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*29 市田と藤原

 法律事務所でのアルバイトを終えて、自宅に戻って寛いでいた時に電話が鳴る。


藤原君からだ。


珍しい。


「はい?」


「……藤原です」


「うん。珍しいね、電話なんて」


 本当に珍しい事だ。


前に彼から電話を貰ったのはいつだっただろう。


 洗ったばかりの髪から雫が落ちてくる。


「……あ~、うん。それが、その……」


 彼が口ごもる。


一体、どうしたのか?


「どうか……、した?」


「……あ~、佐伯のことなんだが」


「佐伯?」


 ──彼女に何かあったというのか?


 夕方の彼女を思い出す。


そういえば、あのときの彼女はどこかおかしかった。


何かを言いたげにして。

 

「……佐伯が酔い潰れた」


「…………君の店で?」


 つまりは迎えに来て欲しい、ということだろう。


酔い潰れている、というのは予想外だった。


「……そうなんだ。頼めるか?」


「……あぁ、いいよ。これから出るから1時間は掛かると思う」


「……頼む」


 藤原君の店は隣の市になる。


電車だと乗り換えがあるから、どうしても1時間近くかかってしまう。


 まだ水が滴っている髪を大雑把にタオルで拭き、手櫛で整える。


ジャケットを羽織り、財布の中身を確かめた。


この時間じゃ、帰りはタクシーになるだろう。


酔っ払いを連れて帰らなきゃならないのだから。

 

「……全く、何やってんだか」


 必要最低限の物を手に、家を出た。

 

 

 

 まるで花火のようなネオン。


首が痛くなりそうなビル街。


普段だったら絶対に、こんな時間にこんな場所へは来ない。


「おにいさん、寄って行かない?」


 きらびやかなドレスを纏ったお姉さんに声を掛けられる。


それを片手を挙げて会釈して通り過ぎる。


さっきから何人目だろうか。


生憎、そんな趣味はない。


何度か連れられて行ったことはあるが。


 華やかな通りをすり抜けて、目当てのビルを見付ける。


そこだけ繁華街の喧噪は関係がないかのように鎮まっていた。

 

『Cafe & Bar La noche(ラ・ノーチェ)


 確か、スペイン語で『夜』という意味だったか。


 看板を確かめて、重々しい木目のドアを開ける。


ドアに付けられたベルが、風鈴のような音を立てる。


「……市田」


 カウンターの中の藤原君が気付き、顔を上げる。


その向かいには、カウンターに伏せている佐伯。


顔は下ろしている髪にすっかり埋もれてしまっている。


肩には男物のジャケットが掛けてある。


きっと、藤原君のものだろう。


「……悪かった。呼び出して」


「いや、仕方ないさ」


 藤原君に手伝ってもらって、彼女を背負う。


その後で彼女のバッグを手に持った。

 

 背負った彼女は軽かった。


それもそうか。


僕の体重の3分の2くらいの重さしかないんだろうから。


「……何で帰るんだ?」


「タクシー拾うよ。これで電車に乗るわけにいかないでしょ」


「……そっか。悪いな」


「いや、悪いのは酔っ払った佐伯だから」


 手が使えないので、藤原君にドアを開けてもらって店を出る。


「……佐伯がさ」


 店を出てエレベーターを待つ間に彼が口を開く。


「……自信がないって言ってた」


「……自信?」


「……自信が持てないって」


 何に、とは彼は言わなかった。


夕方様子がおかしかったのはそれが原因なのか。

 

「……ふぅん。そうか」


「……佐伯を頼むな?」


 思わず藤原君の顔を見上げる。


佐伯を見る目が優しかった。


彼は優しい人だから。


彼は佐伯の頭をポンポンと撫でると、一歩離れた。


「……気をつけて」


「……あぁ、うん」




 ビルを出てすぐにタクシーを拾う。


「どちらまで?」


 佐伯の部屋の住所を告げる。


タクシーの運転手が嬉しそうな顔をした。


このご時世だ。


長距離の客は珍しいのだろう。


 まだ眠る佐伯に膝を貸して、僕は外を眺めていた。

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