*24 焦燥
「俺、狙ってもいいですよね?」
足元が掬われるような感覚。
目の前が暗くなり、周りの音が遠くなる。
まるで貧血で倒れる前兆のような。
「市田さん」
弓道部の部員らしい女性から声を掛けられた。
あぁ、自分の番か。
今が何射目なのかもわからない。
なんとか矢を番える。
的を狙うが、ちゃんと狙えているかどうかも怪しい。
やばい。
ちゃんとしなくちゃ。
矢が離れる。
弦音が鈍い。
会(注1)が短かった。
「中たり!」
なんとか的には中たったようだ。
が、これではまずい。
かろうじて的に留まっているに過ぎない。
何、動揺してるんだ、俺。
糸屋君が弓を構えているのが見えた。
でも、そんなことはどうでもいい。
──俺どうして動揺している?
糸屋君のあの一言だけで?
どう考えたって僕を動揺させたいが為の発言じゃないか。
どうして馬鹿正直に動揺する!?
「外した!?」
糸屋君の矢が的を外れ、的よりもやや上の安土(注2)に突き刺さる。
力み過ぎか。
ここ一番っていう時によくやらかす。
これで僕が的中することが出来れば、僕の勝ちだっていうのは解っていた。
自信は全くない。
集中が出来ていない。
勝つ自信がない。
平静を欠いた心境のまま、矢を番う。
出来るか!?
矢を的まで運べるのか!?
──否。
カランッ
弦音は鳴らず、矢は弓道場の床に。
失矢(注3)だ。
まさか、のミスである。
頭の中が真っ白になる。
今までにあまりこんなミスはしたことがない。
「っ休憩!」
叫んだのは森田さんか?
視界の端で、糸屋君がほっとしたような顔をしているのが見えた。
「お前、大丈夫か?」
樋田さんに肩を掴まれる。
「糸屋になんか言われたのか?」
森田さんに弓を預け、佐伯からスポーツドリンクを受け取る。
「……いえ」
言える訳がない。
あんな一言で動揺しているだなんて。
「市田」
タオルを片手にした佐伯がいた。
「市田は勝ちたいの?」
「……いや」
糸屋君程勝ちたいと思っている訳ではない。
「じゃぁ、いいじゃん。後悔しなきゃ」
「……え?」
「後悔しないようにやんなよ。例え結果がどうあれ、気の済むようにやったらいい」
「……後悔、か」
「そ。要はあんたがすっきり出来ればいいんだ」
気が済めばいい、か。
確かに今のままでは、すっきりしそうにもない。
結果なんて後からついてくるもの。
過程がどうであるか、なのだ。
「……そっか。そうだな」
糸屋君が彼女を「狙う」と言っても、なびくかどうかは別の話。
そんなことを後悔するくらいなら、今回は精一杯やったほうがいい。
「そうなんです。それとも、勝ったらご褒美がある方が良かった?」
佐伯が挑発するような上目遣いで言う。
こいつ、人の事からかってやがる。
「ふうん。くれるの? ご褒美」
乗ってやろうじゃないか。
「あ、え、欲しいの? ご褒美?」
「うん。何くれるのか知らないけど」
「じゃ、俺のブロマイドなんて……」
「「いりません」」
悪ノリしたお祭り男、もとい、樋田さんを一蹴する。
「……なんか、考えておいて」
「うん、わかった」
他愛のない会話で落ち着くなんて、安いなぁと思う。
でも、いいか。
居心地いいし。
ふと、糸屋君の方を見ると、彼は弓道部の部員の女性に囲まれていた。
なんだか居心地悪そうだ。
あんなこと言った割には硬派なんだろうか?
何はともあれ、緊張は解けているに違いない。
「糸屋君に市田君」
よく通る声で森田さんが呼ぶ。
「そろそろ再開しても良い?」
糸屋君と顔を見合わせて、弓を片手に立ち上がる。
「市田、いってらっしゃい」
佐伯の声に口元だけで笑いながら振り返って見せた。
(注1)弓を引き、離れるまでのこと。数秒間保つのが理想。
(注2)的を置くために土を盛って土手のように積んだ場所。
(注3)一度弦に番えた矢が、放つ前に弦から離れて落ちる事。一度落ちた矢はやり直し出来ず外した事になる。




