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異世界戦記 ~ここで俺は最強に至る~  作者: かげ2500
第12章 静寂の眠り姫編

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713話 墓標と境界線

 その日も、結局答えは出なかった。


 あの砂の獅子は何なのか。

 どういう原理で動いているのか。


 考えれば考えるほど疑問だけが増えていき、俺たちは最後には”分からない”という結論に辿り着くしかなかった。


 そして翌日。

 また灼熱の太陽と、肌を削るような砂嵐の中を、俺たちは歩き始めた。


 熱い。

 ただ立っているだけで体力を奪われる。

 喉はすぐに乾き、呼吸をするだけで肺の中に砂が入り込んでくるようだった。


 それでも進まなければならない。

 俺たちはすでにヴァルサハル大砂丘の半分近くを踏破していた。

 順調に行けていれば、そろそろロルロ王国の首都ガリオンが見えてもおかしくない距離だ。


 だが。

 吹き荒れる砂嵐が、視界の全てを塗り潰している。


 遠くの景色など見えるはずもなかった。


 唯一頼れるのは、方位魔石だけだ。

 淡く青い光を放つその魔石は、一定方向を示し続けている。


 砂嵐だろうが夜だろうが関係なく、進むべき方向だけは見失わない。

 もしこれがなければ、俺たちはとっくにこの砂の海を彷徨い続けていただろう。


「……まだ先かよ」


 ライナスが顔に巻いた布を引き上げながらぼやく。

 その声も風に掻き消されそうだった。



 ―――。



 それからも、俺たちは何度も“砂の敵”と遭遇した。


 狼。

 熊。

 巨大な鳥。


 獅子だけでは終わらなかった。


 砂丘の各地から現れる異形たちは、まるで侵入者を排除する番人のように、執拗に俺たちへ襲いかかってきた。


 その度に、水元素魔法で対処する。


 濡らせば動きが鈍る。

 大量の水を浴びれば硬直する。


 それが分かってからは対処も早かった。

 道中でルミエラが、奴らをこう呼び始めた。


砂骸獣(さがいじゅう)って感じじゃない?」


 砂で出来た骸。

 確かにその通りだった。


「……まぁ、ルミエラさんにしては良い名前ですね」


「なにその上から!?」


 そんなやり取りをしながら、俺たちは奴らを“砂骸獣”と呼ぶようになった。


 だが。

 戦うたびに、俺の中で違和感だけが膨らんでいく。


 砂骸獣が現れるとき――必ず、砂嵐が止むのだ。

 ここヴァルサハル大砂丘では、常に砂嵐が吹き荒れている。


 そう聞いていた。

 実際、ここに来てから一度たりとも完全に風が止んだことはなかった。


 なのに。

 砂骸獣が現れる直前だけ、必ず嵐が静まる。

 まるで、“何か”が砂嵐を制御しているかのように。


(……因果関係があるのか?)


 考え込んでいた、その時だった。


 ふっ――と。

 吹き荒れていた砂嵐が、また止んだ。


「来るぞ」


 シノブが即座に短剣へ手をかける。


 次の瞬間。

 砂の中から、一体の狼が飛び出した。


 全身が砂で構築された狼型の砂骸獣。

 鋭い牙を剥き、真っ直ぐこちらへ突進してくる。


「はいはい、またアンタね!」


 ルミエラが慣れた様子で杖を振るった。


「ウォーター・ランス!」


 高速で放たれた水槍が狼の身体を貫く。

 砂の身体は一瞬で湿り、勢いを失った狼は地面に崩れ落ちる。

 さらに俺が追撃の水弾を放つと、砂骸獣は完全に硬直した。


「これで何匹目よ……」


 ルミエラが呆れながら、固まった狼を蹴り壊す。

 崩れた身体は、ただの砂へと戻っていった。


 その時だった。


「おい、なんだあれは」


 シノブの低い声が響く。

 俺たちは一斉に振り返った。


 シノブが指差す先。

 砂嵐の向こう側。


 そこに――巨大な漆黒の建物が存在していた。


「……っ」


 思わず息を呑む。


 黒い。

 異様なほど黒かった。


 三本の巨大な塔。

 それらを支えるように広がる重厚な建築。


 城――にも見える。

 だがどこか違う。

 まるで巨大な墓標だ。


 砂の海に突き刺さる、死者の記念碑のような不気味さがあった。


「なんだァ……?」


 ライナスが眉をひそめる。


「城……? 砂丘にあんなものあるんだ?」


 ルミエラも目を丸くしていた。


「いえ……」


 俺は目を細めながら呟く。


「このルートは、過去に何度も人が通っています。

 あんな建物があるなんて、一度も聞いたことがありません」


 俺は荷物から望遠鏡を取り出した。

 レンズ越しに見えたのは、異質としか言いようのない建築物だった。


 黒い外壁。

 金属のようにも見える。

 だが材質が分からない。


 いつからあるものか分からないが、ずっと砂嵐に晒されているはずなのに、劣化も傷も見当たらなかった。


 滑らかすぎる。

 人工物とは思えないほど、異様に整っている。


 背筋に寒気が走る。


「……近づかない方がいいでしょう」


 俺は望遠鏡を下ろしながら言った。


 だが。

 シノブはじっとその建物を見据えたまま、低く呟く。


「あそこから奇妙な魔力反応がある」


「人がいんの!?」


 ルミエラが驚きの声を上げる。


 シノブはゆっくり頷いた。


「あぁ……地下だ。かなり深い位置から感じる。

 だが――反応が弱い。今にも消えそうだ」


 その言葉に、ライナスがため息を吐いた。


「挑戦者が身ィ隠してんのかァ? ハッ、弱ぇくせにこんなトコ来っからだ」


「どうする?」


 シノブが俺を見る。

 皆の視線が集まる。


 俺はしばらく黙ったあと、静かに答えた。


「……残念ですけど、人助けをしている余裕はありません」


 自分で言っていて、胸が痛んだ。


 でも。

 今の俺たちには優先すべきものがある。


 ノアだ。

 時間がない。


「それに」


 俺は黒い城を見つめながら続ける。


「あの建物も、中にいる人物も、正体が分からない。

 危険すぎます。無視した方がいい」


 砂嵐がまた少しずつ強まり始める。

 漆黒の城は、その奥で静かに佇んでいた。


「……無情だな」


 ぽつりと、シノブが呟いた。


 吹き荒れる砂嵐の中、その声だけが妙にはっきり耳に届く。

 俺は黒い城から視線を逸らさないまま、静かに答えた。


「今は、他のことを考えている場合じゃありません」


 言葉にすると、胸の奥が少しだけ痛んだ。


 地下にいる“誰か”。

 助けを求めているかもしれない存在。


 それを見捨てる。

 前の俺なら、無理にでも助けに向かっていたかもしれない。


 でも――。


(今は違う)


 ノアを助ける。

 そのために、ここまで来た。


 寄り道をしている時間なんてない。

 迷っている余裕もない。


 俺は方位魔石を握り直し、前を向いた。


「行きましょう」


 誰も反対しなかった。


 ただ、ルミエラだけが少し寂しそうな顔をしていた。

 何か言いたげに俺を見ていたが、結局何も言わなかった。


 俺も、その視線を無視した。


 気付いてしまえば、きっと足が止まる。

 だから俺たちは、背後に漆黒の城を残したまま、再びロルロ王国を目指して歩き始めた。



 ―――。



 それからさらに数日。


 俺たちは、砂嵐の中を歩き続けた。


 乾いた風。

 削られる肌。

 焼けるような日差し。


 夜になれば逆に凍えるほど冷え込む。

 まともな睡眠すら取れない環境だった。


 それでも、少しずつ。

 本当に少しずつだが、景色に変化が現れ始めていた。


「……おい」


 先頭を歩いていたライナスが足を止める。

 俺たちは顔を上げた。


 その瞬間。

 俺は思わず息を呑んだ。


 砂嵐の向こう側。

 ぼやけていた世界の果てに、“色”が見えた。


 黄色じゃない。

 砂の色ではない。


 ――緑だ。


「……見えた」


 ルミエラが小さく呟く。


 風が弱まっていく。

 長い間、耳を埋め尽くしていた砂嵐の音が、徐々に遠ざかっていった。


 やがて。

 俺たちは、その境界へと辿り着く。


 砂の大地。

 そして、緑の大地。


 二つの世界が、まるで互いを拒絶し合うように、くっきりと分かれていた。


 後ろを振り返れば、そこには黄金色の地獄が広がっている。

 前を見れば、青々とした草原が広がっていた。


 信じられない光景だった。

 砂漠と草原が、一本の線で切り分けられている。


 まるで誰かが世界を塗り分けたみたいに。


「なんだ……これ……」


 ライナスが目を丸くする。

 ルミエラも呆然と景色を見つめていた。


「砂漠の隣が草原って……普通こうなる?」


「あり得ません」


 俺は小さく首を振る。


「気候も土壌も違いすぎる。こんな境界線みたいに綺麗に分かれるなんて……」


 シノブは目を細めながら、境界の先を見据えていた。


「……空気が違うな」


 確かにそうだった。


 風が違う。

 匂いが違う。


 肌に触れる感覚すら違っていた。


 さっきまでの乾いた熱気が嘘みたいに消えている。

 代わりに、湿り気を含んだ風が頬を撫でた。


 草の匂い。

 水の匂い。


 “生”の匂いだった。


 俺はゆっくりと、砂の地面から緑の地面へ足を踏み入れる。

 靴裏に伝わる感触が変わった。


 柔らかい。

 ちゃんと土がある。


 その瞬間だった。


 背後で再び、猛烈な砂嵐が吹き荒れ始めた。


 俺たちは反射的に振り返る。


 すると。

 そこにはもう、“道”なんて存在していなかった。


 俺たちが歩いてきた砂丘は、完全に砂嵐に飲み込まれている。

 まるで最初から、誰も通っていないかのように。


「……閉じた?」


 ルミエラが呆然と呟く。

 シノブは目を細めながら、低く言った。


「違うな。“隠した”んだ」


 その言葉に、背筋が冷える。


 ヴァルサハル大砂丘。

 あの砂の海は。


 やはり、ただの自然現象ではないのかもしれなかった。











今日は二話投稿! 閑話挟みます!

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