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異世界戦記 ~ここで俺は最強に至る~  作者: かげ2500
第12章 静寂の眠り姫編

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710話 全幅の信頼

 夜も更け、街の喧騒はゆっくりと沈んでいく。


 酒場を出たとき、さっきまで耳にまとわりついていた笑い声や怒鳴り声は、もう遠くに溶けていた。

 代わりに聞こえるのは、靴底が石畳を叩く乾いた音と、どこかの路地から流れてくるかすかな話し声だけ。


 月明かりが、濡れた石畳を淡く照らしている。


 ライガたちと別れ、俺はその光の中を一人で歩いていた。


 肺に入る夜気はひんやりとしていて、酒で火照った身体を少しずつ冷ましていく。

 さっきまで回っていた酔いも、もうほとんど残っていなかった。


「……はぁ」


 小さく息を吐く。

 不思議と、胸の奥は軽かった。


 さっきまで抱えていた、あのどうしようもない重さが、どこかへ消えている。


 ライガたちに会えたからだろうか。

 彼らと話して、笑って、ぶつかって。


 変わっていないものに触れたことで、ぐちゃぐちゃだった思考が、少しだけ整理された気がした。


「……助けるって、言ったもんな」


 ぽつりと呟く。


 あの場で、自然と口から出た言葉。

 でも、それは決して軽いものじゃない。


 ――必ず、助ける。

 その約束の重みを、今さらのように実感する。


 歩きながら、ふと夜空を見上げた。


 黒い空に、無数の星が散らばっている。

 あの異世界で見た光の流星群が、一瞬だけ脳裏をよぎった。


 リリアの魂の欠片。

 世界を壊しかけた光。

 そして――エルドリック。


 胸の奥が、わずかに軋む。


「……ノアも」


 無意識に、名前が零れた。


 もし。

 もしあの場に、ノアがいたら。


 あのテーブルで、フィーニャと同じようにジュースを飲んで、ライガにからかわれて、ジャンガに文句を言って――。

 きっと、いつものように笑っていたんだろう。


 ――俺の隣で。


「……っ」


 喉の奥が詰まる。


 ノアは、今も眠ったまま。

 しかもただの眠りじゃない。


 “呼ばれている”。


 どこかへ。

 俺の知らない場所へ。

 手を伸ばしても届かないところへ。


「ふざけるなよ……」


 思わず、声が漏れた。

 拳が自然と握られる。


 ライガたちも、分かっていた。


 ノアのことを心配していること。

 でも、自分たちにはどうにもできないことも。


 皆は強い。

 それでも、届く手には限界がある。


 だから――。


「俺が、やるしかないんだ」


 足を止める。

 静まり返った通りの真ん中で、ゆっくりと拳を握り締めた。


 エルドリックが遺した言葉。


 『天啓の巫女』。


 どこにいるのかも分からない。

 本当に存在するのかさえ怪しい。


 それでも――。


「……行くしかない」


 顔を上げる。


 月明かりが、視界を白く照らす。


「絶対に見つける」


 一歩、踏み出す。


「絶対に、助ける」


 もう迷いはなかった。


 どれだけ遠くても。

 どれだけ困難でも。


 たとえ世界の果てだろうと。


「ノア――」


 小さく、名前を呼ぶ。


 返事はない。

 それでも構わない。


「……待ってろ」


 静かな夜の中で。

 俺の誓いだけが、確かにそこにあった。



 ―――。



 翌朝。

 まだ陽が完全に昇りきる前の、淡い光が王都を包む時間。


 俺はほとんど眠気を感じないまま、王城へと足を運んでいた。


 空気は冷たく、肺の奥まで澄み渡る。

 昨日の酒の余韻も、夜のうちにすっかり消えていた。

 代わりに胸の中にあるのは、はっきりとした目的と、焦燥にも似た熱だけだ。


 ――時間がない。

 ノアの容態は、刻一刻と悪化している。

 一秒でも早く、次の一手を打たなければならない。


 城門を抜け、研究棟へと向かう足取りは自然と速くなる。


 シノブにはすでに馬車の手配を頼んである。

 あの様子なら抜かりはないだろう。むしろ、俺よりよほど段取りがいいに違いない。


 問題は――。


「……あれ?」


 研究棟の一室の前で、俺は思わず足を止めた。

 扉の向こうから、ガサガサと何かをまとめる音が聞こえる。


 嫌な予感がした。

 いや、これはもうほぼ確信に近い。


 俺はそのまま勢いよく扉を開けた。


「おはようござ――」


 言いかけて、言葉が止まる。

 室内の光景に、完全に思考が追いつかなかった。


「……何してるんですか?」


 思わず、間の抜けた声が出る。

 部屋の中では、ルミエラとライナスがそれぞれ大きな荷物をまとめていた。


 机の上にはペンや書物が山のように積まれ、床には旅用の袋や装備が散乱している。

 明らかに“出発前”の光景だった。


 ライナスは振り返ると、にやっと笑った。


「何って、見りゃ分かるだろ」


「いや、分かりますけど……なんでですか?」


 俺の問いに、ライナスは肩を竦める。


「決まってんだろ。俺たちも行く」


「……え?」


 一瞬、意味が理解できなかった。

 だがルミエラが、くるりとこちらを振り返る。


 いつもの軽い笑みを浮かべながら。


「目指す場所は分かってるんでしょ? 

 だったら、元々その件を調べてたあたしたちが一緒に行った方が効率いいじゃない」


「いや、でも――」


「それによ」


 ライナスが言葉を引き取る。


「お前一人で何とかなる話じゃねぇだろ」


 ぐうの音も出ない。

 事実だった。


 俺一人では、情報も足りないし、判断も偏る。


 それに――。


「数いた方が、単純に戦力になるしな」


 そう言って、ライナスは笑った。

 その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。


 続けて、ルミエラがじっと俺を見つめてきた。


「それにぃ?」


 嫌な予感しかしない声音。


「カイル君が、あのシノブとかいう女に変なこと吹き込まれたり、誘惑されたりしないように見張らないといけないしね?」


 にやにやと笑う。


「しませんよ!」


 即答だった。

 というか、なんでそういう思考になるか分からない。


「どうだか~?」


「どうだかじゃないです!」


 思わず声を荒げると、ライナスが横で吹き出した。


「ははっ、相変わらずだな」


「兄さんまで笑わないでください!」


 騒がしい。


 でも――。

 どこか、安心する。


 昨日まで背負っていたものが、少しだけ軽くなる感覚。


(……ああ、やっぱり。

 一人じゃないっていうのは、こういうことなんだな)


 だが。

 ふと、俺は表情を引き締めた。


「……でも、二人とも」


「ん?」


「話があります」


 空気が少しだけ変わる。

 俺は一歩踏み出し、まっすぐ二人を見る。


「今回の目的、変わりました」


「……どういうことだ?」


 ライナスの眉が寄る。

 ルミエラも、笑みを引っ込めてこちらを見つめている。


 俺は、ゆっくりと言葉を選んだ。


「探すのは、『治癒の巫女』ダメなんです」


「……」


「ノアの助けに必要なのは、『天啓の巫女』と呼ばれる存在です」


 沈黙が落ちた。


 数秒。

 いや、もっと長く感じたかもしれない。


「……天啓?」


 最初に口を開いたのはルミエラだった。


「聞いたことないわ……」


「俺もだな」


 ライナスが腕を組む。


 その反応は予想通りだった。

 俺だって、昨日まで知らなかった名前だ。


 それでも。


「ノアは、治癒の巫女じゃ治せないかもしれないんです」


「なに?」


「正確には……それだけじゃない」


 二人の視線が鋭くなる。


 俺は、あの夜の出来事を思い出しながら続けた。


「ノアは、“呼ばれている”らしいんです」


「呼ばれてる……?」


 ルミエラが眉をひそめる。


「どこに?」


「……分かりません」


 正直に答える。


「でも、その原因は“治癒”じゃ解決できない」


 拳を握る。


「だから、天啓の巫女が必要なんです」


 言い切る。


 根拠は薄い。

 でも、確信はあった。


 エルドリックの言葉。

 あの最期の表情。


 あれが嘘だとは、どうしても思えない。


 沈黙が流れる。

 しばらくして、ライナスが息を吐いた。


「……なるほどな」


 そして、口の端をわずかに上げる。


「相変わらず、とんでもねぇ方向に話が転がるな」


「すみません……」


「謝るな」


 即座に返される。


「で、その天啓の巫女とやらはどこにいる?」


「分かりません」


「だろうな」


 呆れたように笑う。

 だがその目は、真剣だった。


「だからまずは、情報を集めます」


 俺は続ける。


「巫女について一番詳しい人物――。

 アルベリオさんがいる、ロルロ王国へ向かいます」


「アルベリオ……か」


 ルミエラが小さく呟く。


「あいつなら、確かに何か知ってるかもしれないわね」


「だな」


 ライナスも頷いた。

 そして二人は、顔を見合わせる。


 一瞬の間。

 次の瞬間、同時にこちらを見た。


「――行こう」


「――行こうぜ」


 重なる声。

 迷いはなかった。


 俺は、思わず目を見開く。


「いいんですか……?」


「いいも何も」


 ルミエラが肩を竦める。


「ここまで来て、引く理由なんてないでしょ?」


「むしろ面白くなってきたしな」


 ライナスが笑う。


 その言葉に、胸の奥が強く打たれた。


 信じてくれている。

 根拠の薄い話でも。


 それでも――俺を。


「……ありがとうございます」


 自然と、頭が下がった。

 ルミエラが呆れたように笑う。


「そういうの、いいから。さっさと準備しな」


「はい!」


 顔を上げる。


 視界が、はっきりしていた。

 目的地は決まった。


 やるべきことも明確だ。


 俺は強く拳を握りしめた。


 今度こそ。

 絶対に、ノアを助けるんだ。

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