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*21 ひと時

カァンッ パシュッ


 清廉な空気の弓道場の中で、弓の音が響く。


私が緊張する必要はないのに、自然と背筋が伸びる。


 土曜日の朝の早めの時間に弓道場を利用する人は少ないらしく、貸し切り状態だった。


 市田に駅で会った時にやけに荷物が多いと思っていたが、それは弓道着や装備の類いだったらしい。


彼は今、弓道着に着替えて弓を構えている。


「ね?」


「何?」


 小休止なのか、弓を置いた彼にお茶のペットボトルを渡す。


市田はお茶を受けとって、私の横に腰を下ろした。


いつもと違って邪魔なのか、前髪を輪ゴムで結んでいる。


「弓道って何年くらい、やってたの?」


「う~…ん。中学から高校までは部活で、それからはほとんど自主でやってる」

 

「軽く9年くらい? 長いね」


「だな。ピアノもやってたけど、そんなに長くないし」


 お茶を一口飲んで、ふぅと息を吐く。


「ピアノなんてやってたの?」


「まぁ……。母親が熱心でね。他にも習字とか、水泳とか色々と」


 意外と色々やってたんだなぁ。


新しい発見だ。


「凄いね。私なんて珠算くらいだ」


 それも小学校のうちだけ。


それ以降は部活や遊びが忙しくてやめてしまった。


「僕はそろばんが出来ないよ。まぁ、それで困ったことはないけど」


「でも、ピアノが弾けるのは知らなかったな?」


 言われて見れば、ピアノだけじゃなく他の習い事も市田らしい気はする。


なんて言うか、似合う。

 

「……高校ん時に一回だけ合唱の伴奏やったけど。一年の時に」


 全然、覚えていない。


同じクラスになったことがないから覚えていないんだろう、きっと。


「……ごめん。覚えてない」


「そんなことだろうと思ってた」


 市田は薄く笑いながら、一度外した弓掛け(注1)を付け直す。


練習を再開するようだ。


「矢取り行ってくる」


「うん」


 そう言って、的の方へ降りて行く。


射った矢を文字通り取りに行くのだ。


ガラッ


 誰かが弓道場へ入って来た。


入口に目を遣る。


「「あ……」」


 目が合い、思わず声が出る。


それは相手もそうだったらしい。


糸屋君だった。

 

「……おはようございます」


「おはよ」


 やや控え目に挨拶を交わす。


「早いね」


「先輩方こそ」


 糸屋君も市田に負けないくらい大荷物だった。


あれくらいが普通なんだろうな、と思った。


「俺、着替えてきます」


「うん」


 市田にペコッと頭を下げて、更衣室に向かって行った。


「糸屋君?」


 市田が取ってきた矢を矢筒に戻しながら問う。


「うん。着替えて来るって」


「そういえばさ、」


「?」


「糸屋君は僕に勝ってどうしたいんだろうね?」


「……あ―、どうしたいんだろ?」


 言われてみると、確かに聞いた覚えがない。


勝ってどうするんだろう?

 

「ま、いいか」


 市田が弓と矢を手に、的前(注2)に入る。


 私にはよくわからないけど、矢を放つ位置に付くのも、矢を放つのにも作法があるらしい。


市田の所作は綺麗だと思う。


弓道がわからない私でも解る程に綺麗だ。


 番えた矢を放つ。


(あた)り~」


 突然、後方から何人かの声がして驚いた。


弓道部に所属してる森田さんと数人の部員だ。


彼女達が入って来たのにも気付いていなかった。


「流石だね~。綺麗だわ。離れ(注3)もいいし」


「やっぱ、綺麗なんですか?」


「うん。変な癖はあんまり見えないし。見本みたい」


 森田さんが褒める。


更衣室から出て来た糸屋君も見入ってるようだった。

 

「どうも。先に失礼してました」


 市田が彼女達に頭を下げる。


「いーよ、いーよ。もうちょっと練習するでしょ?」


「はい」


「ところでさ、君達何段?」


 ニンマリ、という言葉が似合う森田さんの笑顔。


「え? 僕は五段です」


「俺は四段だけど」


 へぇ。二人とも凄いなぁ。


どう凄いのか良くは解らないんだけど。


「肌脱ぎ(注4)、やってよね?」


「は? やるんですか?」


 肌脱ぎって何だろう?


「勿論。出来るよね? 五段だし」


「出来ますけどっ。……糸屋君、出来る?」


「まぁ、一応は……」


 心なしか、市田が焦っている。


ああ見えて糸屋君もらしい。


「うち、女子多いから。サービスってことでひとつ」


 ……サービス?

(注1)弓を引く手に付けるグローブのようなもの

 

(注2)実際の的の前に立つこと

 

(注3)弦を離し、矢を放つ動作

 

(注4)後の章で解説

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