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*64 モチを焼く

 憤慨したであろう彼女が去っていくのを見送って、溜息を吐く。

 

彼女は元いたテーブルに立ち寄って荷物を取り、友人らしい子と二言三言、言葉を交わしてからカフェテラスから出て行った。

 

それは見ている側が気持ちいい程に、颯爽と。

 

また、ひとつ溜息が出てしまった。

 

「……大丈夫ですか? 市田先輩」

 

 隣の席に座った雪野ちゃんが、僕の顔を心配そうに見上げていた。

 

彼女には全く責任はないのだが、責任を感じてしまったのだろうか。

 

「あ~、僕は大丈夫。ごめんね、巻き込んで」

 

 本当は大丈夫なんかじゃない。

 

ああ言ってしまったことを既に後悔している。

 

それでも表面上は取り繕って。

 

「私達は大丈夫ですけど、ねぇ?」

 

 他の二人もウンウンと頷く。

 

「なんか昼ドラ見てるみたいでしたっ」

 

「ドキドキしたよね?」

 

 二人にしてみれば、滅多に見ることのない修羅場だったみたいだけど。

 

女の子はそういうのが好きなんだろうか?

 

「さっきの。奈津さん、でしたよね?」

 

「……知ってた?」

 

「うちにも何度か来たことがあります。大抵は皆で、ですけど」

 

 佐伯は元々、僕よりも深沢さんや朝倉君達と仲が良かった。

 

朝倉君の自宅にお邪魔したことがあってもおかしくはない。

 

「市田先輩の彼女じゃないんですか?」

 

「残念ながら。彼女とは付き合ってはいないよ」

 

 それは嘘じゃない。

 

 友達のような恋人のような存在。

 

彼女のことを聞かれれば、僕はそう形容するだろう。

 

そうとしか言えないんだ。

 

例え、彼女が僕の気持ちをわかった上でさっきの発言をしたのだとしても、それを怒る権利は僕にはない。

 

なのに、その発言にイライラした。

 

「ふぅん。でも、あれってヤキモチですよ? 絶対」

 

「……ヤキモチって」

 

「市田先輩が私達といたのが面白くなかったんでしょう?」

 

 ……あれはヤキモチからなのか。

 

雪野ちゃんの言葉がストンと胸に落ちる。

 

「いや、でも」

 

 ……それは自惚れすぎじゃないんだろうか?

 

「いや、でも、もないです。かなり解りやすいヤキモチだと思いますよ?」

 

 僕の情けない発言をピシャリと打つ。

 

 佐伯が僕のことに関して、妬いたなんてことはあっただろうか?

 

彼女から付き合おうとか言われたことはない。

 

それは僕がはっきりしないせいもあるが。

 

だから、彼女はそういう方面に関してはさっぱりしていると思っていたが、案外そうではないのかもしれない。

 

「そーゆー市田先輩だってイライラしてたでしょ? さっきの佐伯さんが言ったことで」

 

 雪野ちゃんがニヤリと意地悪く笑う。

 

……こういう所は朝倉君に似てるんだよなぁ。

 

言えないけど。

 

 そして、事もなげに彼女は言う。

 

「端から見てたらじれったいんで、さっさとくっついちゃってください」

 

「いや、そーは言われてもね」

 

「うちの馬鹿兄貴にかっさらわれてもいいんなら別ですが」

 

「は?」

 

「……モタモタしてたら、そうなりますよ?」

 

 雪野ちゃんが、そう言って笑う。

 

朝倉くんのように。

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