*59 冷たい手
「びっくりしました。今日来るって言ってなかったし」
「ちょっと……。迷惑だったか?」
「そんなことはないです。びっくりしたけど」
庸さんの運転してきた車に乗り込む。
彼─深沢庸さん─は連絡も無しにいきなり大学まで迎えに来たのだ。
まさか、こういう事をする人だなんて思ってもいなかった。
彼のことは生真面目な人だと思っていたから。
「さっきの彼は柴崎の友人だったか?」
「そうですよ。蓮君とは幼稚園の頃からの悪友らしいです」
「悪友?」
いまいちピンとこないのか、庸さんが首を傾げる。
「昔から悪戯に付き合わされて、一緒に叱られたり、怪我をしたりばっかり、だからなんだそうです」
決して市田は蓮君のことを『親友』とは呼ばない。
あくまでも『悪友』と言い張る。
「ふぅん。なるほど、な」
「こっちからしたら、それは幼なじみなんじゃないの?なんですけどね」
私にはそこまで古い友人はいない。
庸さんの妹のルミちゃんとだって、中学からだ。
「私には幼なじみなんていなかったな」
「庸さんは不器用ですよね、そういう所」
「私が、不器用?」
「そう、器用じゃない」
庸さんが、心外だとでも言うように目を丸くする。
と言っても、彼を知っている人じゃないと解らないほどの表情変化なのだけど。
知らない人は睨まれていると感じるかもしれない。
見た目は美人さんな上に無愛想だから、取っ付きづらいと勘違いされてしまう。
思ったことを率直に口にしてしまうから、きつく思われる。
冗談を振られても、根が生真面目な人だから上手く反応出来ずに、冗談が通じないと思われてしまう。
でも、彼の内面を知れば決して冷たい人なんかじゃないことが解る。
表情だって多少の変化があるし、きつい事を言うのだって物事を真剣に考えているから。
たった一人の妹を思うあまりに、周りからシスコン扱いされるのだって彼が優しいからなのだ。
(彼の妹だって充分ブラコン入ってると思うけど)
だから、そんな彼を知っている私は彼のことを無下に出来ないのだ。
単なる言い訳なのかもしれないけど。
「そういえば」
車のステアリングを握る彼が口を開く。
「和食で良かった? 勝手に予約したが」
「いいですねぇ、和食。久々です。一人暮らしだと中々和食なんて作らないし」
「そうだろうと思った」
ほら、この人はやっぱり優しい。
和食どころか料理さえ滅多にしないなんて、とてもじゃないけど言えない。
そういえば最近、市田の作るご飯も食べていないなぁ。
庸さんは車を街の中心部へと向ける。
車のことがよくわからない私でも解るほどに、高価な車の上質のシートが心地良かった。
車窓に流れるビル群の夜景を眺めながら、シートに身を預ける。
会話がなくても居心地の悪さを感じないのは何故?
やがて車は名の知れた一軒のホテルへ滑り込む。
「……ここ?」
――食事と見せかけて連れ込む?
……この人がそんなことするわけないか。
「ここの和食の店に予約した。ここは天ぷらが旨いんだ」
庸さんがそう言って口元を少し歪める。
私が疑問に思ったことは、彼にとっては想定内だったようで。
かあっと顔に血が上っていくのが解る。
あぁ、恥ずかしい。
「天ぷらなんて中々作らないだろう? ……私も作らない」
「庸さん、料理するんですか?」
「……たまに。ほとんど会社で取るから」
走ってきたドアボーイに車を頼んで降りる。
「そっか。食べてみたいなぁ、庸さんの料理」
エプロンをして料理をする庸さんなんて、想像が付かない。
そんな私の言葉に庸さんは一度目を丸くするが、すぐにその目元が和らぐ。
「……じゃあ、いずれ、機会があれば」
「うん」
庸さんが右手を差し出す。
私はその手に左手を繋ぐ。
ひんやりしていて、だけど私のものより大きな手。
目が合って、自然に微笑い合って。
「……じゃあ、行こう?」
二人手を繋いだまま、ホテルのエントランスへと踏み込んだ。




