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異世界戦記 ~ここで俺は最強に至る~  作者: かげ2500
第12章 静寂の眠り姫編

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712話 砂丘の意思

 ヴァルサハル大砂丘を進み始めてから、さらに数日が経った。


 だが、景色は何一つ変わらない。


 視界いっぱいに広がる黄金色。

 吹き荒れる砂。

 絶え間なく叩きつけてくる熱風。


 空すら砂煙で霞み、昼なのか夕方なのかも曖昧になっていた。

 砂嵐は、一向に収まる気配を見せない。


 もはや目の前の景色ですら砂一色だった。


 一歩先にいる仲間の姿さえぼやける。

 地平線など、とっくに消えている。


 俺たちは、巨大な砂の胃袋の中を歩かされているような感覚に陥っていた。

 靴の中には常に砂が入り込み、服の隙間という隙間がじゃりじゃりと音を立てる。


 肌は乾き切り、唇はひび割れていた。

 水を飲んでも、すぐに喉が乾く。

 息を吸えば肺が焼けるようだった。


 俺は顔を覆う布を押さえながら、前方を睨む。


「……酷いな」


 自然と声が漏れた。

 行く前から危険だとは分かっていた。


 だが。

 ここまでとは思わなかった。


 方向感覚はとっくに狂っている。

 砂嵐のせいで太陽も見えない。

 地図など、今やただの紙切れだった。


 もし。

 出発前に購入していた“方位魔石”がなければ、おそらく俺たちはこの砂の海を永遠に彷徨っていた。


 方位魔石は特殊な魔力鉱石を加工して作られた、方角を示す魔具だ。

 内部に刻まれた術式が大地を流れる魔力の向きを読み取り、常に一定方向を示し続ける。


 普通の方位磁石と違い、磁場や砂嵐の影響をほとんど受けないため、砂漠を旅する商人や探索者たちの必需品だった。


 俺は腰に吊るした小さな魔石を見る。

 淡く青白い光を放つその針だけが、唯一俺たちに進むべき道を教えてくれていた。


「これがなかったら終わってましたね……」


 俺が呟くと、後ろを歩いていたルミエラが疲れ切った声を漏らす。


「ほんっとにねぇ……。もう景色全部同じなんだけど……」


 砂にまみれた髪を乱暴に払う。

 普段なら軽口ばかり叩くルミエラも、さすがに余裕がなくなっていた。


 ライナスは先頭を歩きながら低く言う。


「気を抜くな。こういう場所ほど、人間は簡単に死ぬ」


 その言葉に、俺は黙って頷いた。


 事実だった。

 ここでは、強いとか弱いとか以前の問題だ。


 環境そのものが牙を剥いている。


 体力。

 精神力。

 判断力。


 全てを少しずつ削り取りながら、この砂丘は侵入者を呑み込もうとしていた。


 シノブが顔を覆う布越しに呟く。


「……静かすぎるな」


「え?」


「魔獣だ」


 シノブは目を細め、砂嵐の向こうを睨む。


「これだけ広い砂丘だ。もっと遭遇してもおかしくない」


 言われてみればそうだった。


 ここ数日。

 ほとんど魔獣と遭遇していない。


 いや――正確には。

 “何か”を避けるように、周囲から生き物の気配が消えている。


 ぞわり、と背筋が粟立つ。


 まるで。

 この砂丘そのものが、俺たちを観察しているような。


 そんな感覚だった。


 熱風が吹く。

 砂が舞う。


 そして、その時だった。


 前を歩いていたライナスが、不意に足を止めた。


「……おい」


 低い声。

 ただならぬ気配に、俺たちも立ち止まる。


「どうしたんですか?」


 俺が尋ねた瞬間。

 ライナスは、砂嵐の奥を睨みながら呟いた。


「あれは……砂じゃねぇ、何か居ンぞ」


 その視線の先――。

 吹き荒れる砂嵐とは別に、不自然な砂の流れがあった。


 まるでそこだけ意思を持っているように。

 砂が、渦を巻いている。


「なんだ……?」


 ルミエラが目を細める。


 砂の渦は徐々に大きくなり、蠢きながら形を変えていく。

 ぞわり、と背筋が粟立った。


 嫌な予感がする。

 砂丘全体が、呼吸しているみたいだった。


 やがて。

 渦巻く砂の奥で、二つの黄金の光が灯った。


「――ッ」


 目だった。

 黄金に輝く瞳が、砂嵐の向こう側から俺たちを見下ろしている。


 その瞬間。

 周囲の砂嵐が、一気に上空へ巻き上がった。


「うわっ!?」


 突風に思わず腕で顔を庇う。

 砂が肌を叩き、布越しでも痛みを感じるほどだった。


 視界が真っ白に染まる。


 そして――。


「オオオオオオオオオオオオオッッ!!」


 砂の大地そのものを震わせるような雄叫びが響いた。


 空気が揺れる。

 鼓膜が痛い。


 思わず息を呑みながら、俺はゆっくり目を開いた。


 そこにいたのは。

 巨大な獅子だった。


「……え」


 無意識に声が漏れる。


 黄金の瞳。

 砂で構築された巨大な身体。


 鋭い爪。

 逆巻く鬣。


 その全てが、砂で出来ていた。


 なのに。

 “生きている”。


 そんな圧倒的な存在感があった。


 砂が流れ落ち続ける身体は不安定なはずなのに、その獅子は確かに俺たちを獲物として見据えている。


「魔獣!?」


 俺は反射的に叫んだ。


 しかし、あれを本当に魔獣と呼んでいいのか分からない。

 あまりにも異質だった。


 獅子は低く喉を鳴らしながら、ゆっくりと歩き始める。

 巨大な足が砂丘を踏み締めるたび、さらさらと砂が崩れ落ちた。


 間合いを測っている。

 獲物を観察している。


 そう理解した瞬間、一気に緊張感が全身を駆け巡った。

 誰かが小さく息を呑む音が聞こえる。


 そして。


「ゴアアアアアアアアッッ!!」


 爆発するような咆哮とともに、砂の獅子が突進してきた。


「来るぞ!!」


 ライナスが叫ぶ。


 だが。


 ライナスが剣を抜くより早く。

 シノブが暗器を構えるより早く。


 俺とルミエラは反射的に杖を振るっていた。


「ファイア・ボール!!」


「ストーン・ショット!!」


 ルミエラの火球が一直線に飛ぶ。

 灼熱の炎が、獅子の前足へ炸裂した。


 同時に、俺の岩弾が砂の胴体を貫く。

 衝撃とともに、砂が派手に吹き飛んだ。


 獅子の勢いが止まる。


 胴体に空いた大穴から、さらさらと砂が零れ落ちていく。

 焼かれた前足では、砂が熱でガラス化し、キラキラと結晶のような光を放っていた。


「砂の……獅子?」


 シノブが警戒した声音で呟く。


「なんだ、こいつは……」


 俺も同じ気持ちだった。


 砂で出来ている。

 それは見れば分かる。


 だが、問題はそこじゃない。


 なぜ動いている?

 何が核になっている?

 どこから現れた?


 思考が追いつかない。


 すると。

 獅子の身体が再び動いた。


「なっ――」


 俺が空けた胴体の穴が、流れ込む砂で塞がっていく。

 焼けた前足も、崩れた砂が覆い始めていた。


「再生してる!?」


「油断すんな!! 来るぞ!!」


 ライナスの怒声が飛ぶ。

 俺とルミエラは再び杖を構えた。


 同時に。

 ライナスとシノブが前へ出る。


 砂の獅子は俺たちを睨みながら、ぐるぐると低く喉を鳴らしていた。


 獣の唸り声。

 なのに、そこに“生き物らしさ”がない。


 まるで殺意だけで形作られているような存在だった。


(来る――!)


 そう思った瞬間。

 獅子が再び跳躍する。


 だが、今度は違った。

 左右へ飛びながら、蛇行するように接近してくる。


「これじゃ魔法が当たらない!!」


 俺が叫ぶ。


 すると。

 ライナスがニヤリと笑った。


「ンなら、俺に任せろ!!」


 そう言って、大剣を振り上げる。


 そして。

 思い切り地面へ叩きつけた。


 衝撃が砂丘を揺らす。


 次の瞬間。

 一直線に砂が盛り上がった。


 まるで大地そのものが牙を剥いたみたいに。

 獅子の移動範囲が一気に狭まる。


 その隙を。

 シノブが見逃すはずもなかった。


 四本の短剣が闇を裂く。


 獅子の前足と後ろ足へ突き刺さった。

 ザクリ、と鈍い音が響く。


「オオオオオオオオッッ!!」


 獅子が咆哮する。

 姿勢が崩れた。


「今だ!!」


 ライナスが叫ぶ。

 俺とルミエラは、ほぼ同時に杖を突き出した。


「ウォーター・ショット!!」


 大量の水球が獅子へ叩き込まれる。


 全身を濡らされた瞬間。

 砂の身体が一気に重く沈んだ。


 さらさらと流れていた鬣が崩れ落ちていく。

 水を吸った砂は急速に硬化し始め、獅子の動きが目に見えて鈍くなった。


 雄叫びが弱まる。

 足が止まる。


 そして。

 完全に動かなくなった。


 砂で出来た黄金の獅子は、その場で硬直したまま、巨大な彫像のように静止していた。


 周囲に、静寂が落ちる。

 吹き荒れていた砂嵐すら、一瞬だけ息を潜めたようだった。


 俺たちはしばらくその場から動けなかった。


 目の前には、硬直したまま動かなくなった黄金の獅子。

 砂で構築された巨体は、もはやただの彫像のように見える。


 さっきまで俺たちを殺そうとしていた存在とは思えなかった。


「……倒した、のか?」


 俺が息を整えながら呟く。

 ルミエラは杖を肩に担ぎ、小さく肩を竦めた。


「多分ねぇ。砂なんだから、水に弱いかなって思っただけなんだけど」


 どこか気楽そうに笑うルミエラ。

 だが、その額には汗が浮かんでいる。


 皆、余裕があった訳じゃない。

 ただ必死に生き残っただけだ。


 ライナスは大剣を肩に担いだまま、動かなくなった獅子へ近づいていく。


「もう動き出してくれるなよ……」


 ぼやきながら、大剣を振り上げる。


 そして。

 重たい一撃が、砂の獅子を粉砕した。


 硬直していた身体が崩れ落ち、大量の砂となって地面へ散らばる。


 鬣も。

 爪も。

 黄金の瞳すら。


 全てが形を失い、ただの砂へ戻っていった。


 あとに残ったのは、小さな砂山だけ。


「……なんだったんだ、こいつ」


 俺は呟きながら、その砂へ手を伸ばした。


 指先で掬う。

 湿った砂が、さらりと指の隙間から零れ落ちていく。


 ただの砂だった。

 魔力の流れも感じない。

 命の気配もない。


 ついさっきまで獅子の形を取り、咆哮し、俺たちへ襲い掛かってきた存在とは到底思えなかった。


 そのとき。

 シノブが低く呟く。


「……こいつは痛みを感じていた」


「え?」


 俺は顔を上げた。


 シノブは砂を見下ろしたまま続ける。


「短剣を刺したとき、確かに反応した。

 あれはただ動いていただけじゃない。痛みに近いものを認識していた」


 その言葉に、ぞくりと背筋が冷えた。


 俺はもう一度、手の中の砂を見る。


 だが。

 やはりそこにあるのは、ただの砂だけ。


「でも……生き物じゃなかった」


 思わず口から漏れる。


 本当に、何もない。

 骨も。

 肉も。


 核になる魔石すら存在しない。


「何か変だ……」


 小さく呟いた瞬間。

 再び、周囲で砂嵐が勢いを増し始めた。


 視界が徐々に砂色に染まっていく。


「こんな所で立ち止まってる場合じゃねぇ」


 ライナスの低い声が響く。


 俺は顔を上げた。


「コイツの正体考えンのは後だ。まずは安全な場所探すぞ」


 その言葉に、全員が頷く。


 砂嵐はまだ終わっていない。


 こんな開けた場所に居続けるのは危険すぎた。

 俺たちは荷物を背負い直し、砂嵐の中を進み始める。


 やがて。

 少し離れた場所に、巨大な岩場を見つけた。


 風を遮れる天然の壁。


「ここなら多少はマシか」


 ライナスが呟く。


 俺たちは急いで布を広げ、岩へ固定していく。

 即席の簡易テント。

 布が風に煽られ、ばたばたと激しく音を立てた。


 砂が入り込まないよう隙間を塞ぎ、ようやく小さな避難場所が完成する。

 テントの中へ入ると、全員一気に疲れが押し寄せた。


「も~、砂まみれ……」


 ルミエラがげんなりした顔で髪を払う。

 ぱらぱらと砂が落ちていく。


 俺も靴を脱ぎ、中に入り込んだ砂を吐き出した。


 服の中まで砂だらけだ。

 肌がざらついて気持ち悪い。


 ライナスは火打石を使い、小さな火を熾し始める。

 やがて火が灯り、薄暗いテントの中に橙色の光が広がった。


 ようやく少しだけ人心地つく。


 その傍ら。

 俺たちは、さっきの砂の獅子について話し合っていた。


「分かってることを整理するぞ」


 ライナスが火を見つめながら言う。


「まず、あれは全身砂で出来てた」


「でも、生物みたいに動いてたよねぇ」


 ルミエラが頬杖をつきながら続ける。


「しかも痛みを感じていた」


 シノブが静かに言った。


「水を浴びると動きが鈍くなったのも特徴ですね」


 俺も情報を並べていく。


 だが。

 並べれば並べるほど、訳が分からなくなる。


 あれは生き物ではない。

 それだけは確信できる。


 このヴァルサハル大砂丘は、まともな生物が長く生存できる環境じゃない。


 水もない。

 食料もない。

 昼は灼熱、夜は極寒。


 完全な無生物圏。

 つまり、あれは“生物”として成立していない。


 獅子の形をした砂。

 本当に、それだけだった。


「ワタシの魔力感知でも、あの時周囲にいた魔力反応はワタシたちだけだ」


 シノブがぽつりと呟く。


「操っている何者かがいた訳じゃない」


 それは俺もルミエラも分かっていた。


 魔力感知に引っ掛かる存在は、あの場にはいなかった。


 誰かの使役。

 敵襲。


 その線は薄い。


 だが。


「じゃあ、あれは自然現象なんですかね?」


 俺は火を見つめながら呟く。


 自然に砂が獅子の形を取り、人を襲う?

 そんな馬鹿な話があるのか。


 沈黙が落ちる。

 誰も答えを持っていなかった。


 ただ。

 俺の脳裏には、出発前に聞いた話が蘇っていた。


 ヴァルサハル大砂丘。

 挑戦者要らずの砂丘。

 まるで大地そのものが、侵入者を拒絶する場所。


「……これが」


 火の揺らめきを見つめながら、俺は小さく呟く。


「“砂丘の意思”なのか……」

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