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*54 腕

 皆さん、お久しぶりです。

 

糸屋です。

 

糸屋幸一です。

 

お忘れの方もいるかもしれませんが、今年度蓮見研究室に入り、市田さんと弓道対決をした、あの糸屋です。

 

実はあの後、森田さん(研究室の先輩・弓道部部長)の強引な勧誘によりいつの間にか弓道部に入部させられ、指導係に任命されました。

 

弓道は好きだけど、ちょっと面倒臭いです。

 

うるさいし。

 

まぁ、そんなことはいいや。

 

 最近、ようやく研究室にも慣れてきました。

 

ほとんどの先輩が可愛がってくれています。

 

俺が小さいからでしょうか?

 

(チビって言うな!)

 

毎日牛乳1Lは飲んでるのになぁ……(溜息)

 

相変わらず背は伸びません。

 

(ちなみに身長は159.5cm)

  

 ……脱線しました。

 

もちろん、可愛がってくれるのは佐伯さんもで。

 

よくお菓子をくれたりします。(餌付け?)

 

「またお菓子喰ってんのか? 太るぞ、佐伯」

 

「樋田さん、うるさい」

 

 それでもスタイルは変わらないのが凄いです。

 

ダイエットとか気にせずに、気持ちいいくらいの食べっぷりなのが佐伯さんらしいです。

 

「なんで糸屋って佐伯なんかがいーの? あいつ、怖いじゃん」

 

「論文上がったんですか? 樋田センパイ?」

 

 なんでって、なんでだろ?

 

正直、あんまり考えたことがなかったなぁ。

 

まぁ、気が付いたら好きになってたというか。

 

そんなもんじゃないの?

 

人を好きになるってさ。

 

なぁんて。

 

 でも最近、目に見えて佐伯さんと市田さんの雰囲気が違ってきてるのが気になります。

 

なんてゆーか。

 

ぎこちない。

 

不自然。

 

なんかあったのを悟られないように、ではなくて、意識してるって感じ。

 

それも佐伯さんが。

 

 とある休日の昼頃、突然佐伯さんが立ち上がった。

 

「お昼買ってくるけど、いる人~?」

 

 その声に研究室のほとんどの人間が挙手する。

 

その揚がった手の多さに皆忙しいのが見て取れる。

 

昼飯を調達にも行きたくないほど佳境に追い込まれているのだろう。

 

「僕も行くよ」

 

 俺が腰を浮かすよりも早く、市田サンが立ち上がる。

 

上着と財布を手に。

 

「や、いいよ、市田。私一人でもなんとかなるって」

 

 ……なんか慌ててる佐伯さん。

 

ぶんぶんと首を振る。

 

「いや、でも弁当10個以上はさすがに一人じゃ持てないだろ?」

 

「でも、でも、忙しいでしょ?」

 

「そんなこともないよ。それくらいなら気分転換になるし」

 

 そんなやりとりを研究室の皆はニヤニヤと眺めている。

 

(なんて趣味の悪い)

 

中腰のまま動けないでいる俺はどうしたらいいのでしょーか?

 

あ、佐伯さんがこっち見た。

 

「あ、糸屋くんいるんじゃん。ね、糸屋くんは暇だよね? そうだよね? 3年生だもんね? 私に付き合ってくれるよね?」

 

と、まるで息継ぎなしで早口のように一息でそれを言い、僕の腕を掴む。

 

 腕を捕まれ完全に立たされた俺は頷くしかない訳で。

 

「じゃ、そゆことで!」

 

「佐伯」

 

 佐伯さんは、市田さんの呼び掛けにも答えず俺の手を引いたまま研究室を飛び出す。

 

俺としてはつかの間の佐伯さんと二人きりの時間を過ごせた訳だけど(ってもほんの15分くらい)、それで良かったんだろうか?

 

「ごめんね? 無理矢理連れてきて。嫌じゃなかった?」

 

 研究室棟を出るなり、困ったような顔で佐伯さんがそういう。

 

「……いや、俺は構わないっすよ? むしろ、ちょっと得した」

 

「……え?」

 

「……なんでもないっす」

 

 捕まれたままの腕がじんわりと暖かい。

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