*41 故郷
特急が発車して間もなく、車内販売でコーヒーを買う。
「ミルクいる?」
「ミルクも砂糖もいらないよ」
「じゃミルクもらってもいい?」
「うん」
自分のコーヒーにミルクを二つ入れる。
どうも夜中にブラックコーヒーを飲むと胃が荒れる。
もう歳だろうか。
23歳にしてそんなことを思う。
隣の彼は文庫を片手にブラックコーヒーを啜っている。
……今回の帰省で彼には言えなかった事がある。
実は今回の帰省であたしのお見合いがセッティングされていた。
両親はあたしが大学院に進む事を快くは思っていない。
今は23歳だが、修士課程を終える頃には25歳。
その先の博士課程が終わる頃には28歳になっている。
それもストレートで行けば、の話だ。
両親はあたしの婚期が遅れてしまうのではないかと心配しているのだ。
はっきり言って余計なお世話なのだが。
あたしはまだ結婚する気など、毛頭ない。
まだまだ勉強(という名の遊び)に講じていたいし、これが結構性に合っている。
だが、今回は先方が望んでいることもあり、断り切れなかった。
誰と見合いするかも解らないが、相手は相当あたしを気に入ってくれているのだと言う。
それが市田には言えなかった事なのだ。
市田とは男女の仲だとは言えるが、別に将来を約束したわけでもなんでもない。
見合いの事を言っても何もない。
それどころか、笑顔で『おめでとう』なんて言い兼ねない。
だから、言えなかった。
そう言われるのが嫌だった。
彼には言われたくない。
そしてもう一つ心配が。
それは両親に市田のことを伝えていないのだ。
『友達と帰る』とは言ってあるが、市田を連れて帰るなんて一言も言っていない。
大体どう言えばいいのだ!?
彼氏とも言えず、友達と形容するしかなかった。
両親は駅まで迎えにでているだろう。
連れて帰った市田に対してどんな反応が返ってくるのかが怖い。
『次は終点○○駅~。御降りのお客様は……』
「佐伯。起きなよ。もう着くよ」
市田に揺り起こされる。
どうも考え事をしているうちに寝てしまっていたようだった。
涎を垂らしていなかったか気になって口元を拭う。
どっちにしろ、相当マヌケな顔を晒してしまっていたに違いない。
「大丈夫だよ」
起きぬけのあたしの様子を見て、市田が吹き出す。
「気持ち良さそうに寝ていた。前日は眠れなかった?」
「う~~ん。そうでもなかったつもりなんだけど」
「運動会前の小学生みたいだな」
やがて電車は駅のホームへ滑り込む。
降り立つホームの明かりだけが煌々と点っていた。
市田にバッグを降ろしてもらい、ホームに降り立つ。
すっかり秋になってしまった空気に身震いした。
駅にはあたしの弟が迎えに来ていた。
「姉貴」
あたしより頭一つは大きい弟。
市田とは反対にがっしりした体型だ。
歳は20歳。
名前は明良。
地元の高等専門学校に通っている。
「……そっちが友達?」
あたしの少し後ろに立っている市田に目を遣り(目が悪いせいか、睨みつけるように)、言う。
「……市田です」
市田はその目付きの悪さに怯みながらも名乗る。
「市田サン。母が今日は是非家に泊まっていってくれと言ってました。問題がなければ是非」
「それがいいよ。泊まって行ったら。何だったら帰省中ずっと」
「……いや、さすがにそれはちょっと……。じゃあ、今夜だけ」
遠慮しなくてもいいのにさ。
その返事を聞くや否や、明良はあたしのキャリーバッグを持ってあるきだす。
「あ、待ってよ」
その後をあたしと市田は付いて行く。
車の置いてある駐車場へ向かっているらしい。
母の乗用車を借りて来ていたようだ。
普段はバイクで通学しているのだ。
誰に決められた訳でもないが、あたしが助手席、市田が後部席に座る。
「なんか変わり、あった?」
「いや、別に。父さんが新しい枝切り鋏買ったのを使いたくて、切らなくていい枝を刈って庭木一本駄目にしたくらい」
「相変わらずだね」
「まぁな」
父上の天然ボケっぷりは健在らしい。
もう10分くらい走っただろうか。
見覚えのある景色が車窓を流れていく。
あの角を曲がればもうすぐ自宅だ。




