*19 宣戦布告
「総体って……?」
樋田さんが誰ともなく尋ねる。
私にも解らなかった。
「……全国高等学校総合競技大会の略ですけど」
──ふうん。そんなのあったんだ。
自慢じゃないが、私は高校の三年間帰宅部だったのだ。
「で、総体のベスト16って何やってたんだ?」
「弓道ですけど」
「へぇ。そうなんだ? 知らなかった」
「……知らなかったって、同じ高校だったろ!? 壮行会とか表彰とかあったじゃん」
市田が信じられない、という顔をする。
いや、ごめん。
本当に覚えてないや。
「……うわ、佐伯ひでぇ」
樋田さんまで呆れたような表情で私を見る。
「……で、それが何か?」
市田が気を取り直して、糸屋君に向き直る。
糸屋君、置き去りでした。
「俺のこと、覚えてないのか!? 選抜で会っただろ!?」
糸屋君が勢いよく立ち上がる。
その拍子に、再びパイプ椅子が大きな音をたてて倒れる。
倒れる音に驚いた研究室内の数人がこちらを見る。
「え? 会ったっけ?」
覚えていないのか。
市田が、きょとんとした顔で首を傾げた。
「選抜の順位決定戦で会っただろ!? 糸屋だよ! 糸屋幸一!!」
「……言われてみるといたような……」
こんなに困った市田を見るのは初めてかもしれない。
いつもは『こんなこともわからないのか?』なんて、他人をちょっと小馬鹿にしたような余裕の表情をしていることの方が多いから。
「選抜でお前に負けて以来、リベンジしてやろうとこっちは腕を磨いて来たのに、次の年にお前は来なかった!」
「……それ、ただ単に卒業してたんだろ」
樋田さんがぼやく。
……糸屋君て、思い込みがかなり激しいかもしんない。
「……っ、そんなことはどうでもいい! 市田歩! 俺と勝負しろ!!」
糸屋君が真っ赤になりながら、市田を指差して宣戦布告をした。
今時、決闘なんですか。
興奮しているからか何なのか、耳まで真っ赤だ。
一般男性よりも背が低い為か(155cmくらい)、子供が癇癪を起こしているか、意地を張っているかあたりにしか見えない。
「はぁ?」
「俺はお前に一矢の差で負けたことが納得行かない。もう一度勝負しろ!!」
「……なんでそうなるんだ」
そう思っているのは、ぼやいた樋田さんだけではないだろう。
きっと市田もそう思ってる。
糸屋君の声の大きさに、いつの間にか研究室の中にいた学生の大半が集まってきていた。
面白そうにこちらの様子を伺っている。
「受けるのか、受けないのか!?」
「……わかった。受けるよ」
もう降参、といった風に市田が返事をする。
ほんとはやりたくなさそうだ。
「場所と時間はどうする?」
「あー。森田さん、ちょっと」
ギャラリーの中にM1の森田さんの姿を見つけ、手招きする。
確か森田さんは弓道部に所属している。
「なに? 市田?」
呼ばれた森田さんが市田に寄っていく。
「弓道部の練習って次はいつの予定ですか?」
「土曜の9時から昼までだけど」
「始めの1時間くらいお借りしたいんですが、出来ます? 彼が勝負したいらしいんで」
「いいよ?」
あっさりと森田さんが答える。
「選抜に出るくらいの腕前ってのも見てみたいしね?」
「見本になるかどうかは知りませんからね?」
こうあっさりと決まっていくあたりが市田らしい。
市田が糸屋君に向き直る。
「土曜の9時に市民弓道場でいい?」
「あぁ、問題ない」
「じゃあ、そういうことで」
そんなあっさりでいいのだろうか?
もっとこうなんかないの?




