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20/73

*20 複雑な

 糸屋からの宣戦布告を受けた次の土曜の朝、7時頃家を出た。


少し早めに行って練習したかったからだ。


時々、市民弓道場に通ってるとはいえ、腕が鈍ってしまっているかもしれない。


 正直、何故糸屋の申し出を受けてしまったのだろう。


面倒なことは出来れば避けていたいのに。


彼女がそこにいたからかもな、と思う。


 彼女が僕のことを知らなさすぎることがショックだった。


知らないことが悪いことばかりではないけど。


不安そうな彼女の顔をみてるうちになんとなく引き受けてしまっていた。


 カッコつけだなぁ、と自嘲する。

 

 でも、少し楽しみであったりもする。


練習しているとはいえ、部活に所属している訳ではないからあくまで自主練習。


試合形式なんて久し振りだ。


自分の腕がどこまで通用するのか。


糸屋には悪いけど、試させてもらいたい。

 



 電車に乗るために駅構内へ足を踏み入れる。


瞬間、外よりも若干冷たい風が吹き付けて来る。


 改札の側に彼女の姿があった。


「おはよ」


「……おはよう」


 ぎこちなく朝の挨拶を交わす。


二人きりでの会話は、友人達との集まりの一件以来になるだろう。


もう一月も前の話になるのだが。


「ほんとに来るか?」


「だって、市田が来るって言ったじゃん」

 

「……来ないだろうと思ってた」


「市田が行くって言ったら行くじゃん。嘘は吐かないでしょ?」


「そうでなくて」


 唇を尖らせて言い返す彼女に、つい溜息が出る。


人の気も知らないで。


「佐伯、ずっと俺のこと避けてただろ? だから、来ないと思ってた」


 定期入れを片手に改札を通り抜けながら言う。


「だって」


 佐伯も後を追うように改札を抜ける。


「だって?」


「……皆、見に行くって言ってたし。……少しは心配だし」


 佐伯の声が段々と小さくなる。


「ふぅん? それだけ?」


「それだけだよっ」


「……だったら別に、俺に付き合ってこんな早朝に行かなくてもいいと思うけど」

 

 そう言って振り返る。


僕より2メートルほど後ろに彼女が立っていた。


その顔は俯いていて表情は伺えないが、耳まで赤く染まっている。


「……い、いじわるっ」

 

「今更。いじわるだよ、俺は(・・)


 再び、自分が乗る予定のホームへと向かう。


小走りな足音で彼女が付いてきてるのを確認した。

 



 ホームで電車を待つ間も彼女は一定の距離を保っていた。


珍しく殊勝な彼女の姿に、僕の些細な加虐心が顔を覗かせる。


「あのさ」


 僕の発する言葉に、彼女の肩がビクッと跳ねる。


「な、なに?」

 

俺は(・・)自惚れてもいい?」


 加虐心が言わせた言葉は、丁度良く滑り込んできた電車の音に半ば掻き消されてしまう。

 

 どうせ答えは求めていない。


 返事を待たずに電車に乗り込む。


一瞬、呆然としていた彼女も遅れて乗り込んだ。

 

「……ね、さっき何て言ったの?」


「……さぁ?」


 ──いじわる、だなぁ。


 口元だけで笑う。


彼女にとってはこれも充分意地悪なんだろうなと思いながら。


 彼女をからかうのは楽しい。


根が素直なのか、予想通りの反応が返ってくるから。


時々、突拍子もない答えが出ることもあるが。


普段、大人ぶってるところがあるせいかそれを崩すのが面白い。


「……だから、いじわるなのか」


 思わず口にしていた。


彼女は僕を訝しげに見上げてきた。

 

「なに?」


「いや、なんでもない」


 真っ直ぐに僕を見上げる彼女に目を向ける。


ささやかな虐めで僕がほんの少しの幸せを感じてるなんて、思ってもいないだろう。


本人は至って真剣なのだから。


そんな醜い感情を彼女へ向けているだなんて、気付かれたくはない。


「……ま、つまらないだろうけど、皆が来るまで付き合ってよ」


 そう言って悟られないように誤摩化す。


「……ん」


 返事をした君のほっとしたような顔に、薄く笑って見せる。


 ささやかな罪悪感。


 ──ごめん。


 俺は君が思うほど、良い奴ではないよ。


 そんなこと思いながら弓道場へ向かう。

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