*42 対峙
……なんでこんなことになったんだろう。
それもこれも申し出を断れなかった自分のせいか。
ポケット中で自宅の鍵がカチャリ、と鳴る。
佐伯家の前に降り立つ。
ここまで来たのは初めてだった。
この町に住んでいた高校時代には友人でも何でもなかったのだから。
それ程新しくも広くもない普通の一軒家。
おそらくは佐伯の年齢と同じくらいの築年数ではないだろうか。
「さ、どうぞ?」
佐伯に促されて玄関に足を踏み入れる。
途端、ここに来たのを後悔した。
佐伯の両親が出迎えてくれていた。
「そうなの。市田さんて、うちの娘とは高校の同級生で……」
「えぇ。うちの大学には他に高校が同じだった人がいなかったので。それで大学入学から仲良くさせて頂いてます」
佐伯家では僕たちの到着が遅かったにも関わらず、夕食が用意されていた。
その食事での出来事になる。
当たり前、というか、当然、というか。
佐伯の家族からの質問責めに遭っている。
主に母親からの。
佐伯はと言うと、始めのうちは口を挟んで回避させていたのだが、『あなたは黙ってなさい』との一言で黙らされてしまった。
現在は僕一人が矢面に立って根掘り葉掘り聞かれている状態だ。
なんとも居心地が悪い。
「市田君、飲まないか」
食事を終えた後、佐伯の父親に晩酌に誘われた。
居間のソファセットへ招かれ、ビールグラスを渡され、そこへ佐伯の父親がビールを注ぐ。
「いただきます」
ぐいっとグラスを煽る。
空になったそこへすかさずビールが注がれる。
「……妻がうるさくて悪かったね」
「……いえ。普段は一人なんで、たまにはいいですよ」
「……そう言ってもらえると助かるよ」
佐伯の母親は普段からよく喋る人なのか。
佐伯の父親の苦労が少し伺えた。
「……私はね、市田君が娘の友人で良かったと思っているよ」
「……え?」
普通、娘の仲の良い友人が男で、帰郷に伴って来たのもその友人のみというのは嫌なものではないのか。
「娘はあれでどこか抜けている。あれが一人暮らしをするというのはどこか心配だったんだ。でも、こうやって市田君が親しくしてくれているのを知って安心した」
佐伯の父親がビールグラスを空ける。
ビール瓶に手を伸ばし、注ぐ。
「私も少なからず市田君のお家の事は聞いている。でも、君はそれに甘んじて擦れてはいないし、身なりもきちんとしている。最近の若者のようにチャラチャラしていない」
……そんなこともない、と思う。
両親が亡くなったことは多少なりとも僕の人生に影を落としている。
ただ、それで自暴自棄にはならなかっただけのこと。
「そんな君が娘の友人でいてくれるのを安心した。こうして堂々と家に上がれるのも、何一つやましいことがないからだと思う」
それは買い被り過ぎだ。
でも、そんなことは言えない。
やましいことなんてないはずもない。
十二分にやましいです。
ハイ。
「娘は迷惑かけているだろう? あの通りわがままだからな」
「……ご想像におまかせします」
なんとも気まずい。
今まで彼女の家に挨拶に行った経験はないが、こんなものなのだろうか?
飲んでも、酔った気すらしない。
「市田サン、お風呂空きました。入るならどうぞ」
濡れた頭を拭きながら明良君が、居間の外から現れた。
「それではお先に……」
「あぁ。付き合って貰って悪かったね」
その場を辞した。
明良君が案内してくれるらしく、先に立って廊下に出る。
薄暗い廊下を連れ立って歩く。
終始、無言だった。
というより、何を話してよいものやらわからなかった。
途中、明良君が立ち止まる。
周りには壁だけで何もない。
「あんたさ、姉貴の何なの?」
明良君はこちらを振り返りもせずに話し出す。
二人切りになるのを狙っていたのだろうか?
「まさか、友達ってのがあんただとは思わなかったよ」
吐き捨てるように言う。
駅で会った時からなんとなく敵意を向けられているような気はしていた。
なんとなく、ではなく、意図的に向けていたようだった。
「……僕は佐伯にとってはただの……友達なんだと思う」
「じゃぁ、あんたにとっては違うってのかよ」
明良君が振り返る。
この暗がりでもわかるほどに紅潮している。
「あぁ。僕は佐伯が好きだよ」
答えた途端、胸倉を捕まれる。
身長はさほど変わらないが、体格が明らかに相手の方が大きい。
詰め寄られるとかなりの迫力がある。
「俺はあんたのことなんて認めねぇ。絶対に」
「……判断するのは佐伯だ。僕でも君でもない」
「……わかってるよ」
その言葉と共に手が離される。
それでもお互い顔を反らさずに対峙していた。
「……風呂は突き当たりだ。あんたの部屋は二階の一番奥、俺の隣の部屋だ」
「……わかった。ありがとう」
彼は無言で廊下を引き返し、二階へ上がっていく。
その後ろ姿をしばらく見つめていた。




