断章
――そこまで書いたところで、僕は力尽きた。
身体中に入っていた力が抜ける。椅子の背もたれに全体重を預けて、いかにも自分は疲労してますって風にため息を吐く。一度目。二度目。三度目。溜め息は幸せが逃げていくらしいので、そのくらいで止めておく。
温くなったコーヒーを啜りながら、僕――冬野はスマホの画面をぼんやりした目で見つめていた。眠気によって重くなった目蓋を無理矢理こじ開けながら、テキストエディターで開いたシナリオテキストを目でなぞっている。
そこには、同人ゲーム用に書き進めているシナリオがあった。全十数話のノベルゲーム。
タイトルは、『少女チーサは幸せだった。』。
同人のエロRPGをモチーフにした世界を舞台に、悲惨な運命から逃れて幸せになった少女が、再び絶望の底に叩き落とされ、復讐の果てに世界を滅ぼしてしまう、という内容だ。
今僕が眺めているのは、最終話の前のエピソードだ。たった今書き上げたばかりの部分である。
復讐を始めた少女チーサは、紆余曲折あって身体が巨大化し、無差別的な蹂躙を開始する。自分の運命を狂わせた元凶がいる王都まであと少し。
そんな彼女の前に、化け物退治で有名な冒険者や、そこそこ古い時代からの大魔法使いといった、本気で殺しにかかってくるような相手が立ちふさがる。
チーサの敵では無かったが。
そうやって邪魔者を排除しながら進むと、何の伏線も無くチーサの祖母――俗に言うロリババァの大魔法使い――が登場し、襲いかかってきた。
その祖母は、かつて少女チーサを見捨てた過去があり、今度は後悔しないようにと、復讐に身を焦がすチーサを死によって救済しようとしていた。
言葉を交わすも噛み合わない二人。
やがて、祖母はチーサの逆鱗に触れてしまい、致命傷を負負って、あとは出血の末に死ぬだけの身体になった。
結局、祖母はチーサのことを本当の意味で理解できずに死んでいく。
チーサは、そんな祖母に背を向けて、復讐のための虐殺を行うために、王都へと一歩踏み出した。
それから復讐を終え、色々と腹ごしらえを済ませて準備を済ませ、世界を滅ぼすために王都の外へ。
――というのが、最新話の簡単なあらすじになる。
僕は啜っていたコーヒーを飲み干すと、ちょっとだけ背伸びをした。少しだけ背筋が凝っている気がする。区切りの良いところまで集中していたらしい。
そして、書き上げたばかりの最新話を読み返した。視線で軽くなぞるように流し読みだ。致命的な破綻を犯していないかは、これでわかる。こともある。多分。
最後まで目を通したところで、僕はもう一度ため息を吐いた。これで四度目。もうそろそろ幸せと永遠におさらばしてしまいそうなので、溜め息ではなく、深呼吸ということにしてカウントをリセットしておく。
とりあえず、最新話はちゃんと出来ているように思う。一応はプロット通りに進んだのだ。色々と言ってくる祖母を殺して、王都に向かうところで一旦おしまい。次は最終話。うん、これでバッチリだ。ちゃんと書けたと思う。
思うからこそ、迷っている。
僕は、『少女チーサは幸せだった。』のプロットにもう一度目を通す。そこには、もうすでに書き終えた始まりから、まだ書いていない終わりまでの粗筋が書かれている。
そして、それは僕が書いたものじゃなかった。
スマホのスリープモードを解除して、念のためにと新着メールの有無を確認する。新しいメールは無い。困ったことに。
「まったく……」
また溜め息を吐く。
ストーリーの原案を手がけた、遠坂岬から連絡が途絶えてから二週間が経過していた。
彼女は僕と同じシナリオライターだ。エッチなシナリオを書くことを生業としている。それなりに長く続いていて、金銭的な意味で自立しているらしい。まぁ僕の方はスランプとか厄介な事情だとかで休業中な半人前なのだが、それはさておき。
彼女は今回、僕が所属している同人サークル『奈落兎』にゲストとして参加していた。
一年以上前の話になる。
当時、『奈落兎』はいくつかの短編の同人ゲームを出し終えた後、相方の多忙や、僕の方のスランプやら何やらで休止状態だった。
長編の同人ゲームを作りたいという構想はあった。そのために数々のネタをストックしていた。でも、何かが燃え尽きたような気がして、どれにも着手できずにいた。
数々のエロゲーを勉強としてプレイしているうちに、自信を喪失してしまったというのもある。当時と今の僕にとって、僕以外の制作者は神だったのだ。僕のような半人前が踏み込めるような場所は無いのだと。
まぁ、他にも色々あったのだが省略である。面白い話で無い上に、僕自身あんまり思い出したくないのだ。察してくれ。
そうして燻っていた頃に、遠坂岬とエロゲーの話題で雑談していた時に、彼女が提案してきたのだ。
「こういうプロットがあるんだけど、書いてみない?」
そうして、送信されたのが『少女チーサは幸せだった。』のプロットだった。
彼女曰く、この物語は同人エロRPGと称されるジャンルをモチーフにした作品なのだと。
そして、ゼロ年代と呼ばれていた頃に商業エロゲーの中で産まれた、アンチエロゲーの流れを汲んでいるとも。
プロットを読んで納得した。この物語はエロコンテンツに対する皮肉が散りばめられいる。
主人公のチーサは、エロRPGではよく見かける女主人公であり、男の性暴力を受けて妊娠してしまう、これまたエロRPGではよくある顛末を経験した少女だ。
それがエロいといえばエロいのだが、さておき。
そんな彼女は、逃亡の末に第二の故郷とも言える居場所が出来て、優しくて親しみのある村人に心をほだされ、さらには出会った少年と恋仲になる。
まるで彼女が体験したエロRPGのような現実には、どこにも幸せがなかったとでも強調されるみたいに。
けれども、彼女の幸せは過去の因縁によって磨り潰されてしまう。かつて彼女を犯した男たち。彼らはこれまたエロコンテンツにはありがちな欲望で動く集団だった。
彼女はどんどん追い詰められていき、最終的に人類を滅ぼすことを決意し、実行に移していく。
そして、ご都合主義のような展開が起きてパワーアップし、彼女は本当に世界を滅ぼしてしまった、で終わる。
エロRPGではよくあること、が彼女を化け物にしてしまったのだと風刺するみたいに。
――そんなプロットを提示されたのである。
「……」
正直なことを言えば、このプロットを読み終えた時、僕はまず最初にドン引きした。いやまぁ、ドン引きほどじゃなくて、数センチほど心の距離を置いたって感じなのだが。
個人的には、嫌いではないし、むしろ好きな部類の物語だったと思う。アンチエロゲーなエロゲーを何作かすでにプレイ済みだということもあって、結構面白いなと思うくらいだった。
引いたのは、モブキャラの存在だ。
何せ、出てくるモブキャラの大半が、色々とヤベー奴らばかりなのだ。倫理観がどっかに飛んでいる。ネジが取れたせいでブレーキが動かない連中ばかりだ。
少女を犯すために、手段を選ばない外道ばかりであった。
いやまぁ、エロコンテンツでは、そんなに珍しくない鬼畜系の竿役だけれども。
とりあえず、露悪的すぎた。
「でも、嫌いじゃ無いでしょ?」
ちょっとだけ苦言を漏らしたところ、彼女からそんな風に返された。
まぁ確かに嫌いじゃ無かった。
むしろ、外道過ぎる連中ばかりのため、色々と酷いセリフが書けるかもと興味があった。そう言ったセリフが山ほど出てきそうな気がしたし、僕自身、そう言った竿役に対して思うことが結構あった。
あと、もう一つ。
当時の僕は、スランプ続きで色々と鬱憤がたまっていた。その鬱憤が原因かどうかは分からないが、プロット書けない病という難病にかかっていたのである。半分冗談である。
ともかく、きちんとしたプロットが書けないような状態が続いていたのだ。いつものことだけど。
何にせよ、他の人が書いたプロットなら、物語を書けるかもしれないと思えてきたわけで。
「じゃあ、書けるんだね」
彼女がそんな風に問いかけてきた。
どうやら、彼女の頭の中では、僕が書くことが確定してしまっているらしい。どういう流れだ。
とはいえ、彼女のプロットを元にシナリオを書くのは、蜘蛛の糸を垂らされたとか、渡りに船という気分でもあった。
同人ゲーム用のネタはストックしてあるけれど、どれもこれもが穴だらけ。プロットは完全に未完成だ。この状態で作り始めれば、泥船みたいに沈むこと間違いなし。
それに対して、彼女の用意したプロットは、一応最初から最後まで出来ている。色々と細かい突っ込みどころがないわけじゃないが、それはそれ。
少なくとも、完成させることは出来そうだったから。
かくして、彼女と面識のある相方とも相談した上で、呆気なく『少女チーサは幸せだった。』の製作が決まったのである。
ところで、なぜプロット制作者である本人が書かないのだろうか。
「ふっ、私は冬野君とは違って、そこそこ売れっ子なのでね」
イラッとした。
あれから、一年ほどが過ぎた。
執筆は難航を極めた。
いつものスランプやら、ゲームへの逃避やら、他のサークルメンバー多忙による孤独に、自分より才能のある他者への嫉妬に、初めての微課金とガチャ、苦行に近いボックス周回。
天井のないガチャは悪い文明だと思います。
うん、まぁ、ソシャゲ関連のアレはともかくとして、執筆は本当に難航だった。一年が溶けたって感じがする。
もう一年。
たった一年。
長かった気もするし、短かったような気もする。もしかしたら、瞬きする間もない一瞬だったかもしれない。
気が付けば、あとは最終話というところまで書き進めていた。
彼女から貰ったものをなぞるように、命のないものに命を吹き込むみたいに、死んだような心のまま物語を書き続けている。今もまだ。
終わりを描くために必要だったエピソードは、もう充分に書いたように思う。いやまぁ、プロットに書いてなくて、補完出来ずにぶん投げた伏線とか、超展開とか、そういうのもあったけど。とにかくテキスト量的には書いたのだ。
遠坂岬や相方からは、一応許可は貰ったけれど。
書いているうちに、というより、時間の経過によって価値観が少し変化したことも多少あった。正確に言えば改めて思い知らされたというべきか。
あれから、多くのエロコンテンツに触れた。勉強や研究のつもりで手を出して、完全にドハマリして目的を見失ったりしながら、以前とは違う見方でコンテンツを受け止めてきた。
僕はその中に、情熱を見た。
エッチなものをとことんエッチに書こうとか、自分の好きなものを昇華しようとするような、そんな高みを目指し続けているような。欲望から生まれた情熱が。
それは、羨ましいと思えるくらいに、ドロドロと燃え続けるマグマのような気持ちで。
だからだろうか。
――僕は、今も迷いながら『少女チーサは幸せだった。』を書いている。
「――どうして、こんなプロットを書いたんだって?」
ある時、僕は彼女にそんなことを問いかけたことがある。
夏が終わり、蝉の鳴き声が聞こえなくなってきた頃、近所のファミレスでの出来事だった。
都合上二人での打ち合わせの最中。
ランチメニューで軽く昼飯を済ませ、書いたシナリオの感想を直接聞いて、ドリンクバーで時間を潰しながら雑談に耽っていた。客は自分たち以外にいなくて、小声で猥褻な単語が飛び交うようになりつつあった。
問いかけたのは、そんな時だった。
「そりゃまた、どうして?」
どうしてそんなことを聞くのか、と。
問いかけてるのはこっちなのに。
僕は頭の中を纏めるように少し考えてから、答えを組み立てながら言葉を発していく。
――なんというか、プロットに怨念みたいなものを感じるような気がする。
「あーうん、たしかに、そうね。うん。怨念みたいなもの、たしかにあるっちゃあるかもしんない」
あるのか。
「それが、あるのです」
彼女は深々と溜め息を吐きながら言う。その動作が自分自身に呆れているように見えたのは気のせいだろうか。
「色々とエッチなシナリオを書いてるうちにね、ふと考えてしまうことがあるんだ」
「例えば陵辱ものを書いた時。悲惨な運命を辿ったヒロインが、物語の後にどうなってしまうのか」
「例えば寝取られものを書いた時。全てを奪われた主人公がどうなってしまうのか、そして攫われたヒロインがどうなってしまうのか」
「例えば明るい抜きゲーを書いた時。主人公とヒロインが楽しくエッチして、ハッピーに終わった物語。でも、もし物語が閉じた後に、今私たちがいる世界のような現実的な問題が差し迫ってきたら、彼らは幸せなままでいられるだろうか」
「無粋なことを考えてるなぁって自分でも思うよ。物語は物語なのにねって。エッチな物語がエッチなまま終わることの、何がいけないことなんだろうって。自分でも分かってるんだ」
「分かってるのに、考えちゃうんだ。色々と」
「それで、気が付いたら……こんな話が出来た」
「不思議だよね」
そう言って彼女は微笑んだ。
確かに不思議な話だね、と僕は同意した。
遠坂岬の発言は、僕にとって共感するようなものだった。
色々な物語を夢中に楽しみながら読み耽り、読み終えた後に感じる達成感に浸る度に、少し時間を置いてから思い付くように、思考が浮かんでくるのだ。
この物語は、本当に終わってしまったのかって。
だから彼女は書いたのだ。エンディングを迎えた物語があるという前提で、後日談のような物語を。
終わってしまった物語の、本当の終わりを。
――まるで二次創作みたいに。
「二次創作っていうよりは、架空の創作物に対するヘイト創作みたいなもんだけどね」
彼女は微笑んでいたと思ったら、その笑みを苦々しいものに歪めていった。自虐的な振る舞い。
たしかに、『少女チーサは幸せだった。』は、ヘイト創作と呼ばれるものに近いような気がする。
クズ市民に対してのヘイト描写満載だからなぁ。
「あ、私自身はエロRPGとか大好きだよ。さくっと終わるし、エロいしで、いっぱいやってるしね。ケモ耳眼鏡っ娘がエロ悲惨な目に遭うヤツとか、盗賊な女の子が砦から脱出するために頑張るヤツとか、難儀な意味で作者が大変なことになってた魔王が主人公の明るくエッチな大長編だとか、とにかく色々いっぱい。商業エロゲーとか他のエロコンテンツと同様、滅茶苦茶愛してます」
慌てて弁明してきた。
滅茶苦茶愛している結果がご覧の有様だよ、ってことなんだろうか。なんというか愛が歪んでるの気がするのである。
「歪んでいても、愛は愛だよ」
開き直るなや。
僕は苦笑して、彼女は面白そうに笑った。まるで一緒に馬鹿なことが出来る悪友同士の会話みたいに。
そうだ。
僕と遠坂岬は、友人だった。
同じ富山県に住んでいるシナリオライターとして。
物語に対して、思うことがある人間として。
「あはは。まぁとにかくこの続きよろしくね。冬野君のシナリオ、私結構期待してるんだ」
そう言って、彼女は僕にプロットを託したのだった。
――気分転換に、近所のファミレスを訪れた。
窓の近くにある端っこの席に腰掛けて、店員にややお手軽価格のハンバーグランチを注文し、遠ざかっていく背中を見送ってから、スマホで新着メールの確認をする。
遠坂岬からの新しいメールは無い。
以前連絡を取り合ってから、もう二週間が経過している。最初は忙しいのかなと思っていたが、ここまで連絡が途絶えていると心配になる。SNSの更新もパッタリだ。
一応万が一のために実家の方の電話番号は聞いていたので、そちらにかけてみるべきかと思うのだが、どこまでが万が一なのか曖昧な上に、近々彼女から連絡が来るかもしれないということで足踏みしている。
ようするに、もやもやと不安だった。
なので、前に彼女と行ったことのあるファミレスを訪れてみたわけなのだが――。
「まぁ、都合良くいるわけ無いか……」
溜め息を吐く。
ファミレスの中は、いつも以上に空席だった。平日の真っ昼間という時間帯なのに、僕以外の客は一人もいない。
人の声が少ないという意味で、とても静かだった。
店内BGMの最近の流行歌に耳を澄ませながら、スマホでテキストデータを開いて、最終話までのプロットを再読する。
遠坂岬から連絡が途絶えても、僕は『少女チーサは幸せだった。』を最後まで書き上げるつもりだ。それが遠坂岬と決めた、万が一のことが起こった場合の『奈落兎』の選択だった。
もし彼女が失踪したり、筆を折ったり、死んでしまったとしても。僕たちが生きている限り、完成させて世に出すことを許すのだと。
ふと想像する。
ひょっとすると、遠坂岬が自分がいなくなった場合の話をしたのは、今のような状況が訪れることを察していたんじゃ無いかって。自分に何かがあると悟ってたんじゃ無いかと。
なんてね。
そんなこと、あってたまるもんか――。
「――暗い顔してるね」
声が聞こえたような気がした。
親しげな雰囲気を滲ませた聞き覚えのある声が、小雨のように降り注いできたような感じがする。
僕は、顔を上げた。
「久しぶり。元気してた?」
「……先手失踪してたものかと」
「某ダイナミックな音楽バンドアニメじゃあるまいし」
そこには、遠坂が立っている。
ドリンクバーのグラスを片手に、まるで今まで何事も無かったような顔をして。
間違いなく彼女は生きていた。
「相席良いかい?」
「好きなように」
遠坂は、僕の許可を得て相席する。机の向こう側にある椅子に腰掛けて、真正面から向き合うような形になった。
店員がやって来て、二人前のハンバーグランチを配膳していく。どうやら遠坂も注文していたらしい。
「肉食べたい気分なんだ」
ご注文は以上ですか、と店員が確認を終え、キッチンへと戻っていくのを見送る。
それから僕らは、まずはご飯だねと頷き合うと、ハンバーグへと手を付け始めた。
肉汁溢れ出す粗挽き肉の食感を楽しみながら、行儀悪く世間話やら近況報告を始める。
「二週間何してたんだよ」
「いやまぁ、ちょっと原付で事故っちゃってて」
「事故って」
「ゲーム買いに言って、帰る途中で電柱にデデドン! いやぁ、死ぬかと思ったよ」
死ぬかと思った、と言う割には、無傷で済んでよかったとばかりに楽しそうな笑みを浮かべていた。
たしかに、僕から見て、彼女はとても元気そうに見える。身体のどこかを怪我していたり、痛みを感じているようには見えない。五体満足で大丈夫だったようだ。
「でもまぁ、記憶は多少飛んじゃってたみたいでさ」
と思っていたら、多少の不意打ちを食らった。
「記憶って……」
「しかも、自覚なし。日常生活のこととか、仕事のこととか、全然忘れてないのにさ。奈落兎関連のことだけ、綺麗さっぱり忘れちゃってたよ、そんな偶然あるものなんだね……あっはっは……ごめん」
遠坂は自虐的に笑った後、頭を下げて謝ってきた。
うん、まぁ、製作に支障は無かったし、本当に申し訳なさそうに謝ってくれたから許せるとは思う。
それに、記憶喪失だったのだ。同人関係のことだけがすっぽ抜けたってのは言い訳っぽいし、ご都合主義的な感じもするけれど、そういうこともあるんだろう。僕だって、ピンポイントで都合の悪いことを忘れる時だってある。
多分、きっと。メイビー。
「ところで、ここに来て良いのか? 一部分とはいえ、記憶喪失なんだろ? 家族とかに心配されてないか?」
「記憶喪失のこと、誰にも言ってないから大丈夫だよ」
「大丈夫とは一体」
うん、まぁ、大丈夫ということにしておこう。
人生なんとかなるさ、ケセラセラ。
ともあれ、これで心配事は消えたらしい。安心によるものかお腹が減ってきて、食事のスピードが上がった。
僕らは、ハンバーグの添え物のコーンに難儀しつつも、黙々と全てを平らげていく。
気が付けば、皿の上は空っぽになっていた。
ドリンクバーで一服しながら、僕たちは会話を再開していく。世間話から本題へ。
『少女チーサは幸せだった。』の話へと。
「ここに来る前に読んだけど、うん、だいたいこれでOKかな。私から見て、ほとんど修正の必要なし。最終的な修正は、そっちでやっちゃってよ」
彼女はそう言って、先ほど印刷してきたらしいシナリオを手渡してきた。そこには最低限の誤字脱字の指摘だけが、赤いボールペンでチェックされている。
それ以外は、問題ないらしい。
――正直、疑問ではあるけれど。
「一応、理解した上で書いたけど、本当にこれで良いのか?」
僕は、彼女から貰った校正刷りを流し読みしながら、再度確認するように問いかける。
最新話――シーン10は、プロット通りに書いたが、意図的に破綻させているところが多い。
なので、かなり出来の悪い話に感じるのだが――
「大丈夫大丈夫。むしろ、私の思ってたとおり」
けれども、彼女は大丈夫だと平気そうに笑う。
何も問題は無いと。
「だって、この物語は、女主人公のチーサちゃんの視点から見た話なんだからさ」
「うん、まぁ、徹底してそういう風に書いてたし」
「だから、これで合ってる。彼女は知っていることは知っているけれど、知らないことは知らないままなんだ。認識の外側に、何かがいたとしても、それと遭遇しない限り、彼女は知ることは出来ない」
「……唐突に出てきた、お婆ちゃんのように?」
「そうそう。チーサにとって、お婆ちゃんは認識の外側にいる存在だった。酷い過去のせいで、かなり忘れちゃってたからね。だから、この物語のどこかでお婆ちゃんが暗躍していたとしても、彼女はそれを知らない」
「だから、ご都合主義みたいに唐突に現れる」
「そういうこと。つまり、この話のように、物語的に色々とおかしいのは、チーサちゃん視点では、別におかしいことでじゃない」
「語りえぬものについては、沈黙しなければならない?」
「そういうこと。それに――」
「それに?」
「――この世界でも、似たようなことってあるでしょ?」
彼女の言葉が、胸に突き刺さったような気がした。
認識の外側から想定外の何かがやってくる。それは、この世界でも起こりえる話だと思っているからこそ。
僕は、理不尽で残酷で、時に極端に露悪的で、狂ってると思うくらいに荒唐無稽な、この『少女チーサは幸せだった。』を書こうと思えたのだから。
――この世界や現実の延長戦として。
「色々な問題を事前に予測して、対処法も完璧ってくらいに用意して、さぁこれでどんな問題が起きても大丈夫、って張り切っていたら、斜め下から予想外の問題が発生した、なんてことが珍しくないしね。人生って」
僕も同意見だった。
人生は理不尽な出来事の塊で、回収されない伏線などでいっぱいだ。物語みたいに上手く行ってくれない。
ハッピーエンドとバッドエンドの境界線は曖昧で、時と場合によっては境界線の上で反復横跳びしてる。あまりにも滅茶苦茶すぎて、最低限生きてるだけでも疲れてくる。
だからまぁ。
「チーサちゃんの物語は、この調子で進めちゃっても良いってこと。色々とおかしくなっていたとしても、彼女の視点では、それが本当のことなんだから」
「僕らの人生みたいに?」
「狂ってる人生みたいに」
少女チーサの物語は、このままで良いんだと思う。
何もかもがぶっ壊れていても、作中世界がおかしくなっていても、認識が歪んでいたとしても。
これは、彼女の物語。
幸せだったチーサの物語なのだから。
――そして。
「さて、こっから先は冬野君にお任せします」
――唐突に、遠坂岬はそんなことを言い出した。
お任せって、どういうことだろう。ここから先って最終話もってことだろうか。
「そういうこと。ここから先は、私のチェックを待たなくても良し。あとは君と相方で、全部作っちゃって構わないし、変すぎるところが発覚したら、連絡せずに修正しちゃっても良いから」
つまり、僕らにこの物語を託すってことだろうか。
彼女の手を離れて全てを。
「そういうこと」
理由は何だろうか。
「ちょっと個人的な事情があってね。これから先は、あんまり関われそうにないんだわ」
ひょっとして、仕事だろうか。
以前起こしたという事故が、何らかの形で影響して、スケジュールが潰れたと。そういうことなんだろうか。
「まぁそんな感じだね。……本当に申し訳ない」
遠坂はそんな風にあっさり肯定すると、両手を合わせて、僕を拝むように謝罪した。
某クソ映画に出てきた博士みたいな口調で、パロディみたいな感じではあったけれど。
うん、まぁ、許すことにする。
僕の返事を受けて、彼女は顔を上げた。
「ありがとう、冬野君」
そうして、遠坂岬は、柔らかい笑みを浮かべながら感謝の言葉を口にする。心の底からホッとしたような顔をして。
「本当に、ありがとう」
僕にはそれが、彼女が救われたように思えた。
「あ、もちろん、本来の予定だったノベルゲームにするのが難しかったら、WEB小説って形で公開しても良いからね。まぁノベルゲームにする気満々な冬野君が、そんなことするわけないかもしれないけどねぇ、あっはっは」
最後の最後で台無しなことを言うのが、遠坂らしかったけれども。イイハナシダッタノニナー。
一通り雑談し、サイドメニューを注文したり、ドリンクバーでおかわりを調達したり、今後のプロットについて質問しまくったところで、キリの良い時間帯になった。
昼食の時間はとっくに過ぎ去り、おやつの時間である惨事――じゃなくて、午後三時を迎えつつあった。
もうそろそろ帰らなくちゃ、と僕らは一通り荷物を片付け、会計に使う金を取り出したりした。
あとは、別れるだけ。
ただその前に、一つだけ聞かなくちゃいけないことがあった。今この瞬間に浮かんできた、根本的な疑問だ。
前々から、感じていたことだ。
執筆の時から違和感があった。それは最初は微々たるものだったけれど、筆が進めば進むほど、その違和感は膨らんでいって、最新話を書き上げる頃にはハッキリとしたものになっていった。
そして、つい先ほど彼女と話していて確信した。馬鹿馬鹿しい話かもしれないけれど、今なら違和感を感じた理由を言える気がする。
多分、今を逃せば一生聞くことはないだろう。
そんな気がしたから、僕は問いかける。
なぁ、遠坂岬。
「なんだい?」
――この物語って、本当にフィクションなのか?
「――」
沈黙。
そして。
「――ふふっ」
遠坂岬は、笑った。
悪戯がバレた子供のように唇を歪めながら、彼女はケラケラ笑う。楽しそうに、面白がるように。
やがて、問いかけには問いかけで返される。
「――どうして、そう思うんだい?」
少女チーサは、本当に生きていた。
彼女の物語に付き合い続けているうちに、そう思えてきたからだ。
プロットに肉付けをするようにシナリオを書いていて、チーサの気持ちになって、彼女の身に起きたことを出来るだけ書こうとしていて。
そうやって書いているうちに、筆が乗り始めてきた。少女チーサというキャラクターが動き始めて、頭の中で語り始めて、ぐんぐんと物語が書き進んだ。
「それで?」
でも、勝手に動き出すようになった。
僕の手を離れたみたいに、勝手に語り始めて、勝手に行動して、勝手に生きてるように振る舞い出す。
気が付けば、彼女の思考回路が分からない。
それはまるで、この世界の現実に存在している、どこにでもいる他者みたいで。
彼らと同じように、生きているんじゃないかと思ったんだ。
「そうかもね」
そして、遠坂は楽しそうに笑みを深くした。それから冗談みたいなことを言い始める。
「実は、私には見えるんだ」
「見えるって、何を」
「パラレルワールド」
「……」
「おっと信じてないなぁ。まぁ私自身、頭おかしいんじゃないかって疑うと思うけどね。でも本当だよ」
「仮に本当だとして、それが?」
「つまりはね、『少女チーサは幸せだった。』はノンフィクションだったってこと」
「――」
「どこかの異世界で、あれと同じことが本当に起きたんだ。不幸な女の子が幸せになって、また不幸になって、最後には何もかもを滅ぼしてしまう。そんなノンフィクション」
「――」
「他にも色々なパラレルワールドがあったなぁ。少年がイマジナリーフレンドと隕石が落ちるか落ちないかで話をしていて、本当に落ちてきた世界とか、落ちなかった世界とか」
「――」
「好きな女の子が死んで、パラレルワールドを行き来するようになった男の子が、かつての自分と会話してる、奇妙な短編みたいな世界とか」
「――」
「寓話っぽいような、メタフィクションっぽいような世界……はわけわかんなかったから、スルーの方向で」
「――」
「あと、家出少年と、森に住む不思議系魔女のおねショタという、なんとも羨ましいシチュエーションで、私もああ感じのショタな恋人がいればなぁ、ぐふふふふ、あ、ごめん今の話は無しで」
「あ、はい」
空気が死んだけどスルーしておく。
「ごほんっ。と、ともかく、他には私が精神的な意味で死んじゃうのとか、冬野君が冬野君ではなくて寺山スピアって変なペンネーム使ってるのとか、ここ富山県が謎の古代遺跡で火の海になってしまうのとか――とにかく、いっぱいパラレルワールドを見てきたんだ。そういう超能力」
「――」
「『少女チーサは幸せだった。』は、その能力によって観測したものを土台にした、ノンフィクションだったのです。冬野君が生きてるように感じたのも、無理もないこと。だって彼女は、異世界で本当に生きていたのですから」
そこまで語ったところで、遠坂は口を閉じた。
唇は笑みを浮かべたまま。半信半疑になっている僕を嘲笑っているかのように。
僕は、どう反応すれば良いのか分からない。
パラレルワールドが見えるだとか、超能力がどうのだとか、色々と嘘くさいとは思う。冗談か何かじゃないかと。
でも、どうしてだろう。
彼女の言葉が、嘘のように思えなかった。
僕が少女チーサを本当に生きていると感じているからだろうか。そんな馬鹿なと思う気持ちもあるけれど、それを上回るほどの納得があるというか。
上手く言えないけれども。
「ふふ、ふふふ、ははは」
やがて、沈黙を打ち破るように遠坂が笑い出した。
おかしいものを見たとばかりに、くす玉が割れるような明るい笑い声を上げている。
何がおかしいって言うんだろう。
「なんてね、冗談よ、冗談」
遠坂は、一通り笑い終えるとネタばらしするみたいに言った。今までのは冗談だと。
つまりは、パラレルワールドも、超能力も、少女チーサの話も、全ては遠坂岬の法螺話だったということで。
「がっかりした?」
がっかりした、というか、なんというか。
とはいえ、ちょっと安心してしまったのは事実だった。
それもそうだ。超能力がどうのなんて、本当の話だったら怖いというか、取り返しがつかないって感じがして怖い気がする。
日常という薄皮を一枚剥がせば、非日常という価値観を壊してくる代物がやって来る――なんてホラーや伝奇物じゃあるまいし。
とはいえ、もし彼女の話が冗談だとすれば、僕が生きていると感じた少女チーサへの、あの本物のように感覚はなんだったんだろうか。
「それって、物書きにもよくあるヤツだと思うよ? ゾーンってやつ。私も覚えがあるし」
本当にそうだろうか。
「じゃあ、私の冗談が、冗談じゃなくて本当だったってことの方が良いのね?」
それもちょっと困るような気がする。
「ふふっ、それも冗談よ」
気が付けば、冗談が重なりすぎてゲシュタルト崩壊寸前になってきた。
僕らは互いに苦笑してしまう。
なんだか、二人しておかしなことをしているみたいで、笑えてきてしまった。ちょっと楽しい。
でも、楽しい時間は大抵が短いと相場が決まっている。
笑い声が止んだ後に少しだけ沈黙が続き、やがてポツリと彼女は静かな声で話し始めた。独り言みたいに。
「ねぇ、冬野君。私たちのいるこの世界って、本当に現実なのかしら」
それは先ほどの冗談の延長戦。
第四の壁を意識しているような、メタフィクション的な問いかけだ。答えは出ない。出るわけがない。
「ひょっとすると、今私たちは、誰かが書いた物語の中にいるんじゃないかって。五感で認識しているものも、今指先で触れているものも、誰かを抱き締めた時に伝わってくる温もりも、本当はここではない誰かが書いた作り物なんじゃないかって」
でも、彼女は問いかけずにはいられない。
「私が、チーサちゃんの物語を見つけたみたいに」
そうかもしれない、と僕は共感する。
僕たちは現実を生きているつもりで、本当は物語の中を生きているのかもしれない。誰かが書いた物語の住人でしかない。そういうこともあるんじゃないかって。
だって、この世界が物語ではなくて、紛れもない本物の現実である――だなんて、保証はどこにもないのだから。
そして、何よりも。
僕がチーサのことを生きているように感じたということは、逆に言えば、僕は僕のことを――。
「――でも、生きてるはずなんだ」
そうして、彼女はそう言って口を閉じた。
もう冗談だと茶化すことはない。
――僕らは、この世界が誰かの書いた物語だとしても、現実を生きるしかなかったのだから。
会計を済ませて外に出た。
冷たい風が吹いていた。少し前に比べればマシにはなってきたが、それでも充分に寒い。暖冬らしいけれど、それでも冬は冬である。この季節は苦手だ。
僕と遠坂は、ファミレスの前で別れることにした。最後の確認をして、あとはお別れという次第である。
「そういうわけで、『少女チーサは幸せだった。』は今後私のチェックがなくても良いってことで」
彼女は、何度も念を押すように言ってくる。
念には念を入れて。
まるで僕の記憶に刻み込もうとしているみたいに。
「ひょっとしたら、追加のプロットが来るかもしれないけど、それも引っくるめてお任せします。書くか書かないかは冬野君たち――『奈落兎』次第で」
遺言を聞いているみたいだ、と場違いなことを思った。
そんなわけがないのに。
「あはは、なんだか遺言みたいだね」
彼女なりのつまらない冗談のはずなのに、なぜかとても寂しかった。
そこで話が途切れる。
別れの時だ。
「じゃあ、また」
「じゃあね」
そして、僕たちは互いに別々の方角へと歩き出した。背中を向けて、違う場所を見て、前へと進んでいく。
振り返らない。
また近いうちに会えると信じていたから――。
「――冬野君。どうか、世界が終わるまで死なないでね」
ふと声が聞こえたような気がして、思わず振り返る。
そこにはもう、誰もいなかった。
――まるで白昼夢でも見ていたみたいに。
それからしばらくして、『少女チーサは幸せだった。』の最終話を書き上げた後の話になる。
僕は遠坂岬に連絡を取ろうとした。
一応最後まで書き上げたのだから、彼女にチェックして貰いたい。仮にやって貰えないとしても、連絡くらいは入れておくべきだろうと。
でも、彼女から返事のメールは来なかった。
スマホの方の電話番号にもかけてみた。おかけになった電話は以下略の繰り返しにしかならなかった。
それから僕はあんまりにも連絡が来ないからと、自分を正当化させて、万が一の時にと教えて貰った実家の電話番号にかけてみた。今が万が一なのだから。
電話に出たのは、彼女の母親だった。
僕は、彼女の友人であると名乗り出て、もし家にいるのなら電話を繋いで欲しいと頼み込もうとして。
けれども、それは不可能に終わる。
「――あの子は、先月亡くなりました」
遠坂岬が、とっくに死んでいたからだ。
先月。
それはいつだったろうか。
「原付に乗って、買い物から帰る途中に……突然ハンドルが故障して、電柱にぶつかった時に、強く頭を打って……そのまま……うぅっ」
そういえば、彼女はそんなことを言っていたような気がする。原付の自損事故で、記憶が多少吹き飛んだって。
それって、どういうことだったんだろう。
無傷って言ってたけど、本当に無傷だったんだろうか。頭を打ったから記憶が飛んでたんじゃないのか。でも頭を打ったから死んでしまったわけで。どうなってるんだ。誰か教えてくれ。何がどうなってるんだ。
考えても答えは出なかった。
確認しようにも、もう彼女はいない。
――今知らなきゃいけないことは、一つだけだ。
「あの、それって先月の何日ですか……」
そして、僕は遠坂岬の命日を聞いた。
彼女の死んだ日は、ちょうど一ヶ月ほど前。僕らがファミレスで打ち合わせをした、二週間ほど前だ。
つまり、あの日再会した遠坂岬は、本当ならもうすでに死んでいるはずの人間で――。
「――」
彼女の母親に、日を改めて連絡することを告げてから電話を切る。スマホを机の上に置いて、椅子の背もたれに全体重を預けるようにもたれ掛かった。
深く息を吸って、吐き出す。
「――」
色々と疑問に思うことは山ほどある。
彼女は本当に死んでしまったのか。死んでしまったのなら、なぜファミレスにやって来たのか、死者は飯を食えるのか、記憶喪失の原因は頭部にダメージを負ったからなのか、なぜ死んでしまったのか、あの超能力関連の話は本当だったのか、本当のことだったから死んでしまったのか。
あと、最終話書き上げた時に、「やったー終わったー」って脱力していた時に突然届いた後日談のプロット。
これが一番疑問すぎる。
あのバッドエンドに続きあるのかよとか、もうチーサに付き合ってられるか書きたくねぇよとか、色々と思うことが山ほどあったけどさ。
でも、まぁ、遠坂岬の超能力が見つけたのなら書くしかないやと、開き直って書き切ったし、なんやかんやで良い感じに終わったよねって満足してるけど。
それはそれとして、そのプロット送られてきた時に、遠坂さん死んでいたはずなんだけど、どこから送られてきたんだろうねぇ、不思議だね。
予約送信だった可能性もあるけど、それならそれで早く送ってこいで済んじゃう話だし。どうなってるんだか。
なんだか、死んだばかりの人間に対して、愚痴っぽくなってしまった。ちょっと笑えてくる。
これ以上考えたら、負けな気がしてきた。
不思議なことが起こっただけ、ということにしておこう。物語ではよくあることだ。うん。
ただ、明確なことが一つあった。
「……不思議なことが起こりすぎて笑えてくるけどさ、それでもやっぱり寂しくて悲しいよ、遠坂」
遠坂岬は、最後に別れた時に、冗談のつもりでも何でもなく、本当に遺言を言ったんだと。
そして、あのショタコンな友達は、もう永遠にいなくなってしまったんだと。
生きてる人に託すみたいに、少女の物語を残して。
――そして、その日、ちょっとだけ僕は泣いた。
さて、これにて僕たちの話はおしまいだ。
最終話を目前にして、突然作者の世界のエピソードを挿入してしまい申し訳ない。
それでも、僕は知って欲しかった。
あなたに。或いは君に。
『少女チーサは幸せだった。』という物語が、どこからやって来たものだったのか。そんな話を。
遠坂岬という自称超能力者の話を。
そして、チーサという少女と付き合ってきた僕を。
物語の本筋には、あんまり関係ないかもしれないけれど、それでも、せめてと。
そうして、全部読み終わった後に、ちょっとは記憶のどこかに残っててくれると嬉しいな。
――さて。
いよいよ、物語のラストの始まりだ。
そこにあるのは、全てが滅ぶ一応バッドエンド。
いつかどこかに存在していたかもしれない異世界で、本当にあったかもしれないヘイト創作じみた結末だ。
大手を振って薦められるものじゃないし、ここで物語を閉じてしまっても構わない。
でも、どうか、最後まで見届けて欲しい。
それだけが、僕――いや、作者である私の願いです。
追伸。
色々あって、結局ノベルゲームではなくWEB小説という形で公開することになってしまった。
今になって思う。
あの時の彼女がWEB小説という形での公開を許してくれたのは、彼女が超能力でこうなる可能性を知ったからなのだと。
そんな冗談みたいな『かもしれない話』を、ちょっと信じてる。




