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*23 攻防戦

 弓道場の中が静かになる。


始めると予告した訳ではないのに。


始めは場所をちょっと借りるだけのつもりだった。


いつの間にか、注目されていたようだ。


こんな大事にするつもりはなかったんだけどな。


 ふと、佐伯と目が合う。


何か言いたげな表情。


軽く頷いて見せる。


 そんなつもりはないが、軽く緊張してるのかもしれない。


「市田」


 糸屋君に呼ばれる。


呼び捨てがちょっと気になる。


「そろそろ始める?」


「うん」


 二人並んで的前に立つ。


 糸屋君は自分から勝負を仕掛けてくる辺り、腕前には相当自信あるのだろうと思っていた。


今日、初めて彼の試射を見て彼の腕前が相当なのを確信した。


言うだけのことはある。

 

 彼の射は荒々しく、美しい。


それは僕にはないものだろう。


その荒々しさは彼の性格から来るものなのか。


僕より頭一つ分は低い彼の体躯を見て、そんなことを思う。


熱しやすく、一途。


それも、僕にはないものだ。


「それじゃ、」


 糸屋君に声を掛けて、手順通りに肌脱ぎ(注1)を始める。


昇段審査なんかの時にはよくやるが、こんな大勢の女性の観衆の前でやるのはどうもやりづらい。


(どうもここの弓道部は女性が多い)


こんなことをしろと言った森田さんが恨めしい。


何がサービスだ。

 

「へぇ。あいつって細身の割には意外と筋肉ついてんのな」


「あ、うん」


「……意外と驚かねぇのな? 実は見たことあったとか?」


「え゛っ……」


 そんなやりとりが後方であったことも市田と糸屋の二人は知らない。

 

 

 

 競技方法は射詰(いづ)め。


一つの的を順に射って、外した者を除外していく方法だ。


本当なら大会での順位決定なんかのときにする方法。


今回は二人だけで、しかも大会でもないのでこの方法にした。


 糸屋君が先攻、僕が後攻だ。


糸屋君が的前に入る。


カァン


甲高い弦音に弾き出された弓が、的を目指す。


的中。


離れた後も姿勢は美しい。


次は自分の番だ。

 

 手順に則って的前に入る。


 程よい緊張感が心地好い。


最近ではあまり感じない類の緊張だ。


糸屋君には感謝しないといけないな。


 矢を番える。


意外とリラックスしている自分に気付き、心の中で苦笑する。


よくもまあ、色々なことが考えられる余裕があるものだ。


 弦を引く。


ゆっくりと丁寧に。


呼吸を合わせながら。


彼女は心配そうにしているんだろうか。


 そして、矢を放つ。


いや、離れた、と言った方が正しいのか。


 カァンという澄んだ音を響かせて、矢は的へと向かう。


中たる。


そんな予感がした。

 

「中たり!」


 弓道部の部員らしい声が響く。


――危ない。


矢が離れる辺りからぼうっとしていた。


気を引き締めなければ。


でも、気持ちは良かった。


久々の緊張感に、矢を放つ感覚。


中々普段味わえるものではない。


弓道ならでは、だ。


 自分の4射目が終わった後、糸屋君が寄って来る。


途中、休憩を取る予定だったから特別おかしいとは感じなかった。


「どうかした?」


「ちょっと、いいですか?」


「うん」


 ちら、と佐伯の方に目を遣る。


樋田さんと森田さんと談笑しているようだった。


「あの人、佐伯さん、でしたっけ?」


「あぁ、うん」


 糸屋君が、声を潜めていたのが気になった。

 

「あの人、綺麗ですよね。彼氏とかいるんですかね」


「いや、いるとは聞いてないけど」


「そっか。俺、狙ってみようかな」


 ……まさか。


糸屋君がそう言い出すとは思っても見なかった。


「彼女のどこが?」


「この間、初めて話したばっかりなんでまだよく解らないですけど。美人だし、スタイルもいいし。彼氏いないってのが不思議なくらいですよ」


 足元が掬われるような気がした。

(注1)左袖を弦で払わないために、左袖を脱いで片肌を出すこと。女性はたすきをかける。

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