*15 キス
元々、眉目秀麗な鷹司君に妖艶な微笑みを向けられて、咄嗟に反応出来なかった。
まるで蛇に睨まれた蛙のように。
「え」
ようやく発した僕の発音はその一音だけだった。
「だって君、佐伯さんのこと好きなんだろ?」
慌てて後ろを振り返る。
後ろのテーブルの女性陣はこちらの話の内容には気付いていないようだ。
「大丈夫、あっちは気付いてないさ」
鷹司君は涼しい顔をして言う。
「え、市田ってそうなの!?」
自分で揶喩っておいて気付いてなかったのか。
大袈裟に驚いている朝倉君にそんなことを思う。
「気付いてないのは鈍感な朝倉と本人くらいなものだよ」
ねぇ?と鷹司君が藤原君を見遣れば、藤原君はウム、と頷く。
「……え……っと、いつから?」
「高校を卒業する頃には、もう。多分、春日さんと今井さんも」
鷹司君の言う通りならば、まさに気付いてないのは本人達と(鈍い?)朝倉君だけということだ。
「いい加減、見ててまどろっこしくてさ」
「確かに」
鷹司君に同調する柴崎君を軽く睨む。
君と深沢さんのがまどろっこしかったよ。
付き合うまでに、都合10年近くかかってるんだから。
「君らって、今どういう付き合いしてるの?」
「どうって……」
いざ説明しろと言われても困る。
「学内で会えば話もするし、一緒にご飯も食べたりするし、同じ科だから講義も一緒だったり……」
同じ建築科で同じ研究室だからこそ、必然的に顔を合わせることが多くなる。
「それで?」
「研究室の仲間で飲むこともあれば、うちで飲むこともあるし。あ、こないだはうちに泊まってったかな」
『うちに泊まってった』のくだりで皆が反応する。
「泊まったって……」
「二人きり!?」
「でも、皆が期待してるようなことはなかったけど」
僕の返答が期待外れだったようで、朝倉・鷹司両名ががっくりと肩を落とす。
「脈があるのか、意識されていないのか……」
鷹司君ですら、腕を組んで唸っている。
「まぁ、嫌われていないのは確かだな」
それだけが確実だ。
「佐伯さんも満更ではなさそうだけどね」
鷹司君がそう言って女性陣を見遣ると、それに気付いたのか佐伯が首を傾げた。
「何~? 何の話?」
他の女性陣を放って、男性陣の会話に加わる。
僕が返答に詰まると、
「いや、次は誰が結婚するかなあってさ」
涼しい顔で鷹司君がごまかす。
「ふぅん?」
「佐伯さんは誰だと思う?」
「う~ん、そうだなぁ」
突然話を振られた佐伯は、真剣に問いを考えているようだ。
いや、前言撤回。
佐伯、酔ってる。
証拠にシャツワンピの首元から覗く鎖骨の辺りからうなじ、耳も頬もうっすら赤い。
むしろ、かなり出来上がっている。
佐伯と目が合った。
ニヤリ、と笑う。
ヤバい、と思った。
「う~ん。やっぱり、あたしかなぁ? ね? 市田?」
「なっ!?」
そう言って僕の首に両手を回す。
予想通り、というか予想以上。
「え? 何? そういう関係だったの?」
「っていうか、これ、あたしの嫁だから」
そんなこと言われたことあったっけな。
背中をだらだらと嫌な汗が伝う。
「へぇ?」
鷹司君が面白そうに相槌を打つ。
そんなに煽らないで欲しい。
「この人、こー見えていー身体してるんだよね。無駄に肉が付いてないってゆーか、引き締まってるってゆーか。センスもいーし、綺麗好きだし、料理上手だし」
そしてあろうことか、
──そのまま唇にキスをされた。
思わず目を閉じてしまう。
あんな近距離で佐伯の顔を見ることなんて出来なかったから。
そこまでするとは思ってなかったのだろう。
朝倉君や鷹司君の声、女性陣の黄色い声が聞こえたような気がする。
気がする、というのは、僕の神経がそちらに向いていなかったから。
僕はただ、佐伯とのキスに翻弄されていた。
正直、そのあとのことはあまり覚えていない。
適当な所でお開きにして、駅で皆と別れた。
勿論、僕と佐伯は同じ方面なので一緒に。
どちらからともなく、手を繋いで電車に乗る。
何故か無言。
というか、いっぱいいっぱいで何を話したら良いかもわからなかった。
「じゃ、あたしバスに乗るから」
バスターミナルで手を振って去ろうとする彼女の腕を掴んだ。
掴んだ腕をそのまま引き寄せて、抱きしめる。
佐伯は嫌がる素振りもなく、僕の腕の中に収まる。
嫌がらないのを良いことにキスをした。
おでこに、頬に、耳元に、唇に。
佐伯が応えてくれるのが嬉しくて、つい深くキスをする。
何度も角度を変えてキスをした。
唇を離すと、喪失感が僕を襲ってきた。
──このまま、連れて帰りたい。
「……じゃ、バスなくなっちゃうから」
「あ……、うん」
一度も振り返らずに去っていく佐伯を、立ち尽くして見送った。




