*28 自信の喪失
繁華街の雑居ビル。
華やかな飲み屋街の中に藤原君の店はあった。
藤原璋吾君。
中学の頃に仲良くなった朝倉君の友達で、高校を出てからはお祖父さんの遺したカフェ&バーを経営してる。
たまに行くけど、飲んで騒ぐような店ではなく、始終ジャズやクラシックなんかがかかった雰囲気のいい店だ。
流行っているかどうかはわからない。
たまにしか他のお客さんに会わないから。
藤原君曰く、お祖父さんの代からの常連さんが多いのだそうだ。
藤原君が寡黙だから、一人で行っても居心地が悪いとは感じたことはない。
むしろ、居心地の良い隠れ家的なお店だ。
『Cafe & Bar La noche』
そう描かれた看板にはまだ明かりは灯っていない。
ドアのガラスから漏れる光に人がいることを示す。
まだ、準備中だろうか。
ドアを引いた。
カラン
ドアのベルが澄んだ音をたてた。
「……なんだ、佐伯か」
奥に置いてあるビリヤード台を磨いていた手を止め藤原君が振り返る。
ギャルソンなんだか、バーテンなんだかわからない黒服を身につけている。
変にガタイがいいせいか、なんか用心棒みたいだ。
そのくせ本人は真面目な性格なんだから、その容姿は損だろう。
「や! お邪魔してもいい?」
「……今日はどうかした?」
カウンターに着いた私に、私の好きなお酒を作って出してくれる。
琥珀色の炭酸に薄く切ったレモンが涼しげに浮かぶ。
「どうかしたって、何が?」
「……こんな時間に来た、から」
藤原君も同じものを作って飲む。
「……また市田となんかあった?」
「……ないよ。むしろ、何もない」
──なんでわかるかなぁ。
つくづく私の回りは勘の鋭い人が多い。
「……そうか。何もないのが原因か」
「……うわ。なんでよ」
「……なんとなく」
私の一言に対して、彼は首を傾げて答える。
見た目はごつくて怖い感じなのに、どうして仕草は可愛いのか。
「……佐伯はわかりやすいから」
「わかりやすい、かなぁ?」
「……ん。俺でも解るくらいには」
「そっか」
きっと彼は私が話掛けているから、話に付き合ってくれてる。
いつも無口な彼がこれだけ話すのは珍しいのだ。
彼は優しいから。
「……市田も満更ではなさそうだった」
「え? ……あぁ」
何の時?と聞き返そうとして、あの飲み会の時だと気付く。
私が皆の目の前でキスしたときのことだった。
「……市田が好き?」
「……うん。多分」
自信を持ってなんて言えない。
ほんとに両思いになったことすら、夢だったみたいだ。
「……自信、ない?」
「……ないなぁ。自信なんて」
胸を張って言えたら楽なんだけど。
そうしたら、いつもの私に戻れるだろうか?
こんな変に女の子してる私は、いつもの私じゃない。
「……そっか。そこまで自信のない佐伯は珍しいな」
「……ん」
藤原君が新しくお酒を作ってくれる。
もう何杯目だろうか。
「……佐伯。早く元気になれ」
そう言って頭を撫でる大きな手の平に、あまり感情の読み取れない声に癒される。
彼としては、単純に言葉に詰まった時なんかの行動なんだろうけど。
「……ん。頑張る」
「……適度に、な」
佐伯が寝てしまった。
カウンターに突っ伏すようにして。
グラスを倒さないように彼女から離す。
一体、彼女は何杯飲んだのだろう。
いつもは一人で来ても楽しむ程度にしか、飲まないのに。
「……ん」
彼は腕時計を見た。
時刻は11時30分。
まだ店を閉める時間ではないから、送って行く訳にもいかない。
店が終わる時間まで寝かせておいても良いが、その頃にはとっくに終電が出た後だ。
溜息をひとつつく。
とくに意味はない。
パンツのポケットから携帯を取り出すと、どこかへ電話をした。
彼女の自宅を知っている唯一の人物に。




