*11 お菓子とコーヒーと
天窓からの日差しに誘われて、あろうことかか学内の廊下に座り込んだままうつらうつらしていた私を起こしたのは、勢いよく開いたドアの音だった。
「皆、人をおもちゃにして……って、佐伯!? こんなとこで何してるんだ?」
「……んー?」
名前を呼ばれたのでまだ完全に開かない目で彼を見上げる。
どうやらドアを開けたのは市田らしい。
「寝てたのか? どうしてこんなところで……。立てる?」
市田に手を引かれ立たされる。
バッグと紙袋を拾い上げてくれた。
「……だって研究室に入り辛かったんだもん。私が行くともっと不味い感じで」
「だからってこんなところで寝なくても……。浅見先生の所にお邪魔するとかさ」
「考えもしなかった。それいいね。今度からはそうする」
私の返答に呆れたのか、市田が溜息を吐いた。
そこで漸く市田の変化に気付く。
「市田の前髪、変。どうしたの、それ?」
いつもは目に掛る程の前髪をそのまま下ろしているのに、今は前髪を上げて細かく分け、ねじってピンで止めている。
市田がしそうにはない髪型だが結構似合っている。
「なんか……皆に遊ばれて?」
言いながらも手を伸ばしピンを外そうとする。
「なんで外すの? 似合ってるよ?」
「そう? じゃあ、もう少しこのままでいるよ。なんか落ち着かないんだけど」
市田の白い頬にさっと朱が差す。
元の肌が白いだけに、余計に真っ赤に見える。
照れているらしい。
「そういえばこの紙袋は?」
「……あ、うん。それお菓子」
市田のために買った、なんて言えない。
「……ほんとに買って来てくれたんだ」
「でも皆の分まで用意してないんだよね。どうしようか」
「じゃあ、屋上のテラスあたりで食べようか? 飲む物くらいは奢るよ」
「うん」
私の荷物を持ったまま彼は歩き出す。
私が遅れて着いてきているのに気付くと、荷物を持ち替えて手を差し出す。
「手」
「あ、ありがと」
「どーいたしまして」
そう答えて彼は微笑んだ。
握られた手が熱い。
そこに心臓があるみたいに、脈を感じた。
手を引く彼には伝わりはしないだろうか?
何も感じないのだろうか?
うららかな昼下がり。
ぼーっと研究室の窓から外を眺めていた樋田が、何かを見つけて声を上げる。
「あそこにいるのってさぁ、市田と佐伯じゃね?」
樋田の発言に、他の学生も窓際に寄ってきた。
確かに樋田の指差した屋上の一角には、先程まで研究室にいた市田らしい男性の姿と、ミルクティ色の髪の女性の姿が見えた。
「あれで付き合ってないなんて詐欺だよなぁ」
「むしろ、いわゆる両片思いってやつみたいだよね。なっちゃんも満更ではないみたいだし」
いつの間にか樋田の隣に森田がいた。
「両方とも鈍感だからわかんないけど」
「そっか」
空は高く、青い。
もうすぐ春になる。




