*32 道中
「樋田さんの下の名前って恵だったんだね」
佐伯がそう言った。
ゼミ旅行初日。
大学の駐車場に集まり、それぞれ割り振られた車に乗り込んで出発した。
何故か僕は佐伯、樋田さんと共に糸屋君の運転するスポーツカー(糸屋君のお兄さんの車だそうだ)へ。
何故って、車持ってないからなんだけど。
幸先不安なメンバーだ。
その車中で出たのが先の佐伯の一言。
「あれ? 知らなかった? そーなんだよ、可愛いー名前でしょ?」
「あー…、うん。可愛いね」
樋田さんは見た目に女の人とは勘違いしない程度に男らしい。
(黒髪短髪、そこそこ長身、ややがっちりめの体格など)
「市田さんは歩って書いてあゆみですよね?」
ステアリングを握る糸屋君が言う。
……僕に振るか。
彼は僕が弓道をやっていた頃の自称好敵手(と書いてライバルと読む訳はない)。
元々僕の名前は知っていたはずだ。
「そーそー。俺なんて、市田が研究室に入る時の名簿見て、女の子が二人も入る!?と思ってたら、思いっきり男でさー」
「あたしもー。高校の時の友達から聞いてびっくりした~」
「……悪かったね。思いっ切り、男で」
中学・高校の頃の仲間内のあだ名が『と金』やら『歩』だったことは黙っておこう。
絶対に馬鹿にされる。
「歩も恵も男性にはなかなかいない名前だよね?」
「そうだな」
「大抵、女性だな」
名前が女性っぽい事でからかわれた経験は樋田さんも持っているだろう。
だからって、改名したいとも思わないが。
「俺なんて、四男で『幸一』ですからね? 何度馬鹿にされたか」
「3人もお兄さんいるの!?」
「いますよ~。ちなみに上から亮、健司、将徳です。関連性ないっしょ?」
「うわ、関連性が見えねェ」
車に乗り合わせる前に不安に思っていた程、気まずくはなかった。
ムードメーカーである樋田さんと話の振りが上手い佐伯のお陰だろう。
自慢じゃないが僕は話が上手くはない。
途中サービスエリアに寄って休憩を取った。
車中、煙草が吸えなかった為、樋田さんと喫煙所に向かうと先客がいた。
「やぁ」
「あれ、蓮見先生は吸わないんじゃ?」
長い髪をポニーテールのように結わえ、片手に缶コーヒーを手にした蓮見先生が、僕らを確認して笑う。
「いや、女性ばかりだと気を使うからね。逃げてきたんだ」
蓮見先生の運転するセダンには助手の保田さん、留学生の李さん、そして森田さんが乗っている。
「両手に花、どころかハーレムじゃないっすか」
「そんないいものじゃないよ」
ちなみに蓮見先生は独身だ。
しかし、女性ばかりに囲まれるのは落ち着かないだろう。
「さて、そろそろ僕は行くよ。現地でね」
空になった缶コーヒーをゴミ箱に捨てて、蓮見先生は立ち去った。
「……なんか、大変そうですね」
「……あぁ、うん。あっちには森田もいるしな」
「そうでしたね。森田さんがね……」
先生の身を少しばかり案じた。
再び、車に乗り込み目的地を目指す。
道中、特に何も変わったことはなくサービスエリアで買い込んだお菓子を食べたり、誰かが話を振ったりして和気あいあいと過ごした。
僕も割合喋った方だと思う。
佐伯や樋田さんの話を聞いていた方が多かったけど。
そして正午を回って13時頃、宿泊先に着く。
先頭を走っていた蓮見先生の車が止まったのは、森に囲まれた白いしっくいで塗られた建物の目の前だった。
なるほど、『白樺』の名の通りイメージされた建物なのだろう。
白い壁に黒い柱がドイツあたりをイメージさせる。
「う~ん。お腹すいたぁ」
そう言って伸びをする佐伯。
「車の中で散々食べてなかったっけ?」
「あれはお菓子だから」
佐伯に睨まれる。
不意にペンションのドアが開いて、大きな白い犬が飛び出す。
ピレネー犬だと思われるその犬は一目散に蓮見先生に向かって行き、………………先生を押し倒した。
「こら、やめなさい。メープル」
犬が飛び出した戸口から顔を見せたのは、蓮見先生にそっくりな男性だった。




