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SCENE +? 『エンディング』

 ――そして、私は夢の中で夢を見た。

 なんだか、ずっと歩き続けていたような気がする。夢の中を延々と彷徨っていて、ようやく何かを見つけて、やるべきことを成し遂げたというか。

 上手くは言えないけど、神様を殺したような気分だ。色々と嫌な気持ちはそのままだけど、ちょっとだけスッキリしている。罰は下したって感じで。夢だとは思うけど。

 でも、悪くない夢だった。


 夢。

 そうだ。私は夢の中にいる。

 もう覚めることのない眠りに入ったまま、海のように広くて深い夢の中を漂っている。


「……」


 夢の海を漂っているうちに、私は何度も夢を見た。

 毎回違う夢だ。かつて私が生きていた星を舞台にした、起こり得なかった可能性の物語。

 もしもの物語。


「……」


 私は、それを観測していた。

 ぼんやりとした思考のまま、通り過ぎていくそれを他人事みたいな顔をしながら。

 それでも、目を離せずに見つめていた。

 取りこぼしてしまった物語を。

 未来だった死体を。


「……」


 例えばそれは、私が男に犯されることのない物語だった。

 男に騙されて脅迫されるなんてことも無くて、営んでいた薬屋はそれなりに繁盛して長生きした。


 それから、たまたま知り合った女の人――思い出した、ネルガ博士だ――と百合っぽい感じになっちゃったり、仕事のために遠出した村で出会った少年とラブロマンスがあったり。

 そんな物語があった。


「……」


 例えばそれは、私がネルガ博士と恋人同士になる物語だった。

 途中までは、今の私が辿ったものと同じだ。男たちに脅迫されて陵辱の限りを尽くされて、奴隷みたいになった。それからしばらく嬲られるだけ。


 だが、その物語ではネルガ博士に救われていた。

 最初は売春で繋がった関係だったけれど、少しずつ心を許せるようになっていって。

 やがて、ネルガ博士の暗躍によって、悪意から解放されて、一緒に暮らすようになって。


 これからも幸せに暮らしました、という結末だった。

 そんな物語があった。


「……」


 嫌な物語もあった。

 例えばそれは、私が男たちに嬲られ続ける物語だった。

 一度も逃げることが出来ずに、男たちの性欲に全てを飲み込まれて、最後には色欲に狂ってしまう。


 物語の結末は、男に犯されながら悦びの笑みを浮かべ、幸せそうに獣のような交尾をする私の姿だった。最低で本当に嫌な結末だと思う。

 でも、ある意味で幸せな結末だった。


 歪んではいるし、受け入れられないけれど。

 嫌だけど――そんな物語もあった。


「……」


 例えばそれは、私と少年が結ばれた後に、二人の子供の育児に苦労する物語だった。

 少年の両親や、顔馴染みとなった村人たちの手を借りたりしながら、毎日がてんやわんやの日々で。

 時には、少年と喧嘩したりもした。

 でも、同じくらいに仲直りもした。


 そうして、大変な日々を過ごしているうちに、子供たちはすくすくと大きくなっていって。

 そんな笑いに満ちた物語もあった。


「……」


 そうだ。

 それは、あり得たかもしれない物語だったのだ。

 不幸に終わる結末も、幸せに終わる結末も、或いは何も終わらないまま続いていく結末も。


 本当は存在していたのだ。

 砂粒のように数多くの可能性として、私の知らないところに転がっていたのだ。


「……」


 ――でも、もう終わってしまった。

 今まで見ていた物語が遠ざかっていく。

 やがて、他の夢と同じようにバラバラに砕けていって、最後には溶けて消えていった。もうどこにもない。

 死んでしまったみたいに。


 それもそうだ。

 私は、選ぶことすら出来なかったのだから。


「……」


 目の前を、次から次へと別の夢が通り過ぎていく。

 私は、可能性が死んでいくのを止められない。終わっていくのを見届けるしかなかった。


 どの物語にも、私の愛した人がいるのに。少年がいるのに。もうどうしようにもない。取り返しがつかない。


 少年が笑っている夢だった。少年が私を抱き締める夢だった。少年が私にキスをする夢だった。少年が私と一緒に眠る夢だった。少年が私と結ばれる夢だった。


 夢だった。少年が夢であり、夢が少年だった。私は少年を愛しているのに、死んでいく夢を止められずに、見殺しにする。少年を殺してしまう。愛しているのに。


 愛しているんだ。愛していたんだ。少年のことを。今も昔もずっと。多分きっとこれからも。なのに、私はもう二度と愛せないんだ。愛したいのに愛せないんだ。


 少年、少年、少年。


 私は手を伸ばして夢を掴もうとするけれど、夢は手をすり抜けるように遠ざかっていき、自殺するみたいに消えていく。何も出来ない。何も意味が無い。


 好きだったのに。

 私は少年のことを愛していたのに。

 本当に愛していたのだ。

 少年のことを

 ×××のことを。


 本当の本当――に?


「――」


 ――少年の名前って、なんだったっけ?


「名前……名前、なんだったっけ」


 落ち着け、そして思い出そう。

 大丈夫。しっかりと覚えているはずなのだから。忘れちゃいけない少年の名前だ。忘れたりなんかしない。忘れたりするもんか。

 だから、思い出せ。


「思い出せ、私。少年の名前……私の好きだった人の、愛した人の、名前……名前なんだから、思い出しなさいって……少年、少年の名前は、名前は……なんだったっけ」


 どうしてだろう。

 覚えているはずなのに、忘れてなんかいないはずなのに、少年の名前が浮かんでこない。

 変だ。異常だ。


「なんだっけ、名前……少年の、あの人の、愛してた人の、名前……名前……」


 脳みそを掻き毟りかねないくらいに、記憶を引っ張り出して思い出そうとした。


「名前……名前なんだ、忘れないって決めた名前なんだ……なのに、なんでっ……なんで、出てこないのっ、少年の名前! どうして!」


 どうしてだろう、名前が出てこない。記憶の中に存在していたはずなのに、忘れるはず無いのに、私の中から出てこなかった。探しても見つからない。

 忘れている。

 どうして、私は少年の名前を忘れてしまったのだろう。

 そして、気付く。


「――私、あの人のこと、一度も呼んでない」


 ああ、そうだ。

 思い出してみれば、そうだった。


 私は、ずっと少年のことを少年って呼んでいた。名前は知っていたけど、呼ばなかった。

 手を繋いだ時も、抱き締め合った時も、一緒に寝た時も、キスした時も、セックスした時も。


 今にしてみれば、不安だったんだと思う。

 あの頃の私にとって、男の人は私を犯したり暴力を振るったりする人ばかりで。

 それから逃げた先で出会った少年に、希望だとか、恋だとか、愛だとかを自覚して。


 幸せだって思っていたから。

 名前を呼ぶことで、何かが変わってしまうんじゃないかって、怖かったんだ。

 そんなこと、あるわけないのに。


「――駄目だ」


 気が付けば、私は歩き出していた。

 自分の意思や思考が決める前に、身体が勝手に動き出している。夢の海が流れていく方向に逆らうようにして、両足で底を蹴り飛ばすように進み始めた。


 駄目だから。

 まだ、ここで終わっちゃ駄目だと思うから。


「駄目だ、駄目なんだ」


 もう遅いって分かってる。

 私は人類を滅ぼしてしまった。世界を壊してしまった。星を砕いてしまった。


 取り返しがつかない。

 何も元には戻らない。

 死んだ人は生き返らない。


 でも、だからって私はまだ死ねなかった。


 まだだ。

 まだ私は死ねない。

 ――まだ少年のことを名前で呼んでないのだから。


「……ッ!」


 砕ける。

 私の身体が、夢に削られていく。

 少しずつ肉を抉られているような痛みが走った。ちょっとだけ泣きそうなくらいに痛い。


 でも、歩く。進む。

 今度は内臓を抉られるような痛みが走った。吐血する。喉に血が絡みついて、あまりの錆び臭さに噎せてた。ますます吐血して死んじゃう気がする。本当に痛い。


 痛いけど進む。

 今度は、心が切断された気がした。胸の奥が痛い。また何かを失った気がする。すごく寂しくて怖い。痛いくらいに泣きたいよ。これが自分を失うって感覚かもしれない。


 これは人類を滅ぼした天罰なんだろうか。

 それとも、未来への流れを無視して、過去に向かっているからだろうか。


 わからない。

 わからないままでいい。

 どちらだとしても、私のやることは一つだけだった。


「……あ、が、あ、ぎっ」


 私は私を失いながら、それでも先へ進まずにはいられない。私は変わっていく。私であって、私でないものに戻っていく。苦しくて痛いけれど、止まらない。


 なぜなら、その先にあるからだ。

 ――私の運命が、そこに。


「――会い、たい。会いたい、んだ」


 会いたいよ、少年。

 会いたいよ、私の運命。


 そうだ。

 私はこの期に及んで、まだ諦め切れていないんだ。手を伸ばしてるうちに届くんだって、心のどこかでまだ信じている。永遠の別れなんてものを信じてないんだ。

 もう一度、を頑固なくらいに願っている。


「絶対、また会うんだ。私は、少年に、また会って……今度は、今度こそって、絶対に、だからっ」


 負けてたまるか。

 運命にも、神様にも。


 おい、見てるか神様。

 たかが神様が、いつまでも私たちの不幸を嘲笑っていられると思うなよ。幸福になるのは私たちだ。お前たちじゃない。


 運命は私のものだ。

 死では、私を止められない。


「まだ、死んで、たまる、かっ」


 会いたいんだ、少年。

 名前を呼ぶんだ。

 呼ばなくちゃいけないんだ。

 もう一度出会って、好きになって、愛し合って。


 そして、名前を呼ぶんだ。

 だからこそ。

 もう一度、今度こそ――私は。


「――生きるんだ」


 ――そうするって、決めたんだから。


「――だったら、今度はちゃんと産んでよね」


 ふと誰かに背中を押されたような気がした。

 えっ、と振り返ることも出来ないまま、私の身体は前へと転がっていく。


 前へ、前へ。

 いつの間にか目の前に現れた光に向かって。


 私は飛ぶ。飛ばされていく。

 未来に逆らうように、或いは未来になる過去に向かって。

 何がどうなっているのか、わからないまま。


 私は――光の中に飛び込んだ。


「――」


 そして、私は空の上に投げ出されていた。

 肉体を失って、魂だけの状態になって。


 もう記憶もほとんどが失われていて、自分のことすら忘却しつつある。私が私である確信が持てないくらいに。


 でも、そんなのどうだって良かった。

 だって、私の目の前にあるのは――。


「――ああ、ああ」


 ――少年が生きている世界なのだから。


「ああああああああああ!」


 私は地上に落ちながら笑う。

 重力に従って落ちながら、次から次へと涙を出しながら、悲鳴みたいな声を上げながら笑っていた。

 ――なぜなら、この世界に私の運命がいるのだから。


「――少年」


 空の上からハッキリと見える。

 まだ生きている少年の姿が。

 まだ私と出会う前の少年の姿が。

 運命がそこにいる。


「少年、少年、少年!」


 叫ぶ。叫ぶ。まっすぐに。


「会いたかった! 私は、君のいる世界に会いたかったんだ! ずっとずっと会いたかったんだ!!」


 私の魂が叫んでいた。

 愛してるって叫びたかった。


「愛してる、愛してるんだ、少年、少年っ!」


 誰にも認識されない空の上で、私は愛を叫び続けながら落ちていく。

 そして、私の魂はどこかへと引っ張られていく。


 もう一度、産まれ直すために。

 もう一度、今度こそ。


 幸せになるために。

 少年と一緒に生きるために。

 この世界を生きている私の下へ。


 ――私が私の運命に会いに行くために。


「会いたい、会いたいんだっ!」


 少年に。

 運命の人に。

 そして、その人の名前は――。


「会いたいんだよ――カイル!!」


 ああ、やっと言えた。

 今まで言えなかった少年の名前。

 私が愛した少年の名前。

 少年の名前は――カイル。

 私の運命。


「カイル!! カイル!! カイルっ!!」


 叫ぶ。

 叫ぶ。

 愛してるんだって叫ぶ。


 もう絶対に忘れない。

 忘れてなんかやるもんか。

 もう一度出会うって決めたんだから。

 ――だから。


「――未来で、待っててね、カイル」


 そして、私の魂は私の方へと落ちていった。

 運命に出会うために。

 今度こそ彼のことを名前で呼ぶために。


 やがて、私は私に触れて、溶けるように混じり合って、生まれ変わる。前世の記憶を犠牲にして、意思と初恋だけ抱えて生き直す。今度こそ幸せになるために。


 でも、その前に一つだけ祝福しよう。産まれ直した私のために。もう一度を始める私のために。


 祝福のつもりで、産声を上げよう。

 私たちを始めよう。


 さぁ、今世の始まりだ。


「おはよう、私」


 おはよう、チーサ。

 ――さぁ、私たちの愛の物語を始めよう。

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