*56 電話の向こう側
さほど長くはない時間の通話を終了して、ため息を一つ。
仕事以外では滅多に使わない携帯電話はデスクの上へと放る。
深沢 庸、30歳。
先程、佐伯奈津と話していた張本人だ。
今だスーツのままなのは、自宅に帰ってきてすぐに電話を掛けたからだ。
ここのところ、会合なんかで早めに帰れた記憶がない。
ネクタイを解きながら、デスクの上の封筒を見遣る。
調査会社の社名が印刷された茶封筒には、とある調査内容の結果が入っている。
通常この会社には、契約相手の会社の内情調査などをお願いしている。
個人の、しかも自分の私用で調査を依頼したのは初めてのことだった。
それほどまでに相手のことを知りたいと思ったのだ。
一度は開けて読んだそれを再び開いて取り出す。
『佐伯奈津に関する調査報告書』
A4サイズのファイルに閉じられ、表紙にはそう印字されている。
本人には告げられてはいないだろうが、その両親には許可を得ている。
会社への採用時や、良家の結婚に際して行われる身辺調査と同じようなものと思って貰えたら良い。
彼女の身辺調査をしてもらったのだ。
パラパラとファイルのページをめくる。
数枚の写真と共に彼女の友好関係が表記されている。
内容としては、妹から聞いていた通り。
交遊関係として、同じ大学に通う彼の名前があった。
「市田歩、か。確か、柴崎とは友人だったか……」
ーーあの忌ま忌ましい柴崎の後ろをちょろちょろしていた奴か。
崩した学生服の柴崎の側にいつも金魚のフンのようについていた気弱そうな男。
あれで中々、学校の成績も良く、弓道部では部長も勤め、柴崎の友人にしてはまともな奴だとは思っていたが。
ファイルに添付されていた写真は、知らぬ者が見ればカップルのツーショットと見紛うほどの仲睦まじいものだった。
自分だって、何も知らなければそう思ったに違いない。
予想外の調査結果に、最初に目を通した時に愕然とした。
本当に予想もしていなかったのだ。
だが、今考えて見れば、見合いの席の会話の中に既に影は見えていたではないか。
佐伯嬢との会話の中に見え隠れしていた友人。
それが市田歩のことならば。
そう考えれば合点も行く。
彼女はかなり友人の事を気にしていた。
凄い奴だ、尊敬できる部分がある、私はああストイックにはなれない。
その時はそれが友人に対する『憧れ』なのだと思っていた。
だが、それが友人に対する『好意』なのだとしたら。
「……本当のところはどうなんだろうな」
見合い席で言わなかった当たり、将来を約束した仲ではないだろう。
例え、互いに好意を抱いていたとしても。
本人から聞くのが一番なのだが。
「……気を使われているんだろうな、多分」
電話の様子では、そうみてとれる。
とてもじゃないが、本音は聞けそうにない。
来週の出張で食事をともにする約束は交わしてある。
大学まで彼女を迎えに行ってみよう。
その時に研究室に顔を出す。
それは牽制になるか、本音を引き出すきっかけになるか。




