一夜の思い出にしようと腹を括る

朝チュン表現があります。

 座面に用途不明な不思議な形の穴が空いている浴室用椅子に座った麻衣子は、シャワーのお湯を浴びながら頭を抱えていた。


 湯気が立ち込める広い浴室は、カップルで入っても狭くないように、お風呂場でいちゃいちゃ出来るようにというホテル側の配慮なのか。

 顔を上げて見た棚には、カラフルな容器に入ったローションが並べてあった。


(ああああ~!! どうしよう!!)


 泣き落としに近い反則技を使われたといえ、セックスすることを了承してしまったのは麻衣子なのだ。

 ラブホテルに入ってしまったのに、今更「やっぱ止めましょう」だなんて言えない。



 駐車場からホテルへ入り、入口のタッチパネルを見て斎藤課長が選んだ部屋は、意外にも薄ピンク色のフリル付き天蓋ベッドが置かれたロマンチックな部屋だった。

 お姫様の寝室みたいな部屋へ入った途端、背後から抱き着いてきた斎藤課長を何とか押し退けて、押し問答の末シャワーを浴びる権利を勝ち取ったのは数分前のこと。


 先にシャワーを浴びてきた斎藤課長は、髪を撫でつけていた整髪料が完全に落ちており、会社でのきっちりした印象が完全に変わっていた。

 羽織っている水色のバスローブから覗くのが湯上りの上気した肌という、色気が増した姿が眩しすぎて直視が出来ない。

 風呂上がりでこの色気では、この後はどうなってしまうのか不安になる。


「髪を下ろしたら幼くなるなんて、反則でしょ」


 昨日の夜、入浴時に剃った脹脛を撫でる。

 ベッドインするのなら、この脹脛の僅かに伸びてきたムダ毛を剃ってしまいたいのだが、先に入った斎藤課長によって剃刀は撤去されていた。

 浴室で毛の処置をしないという、ちょっと引く約束をさせられた時に茹だった頭の中が少し落ち着き、シャワーを浴びているうちに冷静に物事を考えられるようになってきた。


 社内の独身女性憧れの斎藤課長とキス以上の行為をしてしまったら、今後社内で彼と顔を合わせた際どう接していけばいいかを考える。


(足が理想的とか、伸びてきた毛と肌のアンバランスさが堪らない、とか意味不明な事を言っていたけどそれは私の事が好きってわけじゃないよね? 今まで付き合った人達より貧相だって、私の裸を見たらガッカリしてこれっきりの関係になるはず。これから先、こんなにカッコいい人とは絶対に経験出来ないだろうし、終わった後に一夜の思い出として処理しちゃうのもいいかもしれない)


 体の泡を洗い落とした麻衣子は、浴室の湯気でも曇らない加工をしてある鏡を見て腹を括った。

 ここまで来てしまったら、お互い雰囲気に流されたとして割り切るしかない。


 脱衣所に用意されてあったバスタオルで体を拭き、ラブホテルのアメニティとして用意されてあったサイドを紐で止める面積の狭いショーツに若干引きつつもそれを履き、深呼吸をして部屋へ戻った。



 ピンク色のバスローブを羽織った麻衣子が浴室を出ると、白色のソファーへ腰かけた斎藤課長はビールを飲んでいた。


「お帰り」


 振り向いた斎藤課長に嬉しそうに微笑まれて、麻衣子の胸がドキリと跳ねる。


(キスが上手すぎるとか、わんこな顔をして嬉しそうに笑うとか、もう反則でしょ)


 自分の身持ちは固く、雰囲気には流されないと信じていたのに。


「お待たせしました」

「麻衣子さんも飲む?」

「っ、頂きます」


 手渡されたビール缶に口をつけて、恥ずかしさを振り切るようにごくごくと一気に飲み干す。


「いい飲みっぷりだ。俺にも頂戴?」


 空になったビール缶を麻衣子の手から奪い、テーブルへ置く。

 ビール缶を持っていた手首を掴んだ斎藤課長は、掴んだ麻衣子の手を引き寄せてビールで濡れた唇へキスをしながら膝の上に座らせた。


「斎藤、課長」

「今は課長じゃない。隼人と呼んで」

「隼人、さん」


 初めて名前を口にして恥ずかしさで頬が熱くなる。隼人の顔が近付いて来るのに合わせて麻衣子は目蓋を閉じた。


「あっ」


 唇の感触とビールの香りが離れていき、閉じた目蓋を開けば至近距離に整った彼の顔があった。


「触るよ」


 麻衣子の答えを聞く前に、ガウンの合わせから中へ入った手が汗ばみ湿り気を帯びた肌に触れた。




 ***




 バックの中に入ったまま放置していたスマートフォンからけたたましいアラーム音が聞こえ、麻衣子は勢いよく掛け布団を蹴飛ばした。


「寝坊っ!!」


 寝起きが悪い麻衣子が、穏やかなアラーム音から順に激しくなるよう設定した目覚まし時計アプリのこの音は、「もう起きないと間に合わない」という最後通知。


 上半身を起こした途端、襲ってくる腰の痛みに呻いた麻衣子は腰だけでなく全身、喉が痛いことに気が付いた。

 さらに、全裸で寝ていたことと自分の腰へ回す腕の主を見下ろして、全身から血の気が引いていく。


「今日は祝日だよ」


 眠たそうに目蓋を半分以上閉じて答えた斎藤課長が麻衣子の腰を撫でる。

 昨夜の激しすぎる行為の記憶が麻衣子の脳裏に蘇ってきて、限界を迎えた。


「きゃあああー!!」

「ぶっ!?」


 勢いよく振り下ろした拳が斎藤課長の頭に直撃し、彼の顔面はベッドへ沈み込んだ。


「斎藤課長っ!? うそっ夢じゃない!?」


 斎藤課長に抱かれて乱れまくった記憶は夢ではなく、乱れたベッドシーツと全身の倦怠感が現実だったことを物語っている。

 羞恥のあまり麻衣子は真っ赤に染まった顔を手で覆った。


「あのね、麻衣子さん」


 赤くなった鼻を手で押さえながら斎藤課長が顔を上げる。


「俺を殴って、夢かどうか確認するのは痛いからやめてくれるかな。あとさ」


 顔を隠す麻衣子の手へ自分の手を重ね外させると、包み込むように握る。


「俺のことは、斎藤課長じゃなくて“隼人”って呼んでと、言っただろう?」

「は、隼人、さん」


 名を呼んだ瞬間、心底嬉しそうに微笑む彼は冷静沈着な斎藤課長とは同一人物とは思えない。


 一夜の思い出にしようとしていたのに、こんな顔をされたら勘違いしそうになるじゃないかと、麻衣子は全身を真っ赤に染めた。


 蕩ける笑みを向けてくる隼人を直視出来なくて、麻衣子は彼の横へ倒れ込むとシーツへ顔を埋めた。


「可愛いな」


 はぁー、と熱っぽい息を吐き出した隼人は、シーツに顔を埋める麻衣子の上に覆い被さる。

 力の入らない麻衣子の足に隼人の足が絡まり、彼は麻衣子の首筋に顔を埋めて背後から彼女を抱き締めた。


「やばい、興奮してきた」

「え?」


 熱い吐息と耳に流し込まれた言葉。

 一瞬、麻衣子は耳を疑うが背後から抱き締められた太股に触れるモノの熱と存在感が、隼人の言葉通りに興奮している証拠となっていた。


「はぁ、もう一回しよう」


 息を荒げた隼人は、顔色を悪くする麻衣子の腰を這うように触れる。

 ベッドにうつ伏せで寝ているため、上に乗っている彼から逃げることが出来ない。


「ま、待って、もう支度して、チェックアウトしなきゃだし、あと、腹もすいているから」

「大丈夫。部屋は延長しておいたし、三十分後にモーニングセットのルームサービスを頼んだ。あと三十分あれば、出来るよ」

「用意周到な、ってそういう問題じゃないの! 腰と喉が痛いし、もう無理なのー! うっゴホゴホッ!」


 手足をバタバタと動かして絶叫した麻衣子は、叫び終わる前に咳き込む。


「だ、大丈夫?」


 咳き込む麻衣子の背中を軽く叩き、慌てて上半身を起こした隼人はベッドサイドに置かれていたミネラルウォーターのペットボトルを手に取り、キャップを開いた。

 うつ伏せで寝ている麻衣子の肩を手で支えて仰向けにして、そっと彼女の上半身を起こさせてヘッドボードの前に枕を重ねて置き、背中を凭れかからせる。


「続きをしたかったけど、無理はさせられないからね」


 甲斐甲斐しく世話を焼き、嬉しそうに笑う青年が斎藤課長と同一人物には見えない。

 実は双子の片割れです、と言われた方が納得出来た。


(この子どもっぽい人は本当に斎藤課長なの? 別人みたい……)


 ルームサービスで頼んだモーニングセットが届き、ガウンを羽織った麻衣子は痛む腰をさすりながらソファーへ移動した。


「ねえ、麻衣子さんに提案があるんだ」

「え、はっ?」


 モーニングセットのバターロールを咀嚼している時、隼人から出された提案に驚きすぎて口の中の物を全て吐き出しかけた。


勢い余って殴ってしまい、冷静になった時に内心真っ青な麻衣子さん。

殴られて慌てる麻衣子さんが可愛いと、ちょっと嬉しい斎藤課長。

かみ合わない二人。


変態話に評価、ブックマークをありがとうございます。


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