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*18 見学

 友達との同窓会兼結婚のお祝いの後、すぐに春休みがやってきた。


 私の春休みは、みっちり入れたバイト(家庭教師)と研究室通いで完全に潰れてしまった。


 そして4回生の春が来て講義が始まる頃には、


 ──市田と話すきっかけも失ってしまっていた。


 彼とのキスからは既に一月近く経っている。


今更、蒸し返して話すことなんて出来る訳がない。


 何より、顔を合わせる度に何か言いたげな市田を、避け続けたのは私の方だ。


言わば、自分で自分の首を締めたようなものだった。


 彼の方も私とそのことを話すのは諦めたらしく、同じクラス・同学年・同じ研究室としての付き合いを徹している。

 

 研究室のドアがノックされた。


うちの研究室のドアがノックされるのはとても珍しい。


というか、ノックと共にドアを開ける人が大多数。


 生憎、私の他は手が離せなさそうなので応対をした。


「はぁい」


「……失礼します。見学に来たんですが」


 ドアを開けると一人の男の子が立っていた。


身長は私より少し低く、少し目つきの鋭い子。


「3回生? どうぞ。中へ入って?」


「……ありがとうございます」


 そういって頭を下げた。


 ──礼儀正しいなぁ。


 無愛想だけど。


 うちの研究室は研究内容がマニアックなのか、中々希望者が集まらない。


年に1、2人入れば良い方。


彼は貴重な希望予定者だ。

 

「いつもこれくらいなんですか?」


 研究室の中を見回して彼が言う。


今、研究室には4、5人しかいなかった。


「まだ早い時間だから。もう少ししたら皆来るかなぁ。えっと……」


「あぁ、3回生の糸屋です。糸屋幸一」


「糸屋君ね。良かったらこれ書いてもらえないかな」


 見学に来た人には名前や学生番号を書いてもらっている。


単なる目安でしかないのだけど。


 ボードとボールペンを渡して長机で書いてもらう。


私も糸屋君の側に座った。


 ──あ、左利きなんだ。


 ふと、市田のことを思い出す。


彼も左利きだった。


「これでいいんですよね?」


「あ、うん。ありがとう」


 糸屋君の声で我に返った。


差し出されたボードを受け取る。

 

「ただいま~。お茶くれ、お茶~」


 そんなことを言いながら樋田さんが研究室に入って来た。


今日は珍しく滅多に着ないスーツを着ている。


「はいはい。ちょっと待って」


 研究室の片隅の冷蔵庫から麦茶を出して紙コップに注ぐ。


糸屋君にも出してあげよう。


「佐伯―。コイツの分もよろしく」


 樋田さんの後ろに、同じくスーツを着た市田がいた。


大人しすぎて気付かなかった。


「今日はなんでスーツなんですか?」


 麦茶の紙コップを運びながら尋ねる。


「C工大に行ってきたんだよ。色々あってさ。で、コイツは付き添い」


 長机のパイプ椅子に座り、ネクタイを緩めながら樋田が言う。


「ふぅん。役に立ったの? 市田?」


「酷いな、君は」


 やや、ムッとした声で市田が言う。

 

 今日の市田はスーツに合わせてか、前髪を上げている。


中々似合ってる。


眉を寄せて出来たシワが見て取れた。


「で、彼は? 見学?」


 麦茶で一息ついた樋田さんが糸屋君の存在に気付く。


「はい。3回生で糸屋君だそうです」


 そういえば私、名乗ってないなぁと思いながら。


「初めまして。俺はM2の樋田で、この二人は4回生の佐伯に市田」


「佐伯です」


「市田(あゆみ)です。よろしく」


 市田が名乗った瞬間、飛び上がるように糸屋君が立ち上がる。


勢いで彼の座ってたパイプイスが後ろに倒れた。


「?」


 他の三人は糸屋君の様子に首を傾げた。


「……市田ってあの市田か!? 総体ベスト16の!?」


 私には意味が解らなかった。

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