*52 直視
「……ん」
朝日が眩しい。
寝るときにカーテン閉め忘れたっけ?
目を擦りながら体を起こす。
手をついた先に自分のものではない髪の感触。
目を遣れば、その長い髪に顔を埋めるようにした佐伯の姿。
タオルケットから覗く肩。
何も纏わない肩が寒そうに見えて。
──ああ、そっか。
あのまま寝ちゃったんだっけ。
翻弄して、翻弄されて。
前後すら不覚になって迎えた朝。
これで何度目だろう?
だけど、悪い気はしない。
こんな幸福感に満たされることがあるなんて知らなかった。
もう知らない以前には戻れない。
意外と自分が貪欲なのも知った。
離れた側から空気中から酸素を得るように彼女を欲しいと思う。
結果、彼女を振り回して翻弄させてしまう。
そこまでさせてしまったという少しの罪悪感を感じながら、彼女の髪を撫でる。
ぐしゃぐしゃに乱れた髪を梳いてその顔をよく見えるように整えてやる。
首筋についた紅い跡が生々しく見えて思わずタオルケットで隠す。
でも、それが自分の醜い所有欲の表れのような気がして直視出来ない。
「……もう、朝?」
佐伯がもぞもぞと動き出した。
「起きた? 大丈夫?」
「……うん」
そう言いながらも上半身を起こそうとしている。
タオルケットがはだけてしまうのにも関わらず。
「佐伯、見えるから。飲むもの、いる?」
「うわ。……うん、ちょーだい」
慌てて胸元を隠す。
その間に僕は下着を付けデニムのパンツだけ履いて、階下へ薬を取りに行く。
「はい」
「ん。ありがと」
ミネラルウォーターのボトルを渡す。
喉を鳴らして飲む様を見つめていた。
以前にもこんなことがあったなと思いながら。
「今、何時?」
「もうすぐ10時になるところ」
「寝たの何時だっけ? 全然寝た気がしないんだけど」
「覚えてないよ、そんなの」
彼女が欠伸を噛み殺す。
僕だってあんまり寝たような気がしない。
でも、不思議と気分は悪くない。
佐伯の腰に腕を回し、抱き寄せる。
「……今日は積極的だね」
「うん」
その細い肩に顔を埋める。
こんなことしてていいのか?なんて頭の片隅で沸いてきて。
ベッドのすぐ下でチカチカ光る彼女の携帯もそろそろ無視は出来ない。
逢瀬は終わる。
「……もしもし? お母さん? ……うん、ごめん。ルミのとこに世話になってた」
連絡もなしに外泊したことを謝っているのだろう。
電話する佐伯を、身支度をしながら横目で見る。
まさか僕の所に泊まっていたなんて答えられないのは解ってるけど。
「夕方には来るんでしょ?」
「……うん。お伺いするよ」
今となってはその約束も気が重い。
だからといって反古には出来ない。
髪の毛に軽くワックスを付けて手櫛で整える。
大人ウケしやすいように前髪を上げた。
「普段からそうしてたらいいのに」
「やだ。面倒だし」
「なに、ソレ」
僕の受け答えがツボに入ったのか、クスクスと笑う。
そのまだ下ろしたままの髪に指を絡ませる。
「なぁに? 髪、やってくれるの?」
「やったことないし。もう少し触っていたい」
生憎、自分の髪で男の髪には慣れているが、女性のましてや長い髪なんて触ったこともない。
少しでも触っていたいと思うこの気持ちは何なのか?
サラサラと指の間をすり抜ける髪を弄びながら、彼女の様子を伺う。
携帯のメールをチェックしているのか。
何故か真剣な表情の横顔を眺める。
当たり前だけど、すっぴん。
彼女がぱたんと携帯を閉じた。
「やっぱ、今日の市田、変」
「うん。自分でも変だと思う」
自分でも解ってる。
いつもはこんな返事はしない。
でも、今はこんな気分なんだ。
少しは赦して欲しい。
「……いや?」
「……嫌じゃない」
佐伯の手が伸びてきて、僕の頬に触れる。
手の平の温かさを感じて、目を伏せた。




