*35 防御壁
ペンションでの夕食は屋外での焼肉だった。
手持ち無沙汰だった僕は手伝いに名乗りを挙げ、支度を手伝っている。
「市田君、これも運んでもらえる?」
ペンションの主人であり蓮見先生の弟さんでもある友尚さんを手伝い、バーベキューセットを運ぶ。
女子の数名は友尚さんの奥さんの方を手伝っているらしい。
「あ~~~っ」
糸屋が叫びながらウッドデッキから飛び降りて来る。
何も叫ばなくても。
「また勝手に点数稼ぎしてる! 市田さんだけ誉められようなんて!」
……いや、そんなつもり全くないから。
全ては僕の性格です。
友尚さんも顔を真っ赤にして主張する糸屋君に苦笑いする。
糸屋には倉庫から木炭を運ぶのをお願いした。
「彼は真っ直ぐと言うか、馬鹿がつくほど正直というか……」
彼の姿が見えなくなったところで、友尚さんが言う。
「えぇ、真っ直ぐすぎて困っています。彼は障害物は避けずにぶち壊して乗り越えるタイプでしょうね」
「君とは正反対だ」
「そうでしょうね」
そう正反対だ。
僕には彼のように感情をあらわにしたり、包み隠さずなんて出来ない。
22年の人生の間にそういったものを隠す、というある意味の防御壁が出来てしまっている。
それだけに彼の行動言動が眩しく思える。
「君だってそうできるじゃないっスか」
なんでもないことのように友尚さんが言った。
「大学なんてモラトリアムなんです。大学生なんて子供でいいんですよ。無理に大人になんてならなくたっていい」
いつもヘラヘラした友尚さんとは思えない言葉。
「私なんてそれをそのままに生きてますよ。兄はああいう人ですが、私にはああいう風に会社勤めなんて勤まらない。出来るのは絵を描くだけ。だからこうやって煩わしいことから離れてペンションのオーナーなんてやって好きなことをしている」
その言葉には深みがあった。
きっと紆余曲折があったのだ。
僕には計り知れないような。
楽そうに見えて決して楽ではないのだ。
どんな風に生きようとも。
「私みたいな生き方も出来ますが、それは認められるまでは人から後ろ指刺されるものです。誰もがそうなれるとは限らない。なれなかったとしてもいずれは大人にならなくちゃいけない。ならなきゃならなくなった所でなればいいんですよ。そうなるのは迫られた時でいい」
「……そうですね」
だが、実際に実行するのは難しいだろう。
今からそうなれ、と言われても僕には出来そうもない。
この防御壁はちょっとやそっとじゃ壊せそうにない。
「さ、早く火をおこしましょう。欠食児童達が反乱を起こす前に」
丁度、糸屋君が木炭の箱を抱えて来た所だった。
6時頃始まった夕食は概ね皆に好評だった。
炭をおこして、というのがいい。
あらかた食べた後、樋田さんたちがデザートと称して、とうもろこしやりんごなんかをアルミホイルで包み、焼いている。
ご相伴にあずかったチーズを炙ったものは確かに旨かった。
側にいると際限なく勧められるので、少し離れた蓮見先生の側に座る。
「あぁ、市田君か。飲むかい?」
ウィスキーを炭酸で割ったものを注いで貰う。
「あっちはいいのかい?」
「あれ以上側にいると、際限なく食べさせられます」
「ははっ。違いない」
紙コップのお酒をちびりちびりと飲みながら、樋田さんたちが騒いでる様子を眺めた。
「せんせー、焼けたよ~」
そう言って、大事そうに焼きとうもろこしを持ってきたのは佐伯。
食べやすいように切ってある。
「あれ、市田だ。こっちにいたの?」
辺りは既に暗く、僕の事は認識していなかったらしい。
「あたしも貰おっと」
僕の隣に座り、自分で紙コップにお酒を注ぐ。
「……そういえば」
焼きとうもろこしを片手に、思い出したように蓮見先生が言う。
「今月末、大学院の入試だけど君ら大丈夫?」
今まで忘れてたのか。
忙しい人だしな。
「僕はなんとか」
「うげっ」
「なんだ、そのうげっは……」
「……まさか、忘れてたとか」
「今だけちょっと忘れてた。英語以外は多分、大丈夫」
彼女は英語が壊滅的に良くない。
その他は文句ないほどなのに。
高校の頃から英語だけはダメだったのを知っている。
しかし、大学になるとそうも言ってられない。
論文なんかで英語を使う機会はたくさんあるのだ。
「困ったら教えてあげるから解らなくなるまで放っておくなよ」
「市田ぁ」
佐伯はお願いのポーズで僕を見上げる。
その上目遣いはちょっとくる。
そんな僕らの様子を見て、蓮見先生が笑う。
「君らには受かって貰いたいからな? 解らなくなったら僕のとこに来ればいいよ」
僕と佐伯は黙って頷いた。




