*12 待ち合わせ
もうすぐ新学期が始まる、春休みの土曜日。
夕方の約束に備えて支度をする。
シャワーを浴びて。
あまりはえていない髭をあたって。
乾かした髪を軽くワックスで整えて。
細身のカーゴパンツに春物のボーダーニットを合わせる。
いつもの香水を一吹きして、腕時計とブレスレットを重ね付けする。
薄手のジャケットを羽織って、ショルダーバッグ片手に家を出た。
「まだ少し早いだろうか」
腕時計を見て呟く。
待ち合わせは最寄の駅に5時半。
待ち合わせの相手は佐伯。
だが、デートなどではない。
(ある筈もない。)
──もし早く着いてしまっても近くで潰せばいいか。
そう考えながら駅へ向かう。
なんとかバスには間に合った。
このバスに乗れなかったら、確実に5時半の約束には間に合わなかっただろう。
──彼はこんなヘマはしないだろう。
待ち合わせの相手である市田を思い浮かべる。
いつでも冷静沈着でポーカーフェイスで生真面目な彼ならば、こんな時間ギリギリになってしまうことはないだろう。
もし万が一そんなことがあったとしても、何くわぬ顔でその分を取り戻しに掛かるに違いない。
そんなことを思いながら自分の今の格好を見直す。
赤のチェックのシャツワンピにベルトを合わせて。
レギンスに、くすんだ赤のエナメルパンプス。
ミルクティ色に染めた髪(近々、違う色にしようかと考えている)は、ひとつにまとめてねじってクリップで留めてある。
もうすぐ駅に着く。
バスターミナルのベンチに座る彼が目に入った。
やっぱり待ち合わせよりも早く駅に着いてしまった。
駅構内の本屋で文庫を一冊購入して、バスターミナルに向かった。
彼女がくるまで本でも読んでいようとう魂胆だ。
灰皿が側に置いてあるベンチに陣取って本を開く。
ここなら彼女が来てもすぐに気が付くだろう。
そしてしばしの読書に没頭した。
右手に持った煙草が短くなった頃、彼女の乗ったバスがターミナルに入ってきた。
煙草を灰皿に捨て、本を閉じる。
「ごめん。待った?」
何も急がなくてもいいのに、バスから降りて僕の所まで駈けて来たらしく、軽く息が上がっている。
「いや? そんなに待ってない」
実際ベンチに座っていたのは5分程。
待ったうちには入らない。
「じゃ、行こうか? 柴崎くん待たせると五月蠅いし」
そう言って立ち上がる。
「うん」
二人連なって駅の構内に入った。




