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異世界戦記 ~ここで俺は最強に至る~  作者: かげ2500
第12章 静寂の眠り姫編

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716話 大自然の中の異質

 シオウの背を追い、俺たちは再び大聖堂へと続く石畳の道を歩いていた。


 白く磨かれた石畳は夕陽を反射し、淡い金色に輝いている。

 遠くから見上げていた時以上に、大聖堂は巨大だった。


 空を突き刺すように伸びる尖塔。

 雲を裂くほど高い鐘楼。

 純白の壁面には黄金の装飾が刻まれ、夕日に照らされて神々しく光っている。


 あまりにも現実離れした光景に、歩いているだけで自分が小さくなっていくような錯覚すら覚えた。


 その大聖堂の正面。

 やはり、先ほどと同じように兵士たちが厳重な警備を敷いていた。


 銀の鎧に身を包み、槍を持つ兵士たち。

 その視線は鋭く、周囲を行き交う人々を常に監視している。


 俺は少しだけ眉を寄せた。


 本当に通してもらえるのか――。

 そんな疑念が頭をよぎる。


 すると。

 兵士の一人と目が合った。


 さっき、俺たちを追い返した男だった。

 兵士は俺たちを見るなり露骨に眉をひそめる。


 警戒。

 いや、鬱陶しさすら混じった目だった。


 ――また来たのか。

 そんな感情が透けて見える。


 だが。

 次の瞬間。


 兵士の視線が、俺たちの先頭を歩くシオウへ移った。


 途端に。

 男の表情が凍りついた。


「――シオウ様!」


 兵士は弾かれたように背筋を伸ばし、慌てて足を揃える。

 まるで上官どころか、王族でも現れたかのような反応だった。


 周囲の兵士たちも一斉に姿勢を正す。


 空気が変わった。

 さっきまで張り詰めていた警戒心が、一瞬で“緊張”へ塗り替わる。


 シオウはそんな兵士たちを一瞥することもなく、その横を当然のように通り過ぎた。


「あぁ」


 低く唸るように返事をする。


 それだけ。

 だが、それだけで兵士たちは誰一人声を上げなかった。


 止める者もいない。

 確認すらしない。


 俺たちは慌ててシオウの後を追う。


 兵士たちのすぐ横を通る瞬間、俺はちらりと彼らを見た。

 だが、先ほどとは違い、誰も俺たちと目を合わせようとしない。


 まるで、“シオウが連れている者に余計な干渉をしてはいけない”とでも言われているようだった。


 異様なほどの扱い。


 俺は思わずシオウの背中を見る。

 獅子族特有の大柄な身体。

 鍛え抜かれた背筋。


 歩くだけで周囲の空気を押しのけるような圧力がある。


 ただ強いだけじゃない。

 この国で、明確に特別視されている。

 そう感じた。


 大聖堂へ続く長い階段を上りながら、俺は思わず問いかける。


「大聖堂に入れるのって、神託の巫女様とアルベリオさんだけじゃなかったんですか?」


 シオウは前を向いたまま答えた。


「俺は例外だ」


 短い返答。

 だが、その後すぐ、小さく鼻を鳴らした。


「……と言っても、アルベリオの奴が勝手に言ってるだけだがな」


「勝手に?」


「あぁ」


 シオウは面倒そうに肩をすくめる。


「昔、一度だけ巫女に会わせろと無理やり乗り込もうとしたことがあってな」


「えっ」


「その時、アルベリオが俺は通していい、と勝手に決めた」


「勝手に決めたで済む話なんですか、それ……」


 思わず引き気味に聞き返す。

 するとシオウは喉の奥で笑った。


「済んでない」


 即答だった。


「国王が知れば大変なことになる」


 そう言いながら。

 シオウは、笑っていた。


 まるで怒られる悪童みたいな顔で。


 だがその笑みには、不思議と親しさが滲んでいた。

 アルベリオとの間にある、長い付き合いを感じさせる笑みだった。


 シオウの話を聞いているうちに、俺たちはいつの間にか長い階段を登り終えていた。


 最後の一段を踏みしめた瞬間。

 大聖堂の全貌が、目の前に現れる。


「――っ」


 思わず息を呑む。


 近くで見る大聖堂は、もはや建築物というより“山”だった。

 見上げるだけで首が痛くなる。


 白亜の外壁は天へ向かってどこまでも伸び、空を覆い隠すような圧迫感を放っている。

 塔は雲へ突き刺さるほど高く、視線で追うだけでも目眩がしそうだった。


 その時。


 ――ゴォォォン……と、頭上から重々しい鐘の音が響く。


 塔の中腹に吊るされた巨大な黄金の鐘が、ゆっくりと揺れていた。


 腹の底にまで響く低音。

 まるで空気そのものが震えているようだった。


 鐘の音に呼応するように、塔の周囲から大量の白鳥が飛び立つ。

 純白の羽が夕陽を反射し、空に散っていく光景は幻想的ですらあった。


「すっげぇ……」


 ライナスが珍しく素直に呟く。

 ルミエラもぽかんと口を開けたまま空を見上げていた。


「なんかもう……本当に神様が住んでそうな感じ」


「むしろ居ない方がおかしいまでありますね……」


 俺も苦笑混じりに答える。


 遠くから見た時には気付かなかったが、外壁には無数の黄金装飾が埋め込まれていた。


 星のような形。

 翼のような形。

 獣にも、竜にも見える奇妙な意匠。


 大小様々な金細工が白い壁一面に散りばめられており、まるで夜空そのものを閉じ込めたようだった。


 神聖。

 豪華。

 威圧。


 あらゆる感情が混ざり合い、この大聖堂という存在を形作っている。

 俺たちが圧倒されたまま立ち尽くしていると、シオウだけは慣れた様子で鼻を鳴らした。


「こっちだ」


 顎で方向を示す。


 俺たちは慌ててシオウの後を追った。

 どうやら正面の巨大門から入るわけではないらしい。


 大聖堂の側面沿いを歩いていく。

 真下まで来ると、その巨大さはさらに異常だった。


 壁だけで城壁並みに高い。

 日光が完全に遮られ、周囲は薄暗くなっている。

 風が吹くたび、高所の鐘がかすかに揺れ、低い音が響いた。


 しばらく歩いた先。

 白い壁の隅に、ひっそりと小さな扉があった。


 巨大建築の中では小さい。

 だが、それでも普通の家の玄関ほどはある。


 金色の取っ手には複雑な紋章が刻まれていた。


「巫女とアルベリオがいる場所には、ここから行くのが一番近い」


 そう言って、シオウは迷いなく扉を開ける。


 ギィと、静かな音が響いた。


 中から冷たい空気が流れてくる。

 香のような匂いも混ざっていた。


 俺たちは顔を見合わせながら、その後に続く。


 そして。

 扉を潜った瞬間――。


「…………え」


 気づけば、口が開いていた。


 目の前に広がっていたのは、通路でも部屋でもなかった。


 森だ。

 大聖堂の内部とは到底思えない、巨大な森。


 頭上遥か高くには、ガラスのように透き通った天井が広がっている。

 そこから陽光が差し込み、森全体を柔らかく照らしていた。


 巨大な木々。

 透き通る川。

 咲き乱れる花。


 白い鳥が枝から枝へ飛び移り、風が吹くたび葉がざわめく。


 空気は澄み切っていた。

 まるで別世界。


 いや――。

 ここだけ、外界から切り離された“楽園”みたいだった。


「はぁ……?」


 ルミエラが間抜けな声を漏らす。

 ライナスですら絶句している。


 シノブだけが静かに周囲を見渡し、小さく呟いた。


「……ここは異界か?」


 その言葉に、俺はごくりと唾を飲み込んだ。


 大聖堂の中に、森がある。

 そんな常識外れの光景を前にして、まともな思考なんて出来るはずもなかった。


 シオウの背中を追うように、俺たちは大聖堂の森の中を歩き始めた。


 森の空気は静かだった。


 外の街に満ちていた喧騒も、人々の声も、ここには届かない。

 聞こえるのは、葉が擦れる音と、水の流れる音だけ。


 天井代わりになっている透き通ったガラスから陽光が差し込み、森全体を柔らかな白金色に染めている。


 まるで夢の中みたいな景色だった。


 しかも、この森には確かな生態系が存在していた。

 枝の上では小鳥が囀り、遠くでは鹿が草を食んでいる。


 茂みの隙間からは白い兎が顔を出し、木々の間を小さなリスが走り回っていた。


「え、ちょっと待って可愛い」


 ルミエラがしゃがみ込み、近寄ってきた鹿の首を撫でる。

 鹿は逃げるどころか、気持ちよさそうに目を細めていた。


「普通に懐いてるんですけど……」


「野生って感じしねぇな」


 ライナスも辺りを見回しながら呟く。


 その横では、いつの間にかシノブの掌に小さなリスが乗っていた。

 シノブは無表情のまま、ちょこんと乗ったリスを見下ろしている。


「何してるんですか」


「乗ってきた」


 しかも、リスは妙に落ち着いていた。

 人間を怖がる様子がまるでない。


 ここにいる動物たちは、異常なほど人慣れしている。


「なんで聖堂の中に森があんだよ?」


 ライナスの問いに、先を歩いていたシオウが振り返りもせず答えた。


「巫女の力……と言う他ないな」


 低い声。

 シオウは歩きながら、傍に生えていた白い草を指先で撫でた。


「ここにある生命全てに、巫女の魔力が宿っている」


 静かな声音で続ける。


「草木や動物……そして地面までもだ」


 その言葉を聞きながら、俺はそっと足元へ意識を向けた。


 地面を踏みしめる。

 瞬間。


「……っ」


 微かな違和感が、足裏から伝わってきた。


 魔力。

 だが、普通の魔力じゃない。


 この世界全体を漂っている自然の魔力粒子とは明確に違う。

 もっと濃密で、輪郭がある。


 純粋な“誰かの魔力”。

 つまりこれは――魔法そのものだ。


 森全体が、巨大な魔法で維持されている。

 そう理解した瞬間、背筋が薄く粟立った。


(こんな規模の魔法……あり得るのか?)


 草木一本だけじゃない。

 森そのものだ。


 空気。

 水。

 動物。


 生態系そのものが、一人の魔力によって成立している。

 そんなの、常識外れにも程がある。


 大量の魔力を持つ魔法使いなら存在する。

 だが、魔力量だけでどうにかなる領域じゃない。

 ここまで繊細で、ここまで巨大な魔法を維持するなんて――。


(巫女……)


 自然と喉が鳴る。

 まだ姿も見ていないのに、その異質さだけは嫌というほど伝わってきた。


 そんなことを考えながら歩いていると。

 不意に、目の前に“扉”が現れた。


「……え?」


 思わず声が漏れる。


 森の中。

 木々に囲まれた場所に、それはぽつんと立っていた。


 一枚の白い扉。

 壁も建物もない。

 ただ扉だけが存在している。


 その光景は、どこか不気味ですらあった。

 俺は無意識に、魔法研究所の地下で見た“異世界への扉”を思い出していた。


「あれは?」


 問うと、シオウは短く答える。


「巫女の部屋へ繋がる隠し扉だ」


 そう言って、扉の取っ手へ手を掛ける。


「アルベリオの奴……やはり俺がここから来ることを分かっていやがった」


 ふぅ、と息を吐くシオウ。


「奴のことだ。おそらく、お前たちの存在にも気付いているだろう」


 その言葉に、俺は小さく眉を寄せた。


 アルベリオ。

 あの人なら確かに、あり得そうだった。


 すると。

 扉を開ける直前。

 シオウがふいに振り返った。


 その表情は、今までにないほど真剣だった。


「いいか?」


 低い声。


「絶対に巫女と目を合わせるな。絶対にだ」


 その言葉には、妙な重みがあった。


 警告。

 いや、忠告というより――“戒め”に近い。


「……なんで?」


 ルミエラが不思議そうに問う。

 だが、シオウは難しい顔をするだけだった。


 答えない。

 ただ、数秒黙り込んだ後。


「とりあえず、目を合わせるな」


 最後にそれだけを言い残し。

 ゆっくりと扉を開いた。


 その先に広がっていた光景を見て。

 俺たちは言葉を失った。


 大きな空間だった。

 だが、“部屋”という表現はあまりに不自然だった。


 そこはまるで、巨大な壁に囲われた“外”だ。


 壁。

 床。

 天井。


 全てが白一色。


 無機質なほど真っ白で、余計な装飾は一切ない。


 机も椅子もない。

 ベッドすら存在しない。

 生活感というものが、完全に欠落していた。


 静かすぎる。

 音が死んでいるみたいだった。


 その空間の中央。

 そこに、二つの影があった。


 一つは、小さな影。


 座っているのか、背が低く見える。

 青と白、そして黄金を基調とした衣服。

 長い金髪が床へ流れるように広がっていた。


 女性だ。


 だが――。

 なぜか視線を向けるだけで、胸の奥がざわついた。

 おそらく、彼女が神託の巫女と見ていいだろう。


 隣には、一人の男が立っている。


 腰に剣を下げた長身の男。

 薄青色の長髪を後ろで結んでいる。

 その姿を見た瞬間、俺はすぐに分かった。


 アルベリオだ。

 三年前と変わらない。


 いや、むしろ以前より洗練されている。


 立っているだけで分かる。

 強い。

 剣を抜かなくても伝わってくる圧力があった。


 すると。

 アルベリオが、こちらへ顔を上げた。


 鋭い蒼の瞳が、真っ直ぐ俺たちを捉える。


「シオウ」


 短く呟く。


 そして、その視線が俺へ移った。

 柔らかいようでいて、全てを見透かすような目。


「カイル君……」


 静かな声だった。


「君が来ることは分かっていたよ」

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