*53 バレる
午後6時半。
僕は荷物を抱えて佐伯の家の前に立っている。
それというのも、先日お邪魔した時に約束してしまったから、という。
正直、お邪魔したくなかったりする。
だからと言って破る訳にも行かず。
(佐伯曰く、僕が来るのを楽しみに待っているんだそうだ。ご両親が)
意を決してチャイムを鳴らす。
今日は手土産も持ってきた。
(佐伯父の好物だという餅入りドラ焼き)
……なんかもう、佐伯家のペースに巻き込まれてるような気がするんだが……これで、いいんだろうか?
しばらくして玄関が開く。
「いらっしゃい、市田」
顔を覗かせたのは佐伯だった。
「……これ、皆さんでって」
「うん。ありがと。上がって?」
佐伯に促され、二度目の佐伯家へ。
あぁ、なんか雰囲気が懐かしいと思ったら、柴崎君の家に似ているからか。
あっちのが騒がしいけど。
祖父母、両親、3人の姉の大所帯には勝てる訳もない。
「うふふふふ」
「……なんだよ。気持ち悪いな、それ」
含み笑いというのか(多分わざと)不思議な笑い方をする佐伯に突っ込む。
「気持ち悪いは酷くない? ……まぁ、いーか。今日のご飯は私が作ったんだよ~」
「……胃薬飲んだ方が良い?」
僕は今まで、佐伯が作ったものを食べたことはない。
「酷いな~。大丈夫だってば、多分」
「……その妙な笑顔が怖いんだけど」
大体、君はいつも食べる専門じゃないか。
僕の部屋に来たときも、ゼミ旅行でも料理をしたためしはない。
佐伯宅の居間に入ると、既に佐伯父も弟の明良君もそこにいた。
「やぁ、市田君。いらっしゃい。まぁ、座って」
と、佐伯父に隣のソファを薦められる。
ソファに腰を降ろすと、隣に座る明良君に話し掛けられる。
「やぁ、市田サン。胃薬はもう飲んだ?」
口調のフレンドリーさとは反対に、薄笑いを浮かべたその目つきが笑っていない。
背中を嫌な汗が伝う。
「明良までそーいうこと言う?」
台所の佐伯にも聞こえていたらしい。
佐伯を無視して、僕の耳に口を寄せてきた。
「昨日、姉貴泊めた?」
……バレてる。
「首筋。あれでバレないと思ったか?あれ、お前だろ」
迂闊だったか。
あれでバレない訳もない。
「……後で話がある」
彼が口許を歪めた。
明良君の冷ややかな視線に晒された針のむしろに座ったような夕食は何もなく終わった。
佐伯の作ったという料理は鍋だった。
果してこれを料理と呼んでいいのかは判らないが。
薦められるがままに風呂を借りて、濡れた髪を拭きながら2階に上がる。
階段を上り切る所で、2階のフロアに待ち構える明良君の姿が見えた。
これは逃げられそうにもなかった。
明良君に彼の部屋に入るよう無言で促される。
彼の部屋は佐伯の部屋とほぼ同じ間取りで、並ぶものだけが違った。
部屋の隅には電気工作なんかに使う道具が詰まれている。
「で?」
明良君が自分のベッドに腰掛けた。
僕は勝手が判らず立ったままだ。
「で? って言われても……」
「あんたなんだろ? ルミちゃんとこじゃなく」
頷く。
どうせもうバレてることだ。
「で、喰っちゃったって訳か? いや、でも初めてって訳でも……」
「想像に任せるよ」
そう答えた途端、枕が飛んできた。
どうやら気にくわなかったらしい。
「……あんた、姉貴のことどう思ってんの?」
「……好きだよ」
なんで僕は彼女の弟相手にこんな話をしてるんだろうか。
本人に、ではなく。
「……そーじゃなくて。この先どうしたいとか、なんかあんだろ?」
この先どうしたいのか。
今まで考えても答えの出なかったことだ。
将来どんな仕事に就くかもわからないし、何よりまだ進学して研究がしたい。
自分自身のことですら、先のことなんて皆目見当も付かないのだ。
佐伯のことだって、好きだという気持ちはあっても、付き合いたいだとか結婚したいだとかまで思ったことはない。
……自分以外の他の誰かと、という想像も付かないけれど。
少なくとも、自分について来いだとか、自分が支えてやるとか思ったことはない。
彼女には彼女が思うように生きる権利があるのだから。
「……付き合おうと思ったことはないよ。もちろん、遊びだと思ったこともないけれど」
思っていることをそのままに言う。
彼女側の人間にしたら相当面白くはないだろうけど。
「……なんだよ、それ? なんか、もうちょっとあるだろ、フツー」
……ごもっともです。
面白くないというよりも、呆れたという口調だった。
「……やっぱ、お前に姉貴は任せられねー。そんな自分に自信もねー奴に任せられるかよ」
僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。




