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*36 酩酊

 夕食後、既に9時になる。


何名かを残して、銘々に部屋に戻って行った。


はしゃぎ疲れたのか、酒に酔ったのか。


「僕もそろそろ失礼するよ」


 蓮見先生もついさっき部屋に戻って行った。


今ここには僕と佐伯しかいなかった。


「……そんなに飲んで大丈夫?」


 佐伯が手酌で酒を飲む。


それハイボールだから口当たりはいいけど、酔いが回るよ?


「いいの。市田がいるから」


 ……どういう意味?って言いたい所だけど言えない。


仕方なく酒を付き合う。


「ねぇ、市田」


「うん?」


「あたしのこと、好き?」


 一瞬、考える。


何故、今それを尋くのか。

 

「……なんで?」


「いいのっ。あたしのこと好き?」


「……好きだよ?」


「じゃあ、キスして」


「……佐伯。飲みすぎ。送るから部屋に戻ろう?」


 飲み過ぎた上での言動だと判断して、部屋に戻るよう促す。


しかし、彼女はそれを嫌がった。


「だって、酔っ払った勢いでもないとこんなこと言えない」


 そんなことを言って、立ち上がった僕のシャツの袖を掴む。


酒で潤んだ瞳。


紅く染まった肌。


それで上目遣いは反則だ。


そして更に追い打ち。


「ね、キスして」


 抗える訳もなかった。

 

 

 

 酔っ払いの彼女を同室の森田さんに托す。


「あんた、何もしなかったでしょ~ね~?」


 ニヤニヤ笑いながら森田さんが聞く。


……むしろ、何かあった方が彼女にとっては都合が良いに違いない。


「……えぇ、佐伯に迫られました」


「あんたじゃなくって?」


「僕は酔っ払いに何かする趣味はありませんから」


 僕が(・・)何かした訳ではない。


僕が何かされたのだ。


嘘は言ってない。


彼女には明日、森田さんの追及を上手くかわしてもらおう。


「……あんたも言うね」


「……何がですか?」


 森田さんの追及ににっこり笑顔で返す。


「それじゃ、佐伯はお願いします。では、おやすみなさい」


 笑顔のまま、ドアを閉めてやった。

 

 

 

 佐伯と森田さんの部屋を後にして、同じ階の自分の部屋に戻る。


この階は随分静かだが、階下はまだ何かやっているらしく人の声なんかが漏れ聞こえている。


 ドアに鍵を挿そうとしたが、鍵は開いていた。


無用心だなぁ。


「あ、市田さん」


 2つあるベッドのうちの一つに腰掛けた糸屋君が気付き、声を掛けてくる。


下はスウェット、上は裸で頭をタオルでがしがしと拭いている。


風呂上がりのようだ。


 僕もシャワーを浴びようと思い、バッグから風呂道具を探す。


「まだ飲んでたんですか? ……佐伯さんと?」

 

「うん。付き合わさせられてた。糸屋君は?」


 あまり深くは追及されたくない。


「俺はさっきまで樋田さん達のとこでした。あの人達は何なんですか!? あの酒の量はおかしいです。浴びるように飲んでて、正気だなんて」


 酒に強いと言っても、樋田さんを含めほんの数人だけのはずだ。


その他の人達はそんなに強くはない。


「……いつもあんな感じだよ。気にしない方がいい」


 階下で起きている阿鼻叫喚な地獄絵図を頭に浮かべながら言う。


僕も決して酒に弱い方ではないが、あの仲間に加わりたいとは思わない。


出来ればご遠慮したい。

 

「糸屋君、よく逃げて来られたね」


 春の親睦会を思い出した。


あの時は、自分が歓迎される側だったので逃げるに逃げられなかった。


糸屋君は一体どうやって逃げて来たのだろう。


「トイレに行くフリして逃げて来ました。付き合い切れないですよ、アレ」


 糸屋君の言い方に思わず口元が緩む。


「そっか。いいな、それ。今度からその手を使おう」


「市田さんはお酒強いからまだいいじゃないですか。さっきだってウイスキー飲んでたんでしょ?」


「でも、さすがにあのペースで呑んだら潰れるさ」


 そう答えて風呂道具を手に、バスルームに入った。

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