*61 妹のような
二つ隣の席に座る彼女は笑う。
「私が直接会うのは初めてですよ?」
意味ありげに上目遣いで僕を見上げて来る。
それが想像する年齢以上に妖艶に見えて、思わず体を引いて身構えてしまう。
そんなときだった。
「……市田をからかうのはやめろ」
藤原君が厨房から出てくる。
片手に皿を2枚、もう一方の手にスープ皿を持って。
ちょっと、助かった。
「……市田。これは朝倉の妹だ」
「は?」
「あ~、もうバラしちゃった。璋吾兄は真面目なんだから」
そう言って彼女―朝倉君の妹―は頬を膨らませる。
「朝倉君に妹なんていたの!?」
「……うん」
藤原君は滅多に冗談は言わない。
ということは、これは事実なのだ。
朝倉君─朝倉純也─は中学からの友人で、ここにはいない柴崎君を通じて知り合った。
オレンジ色の髪がトレードマークで、仲間内のムードメーカーとも言える。
高校を卒業してこちらの医学部に進学したこともあり、時々集まったりもしてるけど、妹がいるなんて初耳だった。
「兄がいつもお世話になってます。朝倉雪野です。市田先輩」
彼女が改めて自己紹介をしてくれる。
が、よそ行き用の笑顔を向けられても、それに反応出来なかった。
「……あ、ども」
「……市田が呆けてる」
珍しく藤原君が突っ込みをいれた。
雪野、と名乗った彼女はそれに噛み付く。
「いちいちうるさいよっ、璋吾兄っ」
あ~、こーいう所は朝倉君の妹さんらしい。
「や、でも、朝倉君に妹さんがいるなんて知らなかったよ。ほんと」
すっかり冷めてしまったチキンピラフをスプーンで突きながら言う。
彼とはそこそこ長い付き合いだと思っていたけど、本当に知らなかったのだ。
「純兄はあんまり家の事とか言わない人だからねー」
「……雪野、懲りてない……」
「ハイハイ。スイマセンねー」
正直、藤原君と雪野さんの会話は漫才みたいで面白い。
ボケ役っぽい藤原君がツッコミで、ツッコミ役っぽい雪野さんがボケで成り立ってる。
「……二人って付き合ってたりしないよね?」
「「それはない」」
否定するタイミングも一緒だった……。
「でも、仲良いよね」
「ま、純兄が中学の時から家に遊びに来てたからね~」
そんな雪野さんの言葉に藤原君がウンウンと頷く。
ほんとに仲が良い。
「ところでさっきの先輩ってのは?」
先程、雪野さんは僕のことを『市田先輩』と呼んだ。
友人の妹に『先輩』と呼ばれる覚えはない。
「ふっふっふ」
僕の問いに待ってましたというのか、彼女はにんまりと笑う。
それがまたいたずらを思い付いた時の朝倉にそっくりで。
「……こいつ、市田の大学の1年生なんだ」
「ああっ! 璋吾兄またバラしちゃうしっ」
「え? 学部は?」
「工学部建築学科でぇ~す」
「ほんとに!?」
それが本当なら、彼女は本当の意味で後輩になる。
他学年になると研究室が同じとかクラブが同じにならないと交流が薄くなるので、今まで知らなくても仕方ないけど。
「へぇ。医療の道には進まなかったんだ?」
朝倉君の家はお父さんが医者で、個人で医院を開業している。
長男である朝倉君は医学部で医者を目指しているはずだ。
「あたしは向いてないから。そっちは妹に任せたよ」
「まだ他に妹さんが?」
それも初耳だ。
一体何人兄妹なんだろう。
「月野って言って、双子の、だけどね。今、看護大学通ってる」
「……今井の後輩だ」
「へぇ」
その今井さんは大学卒業後、地元に戻って鷹栖君のお父さんの病院に勤めているはずだ。
(考えてみたら友人の内に二人も医者の息子がいるなんて凄い)
「そんなわけで純兄や月野のおかげであたしは好きなことさせてもらえるんだよ」
雪野さんがカウンターに頬杖ついてそう呟いた。
もう片方の手でグラスを持ち、カラカラと氷を回す。
そしてふうっとため息を着いた。
「……純也は」
藤原君がグラスの中の酒をステアしながら口を開く。
「きっとしたいことをさせてくれたと、思う」
雪野さんの内心を考えて、の発言だろうか。
「純兄はね、優しいからさ。でも、親父も純兄も、本当はあたしにも医療に進んで欲しかったんだと思う」
その横顔が、無理に作ったであろう笑顔が痛々しかった。
尚も彼女は言葉を紡ぐ。
「あたし、そっち方面はからっきしだったしさ──……」
「……雪野、もういいから」
言葉が終わる前に藤原君が制止する。
その大きな手で彼女の頭を撫でる。
くしゃくしゃと不器用に。
髪が乱れる。
「……雪野の気持ちは解ってる。純也も月野も……俺も」
まるでテレビドラマを見ているようだった。
僕もそこにいるのに、自分とは離れた所の出来事を見ているような。
僕はそこには必要がなかった。




