02 別れるつもりはないそうです
主人公 シャルロッテ・クロイツェル
夫 リュシアン・クロイツェル
侍女 エレノア
リュシアンが帰宅するのを、じっと待つ。
なんて話を切り出そうか考えながら、目の前に置かれたカップを見た。
私が殺されたときには愛人がいたけど。
どれくらいの期間、付き合っていた相手なのかまではわからない。
今の時点で、愛人がいるかどうかはわからないから。
愛人がいるなら別れてほしい、というのは変だろう。
どう、切り出すべきか。
「ただいま…どうしたの?いつもは、玄関で待ってくれているのに。体調でも悪い?」
リュシアンがそう言って、私の隣に座る。
いけしゃあしゃあと。
怒鳴りそうになって、息を吐いた。
「いえ。…リュシアン、私に話したいことはない?」
まずは、リュシアンの話を聞いてみることにした。
もしかしたら、リュシアンは別れたいと言い出せずにいたかもしれないからだ。
「え?…えっとぉ。なんだろう。…あ!今度、食事に行こうっていってた話?」
そう言われて、2年前、そんな話をしていたかもしれないなと記憶をたどる。
「そうじゃなくて…」
でも、それじゃない。
「なんだろう?…誕生日のプレゼントの話、とか?」
リュシアンは私の表情を見ながら、「あれかな?」「これかな?」と話してくれる。
そうして、私の手を握る。
おかしい。
どうも、別れてほしいという言葉は出てきそうにない。
もしかしたら、まだ、愛人と付き合っていないのかもしれない。
だったら、その時まで待とうか。
そうも思ったけれど。
それは、私が可哀そうじゃない?
愛人ができるとわかっている夫と、これからどう生活していけばいいのかわからない。
それに、過去のことが本当に起きるのなら。
私はお金に困ることはない…
「リュシアン、別れてほしいの」
思い切って、私から別れ話を切り出した。
私を切り殺したこの手に、握られていたくない。
思ったより、強い調子で声が出た。
すると、リュシアンがこの世の終わりみたいな顔をした。
「え?…どうして?なんで?」
そう言って驚いている。
そうでしょう、そうでしょう。
この頃の私は、リュシアン一筋で。
明けても暮れても、リュシアンのことばかりを考えていた。
結婚できたことに幸せを感じて。
世界で1番幸せなのは自分だと、本気で信じていた。
そんな私から別れを告げられて、驚くのは無理もない。
「どうしてもです。あなたと、1秒たりとも一緒にいたくありません」
そう伝えると、リュシアンが泣きそうな顔をした。
演技か?
もしかすると、この頃から、私の財産が目当てだったのかもしれない。
私はまだ遺産を相続していないから。
この国では、相続財産であっても、夫婦の共有財産とみなされる。
特に不動産は、男性が継ぐべきという風潮があるのだ。
そのため、離婚した場合、不動産関係は夫に財産分与されてしまう。
でも、両親が生きている今、別れたら、リュシアンに財産は入らないから。
それで、こんな顔をするんだろう。
見え見えだ。
「俺のこと、嫌いになった?なにか、怒らせるようなことをしたかい?」
そう言って、また手を握られた。
ちょっとだけ、胸が痛む。
演技だとわかってるけど、迫真の演技すぎる。
まるで、本当に傷ついてるみたいじゃない。
これでは私が悪者だ。
でも、怯むわけにはいかない。
だって、命がかかってるんだもん。
「と、ともかく、私は別れてもいいと思ってますからっ!別れますからっ」
そう言って、リュシアンの手を振り払った。
リュシアンが呆然と私を見る。
そうして、思いついたように、ハッとした顔をした。
「もしかして…ほかに、好きな人でもできたの?」
そう言われて、心底、ぞっとした。
それは、あなたでしょうが。
そう言いたかったけど、言葉を飲み込む。
「ばからしい…。私はずっと屋敷にいるではありませんか」
顔を背けると、リュシアンに抱きしめられた。
「何を怒っているのかわからないけど。機嫌を直して?」
そう言われてしまった。
たぶん、リュシアンは私が何かで拗ねてるんだと思ったのだろう。
そうじゃない。
本気なのだけれど。
このまま話していても、埒が明かなそうだ。
「明日、実家に戻ります」
そう伝えると、リュシアンに手を掴まれた。
「何を怒ってるの?謝るから、話をしてっ。俺は、シャルロッテを愛してる。一緒にいたいっ」
そう、必死な顔で言われる。
まるで、本当に愛されてるみたいだ。
この言葉を信じてしまいたくなる自分がいる。
でも、あのとき。
剣で切られたときの痛みが、彼の裏切りを思い出させる。
見える傷は残っていないけれど、記憶は消えない。
「私もっ、愛してたわっ!でも…」
あなたは裏切ったじゃない。
そう言ってしまいたかった。
言えないまま、部屋を飛び出す。
寝室はリュシアンが使うだろうから、客間に飛び込んで、中から鍵を掛けた。
逃げたって仕方がないのに。
夜の闇が部屋を包んでいる。
明かりをつける気力もなくて、闇の中で座り込んでいた。
『シャルロッテを愛してる』と言われて、心が動いてしまった。
私はまだ、リュシアンのことが好きなんだ。
私を殺す人なのに。
そう思ったら、涙が溢れた。
好きな人であっても、別れなくてはいけないときがある。
仕方がないんだと、自分に言い聞かせた。




