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*40 帰省

『秋休み、ヒマ?』

 


 そう切り出したのは確かにあたしだった。


『あたし、実家に帰ろうかと思うんだけど一緒に行かない?』


 何の気無しに切り出した一言。


何の気無しに、とはいうけれど何にも考えていなかった訳ではない。


考えていたのは市田を誘う、ということだけで。


彼の心の内なんて何も考えてなどいなかったのだ。

 


『いいよ』

 

 

 そう答えてくれた彼にどんな葛藤があったかなんてわからない。


あたしは家族の誰も失っていないから。


 あたしは凄く失礼な奴だ。


凄く馬鹿な奴だ。


こうして後で思い知る。


自分の思慮の浅薄さに。


 その事を知りながら、今だに彼に一言も言えないでいる。


なんて切り出したら良いのかさえ、わからないのだ。


その事に触れることにすら罪悪感を感じる。


 ……彼は馬鹿なあたしに嫌な顔もせずに付き合ってくれているのに。

 

 

 

  

 9月の秋休みの初日の前日。


夕方6時に駅の改札前で待ち合わせた。


 色々考え過ぎてしまって支度に戸惑ったあたしは、タクシーで駅に向かう。


多分、間に合うだろう。


間に合わなきゃ困る。


 キャリーバッグをガラガラと引き擦って改札に向かうと、既に彼はそこにいた。


 壁に寄り掛かり、黒のハンチングを目深に被って文庫らしい本を読んでいる。


羽織ったチェックのシャツの袖から伸びる腕が細くても長く筋肉質なのを物語っている。


一瞬見惚れて声も掛けられずにいた。


「……あれ? 来てたなら声掛けてくれたらいいのに」


 市田があたしの存在に気付き、顔を上げた。


今日はいつもは掛けない眼鏡を掛けている。


「やぁ」


「……ばんわ」


 慌てて家を出たから、眉は描き忘れていないだろう。


そんなくだらないことに心配になる。


「まだ来ないかと思ってた」


「いや、支度に手間取ってかなりやばかったけども」

 

「やっぱり?」


 予想通り、といった感じに彼がクスクスと笑う。


「……そんなに笑わなくても」


 少しムッとしながら言うと、


「ははっ、冗談。チケットと夕ごはんは買ってあるよ」


 抜かりない奴め。


彼はいつもこうして先回りしようとする。


……疲れないんだろうか。


「あと、10分くらいだな。電車に乗ってからディナーといきますか? お嬢様?」


 彼はあたしの手からキャリーバッグを取り上げると、代わりに駅の中にあるファーストフードのロゴの入った紙袋を押し付けてきた。


そして、さっさと歩きはじめる。


あたしは彼の背中を追い掛けた。


 彼が取ったチケットは指定席だった。


こういうところにも彼の抜かりなさが出てる。

 

「これ、棚に上げてもいい?」


「うん。お願い」


 端から見たらカップルにしか見えないんだろうな。


実はそんなことはないんだけど。

 

「窓際に座る?」


「通路側でいいよ」


「そぅ?」


 市田が窓際、あたしが通路側で落ち着いた。


前の席の背中に着いたテーブルを引き出し、紙袋の中身を取り出す。


チーズバーガー、フライドポテト、カップのサラダにメロンソーダ。


二人分とも同じ中身のようだった。


「面倒だから同じにした。コーヒーは車内でも飲めると思ってさ」


 ハンバーガーにコーヒーというのも微妙だ。


どうせなら炭酸物がいい。


さすがツボ押さえてるなあ、なんて変なところで感心したり。


 出発を告げる車内アナウンスが流れる。


私たちの故郷の駅までは約3時間半かかるとのこと。


これでも車に比べたら格段に早いのだ。


車だと5、6時間はかかってしまう。


5、6時間も二人でいたとして、何を話すのだろう。


まず、そんなことは有り得ないだろうな、なんて自嘲する。


 今の最大の問題は3時間半をどうやってやり過ごすか、だったりする。

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