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SCENE FINAL『私は、星を抱く夢を見る』

「どうだい、この屍体は、実に素晴らしい彫刻じゃないか」

 ――小栗虫太郎『後光殺人事件』より引用。

 世界を滅ぼす途中で、私はママを殺した。

 王都を離れた私は、空を飛ぶ魔法やらなにやらと駆使して、生き残った人類を虱潰しに殺し尽くしていた。

 かつて私が住んでいた国の人も、胎児と一緒に行こうと思っていた隣国も、とても遠くにある幻の国でさえも。

 そうやって、国ごと人を殺していた最中だったろうか。

 かつての母親を見かけたのは。


「……×××××?」


 彼女が困惑して、立ち尽くしていたのを覚えている。逃げ惑う人の波に逆らって、私の顔を見上げていた。

 ママは、昔からちっとも変わってなかった。男の人が大好きで、浮気性で、美しいままの。

 私を捨てた時のままだった。


 だからだろうか。

 逃げ惑う人々を無視して、真っ先に彼女から先に殺そうとしたのは。


「ぐっ、あ、あぁ……×、××、×××××……」


 ママの身体は、少しでも力を入れると折れてしまいそうなくらいに、細くて柔らかかった。

 不愉快なくらいに。


 ママ! ママ!

 お願いだから、殺してあげる。


 私の気持ちのために殺されて欲しいんだ。

 無抵抗のままでいて。命乞いなんかしないで。醜いままのママでいて。私を捨てて男と一緒に逃げていった時のような、淫らで浅ましい娼婦のままでいて。

 不安にならないで。怯えたりしないで。怖がったりしないで。

 私が殺してあげるんだから、何も心配なんてしなくて良いんだ。身を委ねて欲しいんだ。死なせてあげる。


「ごめんなさい……ごめんなさい……許して……」


 なのに、ママは私のして欲しくないことを全部してしまうんだね。可哀想なママ。哀れで醜いママ。惨めすぎるせいで愛しく見えるよ。癇癪持ちの子供みたいで可愛いよ。


 でも、おかしいな。可愛いはずなのに、愛してるみたいに憎い気持ちでいっぱいになりそうなんだよ。

 おかしいんだよ、ママ。


 ねぇ、ママ。

 どうして、私を捨てたの。

 どうして、私が犯されてた時に助けてくれなかったの。

 どうして、私の家族たちが死んだ時に慰めてくれなかったの。

 どうして、あなたが私の母親なの。

 どうして、私を産んだのがよりにもよって、あなただったの。


 ――ねぇ、母さん。どうして私を産み落としたの?


 こんなことになるんなら、産まれてくるんじゃなかった。お母さんのお腹の中にいれば良かった。臍の緒で首を吊って死ぬことだって出来たはずなのに。


 どうして気が付いてくれなかったんだろう。私の人生がこんなにも苦しいことになるだなんて。気持ち悪いことになるだなんて。未来くらい予知して欲しかった。予知した上で産むかどうか決めて欲しかった。幸福な人生を保証した状態で産んで欲しかったんだ。


 なのに、母さんは私を産んだ。

 私がこんな苦しい気持ちになるだなんて、ちっとも予想も予知も出来なかったから、無責任に産み落としたんだ。

 酷いよ。本当に酷い。


 母さんは、私を殺してくれなかった。

 ママは、私を産んでしまった。


 命を与えてしまった。

 大嫌いな名前を付けてしまった。

 男性の情欲を掻き立てるような外見を与えた。


 無責任に、何も考えてなかったみたいに。

 そんなの最低だよ。


 やっぱりママは最低だ。

 私を愛していなかったんだ。

 本当に愛していたんなら、こんな酷いことにならなかったんだもの。


 私を、本当に愛していたのなら、生まれてしまう前に、産む前に殺して欲しかった。中絶して欲しかった。流産して欲しかった。堕胎して欲しかった。

 産まれた瞬間に首を絞めて殺して欲しかった。


 でも、母さんは私を産んだ。

 ママは、私を殺さなかった。


 殺してくれなかった!!


 ――本当の意味で、私を愛していなかったんだ!!


「ごめんなさい」


 謝るな。謝るくらいなら産むんじゃない。

 実の親に命乞いされるなんて、なんだか私が惨めじゃないか。加害者と被害者の立場がひっくり返ったみたいに思えてくる。止めてくれ。その耳障りで勘違いな振る舞いを止めてくれ。

 母さんは間接的な加害者なんだから。

 そのレッテルを剥がすことは、私が許さない。


「本当に……ごめんなさい」


 信じられないことを言うな。

 私は信じちゃいないんだ。信じたかったけど、もう信じられない。母さんの謝罪が、生存本能から自動生成された命乞いにしか聞こえない。もう私は他人の言葉をそういう風にしか聞こえない生き物になってしまったんだ。

 その事実が、とても哀しかった。


「ごめんね……×××××」


 そして、もう一度謝罪の言葉が聞こえた時に、気が付けば私は母さんを殺していた。

 手の平で潰して、挽肉みたいにして。


 その時の感触が、爽快感の欠片もない、胸糞が悪くて、気持ち悪くて、最低だったのを今でも覚えている。

 ――本当に世界が終わってしまった、今でも。






 ――気が付くと、私は星を抱き締めていた。


「……」


 少しだけ眠っていたような気がする。

 悪い夢だった。人類を滅ぼしていた途中で、母さんを殺した時の夢だ。色々と癪に障ったから殺しただけの話なのに、今でもこうして夢に見てしまう。

 どうしてだろう。わからないや。


「……」


 ぼんやりと周囲を見渡してみる。

 そこには、生きている人間は一人もいなかった。あるのは全てを覆い尽くすような暗い闇と、石ころや砂のような星だけだ。


 自分が抱き締めている球体に目を凝らす。


 そこはもう生者のいない星と化していた。大陸はひしゃげ、海は引き裂け、地表という皮を剥ぎ取られた大地からはお湯のような溶岩が流れ出てくる。


 そこには、もう人類はいない。

 星ごと殺してしまったのだから。


「……」


 気が付けば、遠いところまで来てしまったような気がする。

 なんやかんやで、自分が住んでいた星をも越える身体を手に入れてしまった。奪い取った巨大化の研究による補正はあるだろうけど、それ以上の奇跡が起きたような気がする。

 神様になったみたいだ、と思った。


「……静かだ」


 今、世界はとても静かだった。

 何も聞こえない。星が壊れていく音も、遠くで星が死ぬ音も、私自身の心臓の音さえも。

 全てが終わってしまったみたいに。


「……」


 祝福しよう、と思った。

 誰もいない世界を。みんな死んでしまった世界を。私が安らかに死ぬことが出来る世界を。


 未練は無い。


 そんなものは、私が自分自身の手で丸ごと全部壊したり殺してしまった。叡智も娯楽も快楽も、何から何まで全部。完全な無に近付いているんじゃないかって気さえする。


 今となっては、この世界は何もない箱の中みたいだ。そんな場所にいつまでもいたら頭がおかしくなってしまって、死にたくなってくると思う。実際に私は死にたいと思ってる。

 人生を終えようと思う。


「……」


 色々と思い返してみると、不幸だらけの人生だった。

 けれど、何もかもを皆殺しにして、こうして私一人だけになったことを考えると、ちょっとだけマシな人生だった気がしないでもない。マシになっただけマシってヤツだ。


 あはは、なんだか禅問答みたいだ。


 もう私には笑うことしかできない。

 愉快なものも、不愉快なものも、平等に淘汰して、まるで神様になった気分だ。そうだ。私は神様なんだ。神様だから、生きてる人たちは罰を受けて死んだんだ。間接的な加害者という判定をされて断罪されたんだ。あはは。


 そうだよ、私は神様だったのだ。

 この世界にとって母親みたいな存在になったのだ。

 だったら、笑わなきゃ。


 死んだ世界のために。

 死んだ子供のために。


 手を繋いで、抱き締めて、涙を拭って。

 怯えながら死んだ子供から、ほんの少しでも不安が拭われればいいと、祈って願って微笑んで。

 それを見て、安らぎを得ながら子供が死んでいく。


 私は、そんな神様になりたかった。

 せめて、そんな母親になりたかった。


 でも、私は神様になれなかった。


 なれるものなら、なりたかったのに。

 私が神様だったら、もっと上手くやれたんじゃないかって思えるのに。


 ――どうして、私は神様じゃなかったんだろうか。


「……ねぇ、どうしてかな、少年」


 ふと、呟く。

 冗談のつもりで、返事は来ないと理解していても。


「……」


 もう、私は独りぼっちだった。

 神様みたいになったのに、孤独だった。

 愛していた人を失って、愛そうとしていた子供も失って、好きだった隣人たちも失って、可哀想な人も、憎い人も、殺してやりたい人も、どうでも良かった人たちも、みんなみんな殺してしまった。

 だから、独りだ。一人なんだ。


「……寂しいや」


 ぽつりと言葉がこぼれた。

 どうしてだろう。

 どうして私は寂しくなると分かってたのに、私以外の全てを殺してしまったんだろう。

 世界が嫌になったからだろうか。

 独りぼっちになりたかっただろうか。


「……違う」


 違う。本当は私は何もしたくなかったんだ。

 誰も好きになんかなりたくなかった。誰かを嫌いになんてなりたくなかった。楽しい気持ちなんて知らなきゃ良かった。失われてから苦しみたくなんて無かったんだ。


 最初から何もなければ、良かったんだ。

 そうすれば、今みたいに寂しいと思わずに済んだかもしれない。苦しいと感じなくて済んだかもしれない。


「嫌い。私、嫌いなんだ。もう嫌いだったんだ」


 私は、人生が嫌いだった。

 ママに育児を放棄させられた時から、母さんに本当に捨てられた時から、父親の顔を知ることはないと理解した時から、お婆ちゃんが私を見てくれないと悟った時から。


 初めから全てが間違っていたんだ。

 私は産まれてこない方が幸せだった。世界にとっても、私がいない方が正しかったんだと思う。私が誕生するなんて間違いさえ起こらなければ、人類は滅んでなかったんだから。


 だけど、私は産まれてしまった。

 大なり小なり何かを手に入れてしまった。欲しくないのに手に入った。生まれ落ちてしまった瞬間から、無理矢理誰かに押しつけられるみたいに。

 それが嫌で、私は。


「――」


 だから、多分、私は人を滅ぼしてしまった。

 そうすれば、誰も苦しまずに済むような気がして。

 もう誰も産まれてこない。産まれなくても良いんだ。人生を始めなくても良いんだ。


 理不尽だらけの人生に苦しむことも、自分が産まれてきたことに悩むことも、誰かの存在によって痛い目を見ることも、そういった嫌なことを経験しなくても良いんだ。


 生きなくても良いんだ、って。

 私は、そんな世界にしたかったんだ。生きるって呪いのない、不幸も差別も存在しない、完璧な世界を。


 もう何者にも怯えなくて良い。

 いつまでも、永遠に。

 ――それが、私の世界に対する愛だった。


「……」


 ふと、欠伸が出た。

 なんだか頭の中がぼんやりし始めている。目蓋が重くなってきて、油断したら閉じてしまいそうだ。

 思い返してみると、ここ最近は飲まず食わずで頑張っていたような気がする。


 うん、本当に頑張った。

 もう少しで滅ぼせると確信して、休まずに滅ぼしまくった。徹底的に息の根を止めまくった。そうやっているうちに、巨大化しすぎて、星を抱き締められるくらいになっちゃったけど。とにかく結果オーライである。


 その反動だろうか。

 今、私はとても眠くてたまらなかった。身体中が鉛みたいに重くて動かない。目蓋を閉じてしまいたい。とても疲れているんだね。


「……」


 眠ったら死ぬ。

 私は、そう確信していた。

 何せ最後の最後まで無茶を通しまくったのだ。人類を滅ぼすために頑張ったのだ。そして結果を出した。

 つまりは、死んでしまってもおかしくないわけで。


「……でも、ま、いっか」


 それでも良い、と思う私がいる。

 もう未練は無かった。

 あとは私自身の幕を引くだけ。

 死んで、あの人たちに追いつくだけなのだから。


「今、行くからね」


 私は、静かな世界で目を閉じた。

 眠る。

 夢を見る。

 永遠に眠って、眠り続けて、最後の最後には溶けて消えて無くなるんだ。幸せな夢を見ながら死んでいくんだ。


「――おやすみなさい」


 そして、私は死んだ星を抱き締めながら眠りに就く。

 二度と覚めることのない永遠の眠りに。

 意識が曖昧に引き延ばされていき、少しずつ霞のように薄れていって、最後には溶けるように消えていく。


 もう何も認識できない。

 私は自分の意識が消えるまで、どうか幸せな夢を永遠に見続けていられますようにと祈り続けていた。


 ――いつまでも、ずっと。

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