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異世界戦記 ~ここで俺は最強に至る~  作者: かげ2500
第12章 静寂の眠り姫編

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709話 変わらない関係

 王都に戻ってきた頃には、すでに空は完全な闇に覆われていた。


 見上げれば、冷たい月が静かに街を見下ろしている。

 そこに重なるように、無数の灯りが地上に瞬いていた。


 昼間とはまるで別の顔だ。


 通りにはまだ人の流れがあるものの、その質は明らかに変わっている。

 酒場から溢れ出す笑い声、怒号、グラスのぶつかる乾いた音。

 少し奥へ入れば、怪しげな露店がひしめき合い、低い声で取引が交わされている。


 夜の王都――もう一つの世界が、静かに動き出していた。


 俺は馬車を厩へ返し、シノブと別れたあと、ふらりと一軒の酒屋へ足を向けた。

 理由は、はっきりしている。


 ――疲れたときは、酒を飲んで忘れろ。


 そう言って笑っていたルミエラの顔が、ふと脳裏に浮かぶ。


 あのときは、呆れていた。

 こんな風にはならないと思っていた。


 ……なのに、気づけば同じことをしている。


「……はぁ」


 小さく息を吐き、扉を押し開ける。

 むわっとした熱気と、酒の匂いが一気に押し寄せてきた。


 中は騒がしく、活気に満ちている。

 笑う者、怒鳴る者、机に突っ伏す者――誰もがそれぞれの理由で酒をあおっていた。


 俺はカウンター席に腰を下ろすと、店主に声をかける。


「……一番強い酒をください」


 自分でも少し雑な言い方だと思ったが、店主は気にする様子もなく頷いた。


「強いのか? 兄ちゃん潰れるぞ」


「いいんです。あと……何か腹に溜まるものも」


「はいよ」


 やがて出てきた酒は、見ただけで喉が焼けそうな色をしていた。


 グラスを手に取り、ためらいなく口に運ぶ。


 ――熱い。

 喉を焼くような刺激が、一直線に落ちていく。


「……っ」


 思わず顔をしかめるが、それでももう一口。

 身体の奥がじんわりと温かくなっていく。


 そして、同時に思考が少しずつ緩んでいく。


(……色々、ありすぎだろ)


 グラスを見つめながら、ぼんやりと考える。


 死んだはずのエルドリックとの再会。

 魔熱病の真相。

 そして、残された言葉。


 ”――『天啓の巫女』を探せ。”


「……意味分かんねぇよ……」


 ぽつりと零れる。

 さらに、あの言葉。


 魔熱病は病ではない。

 そして――治癒では救えない。


 考えれば考えるほど、頭の中が絡まっていく。

 理解しようとするほど、遠ざかる。


「……なんなんだよ……」


 もう一口、酒を流し込む。

 思考を焼き切るように。


 こんなとき、全部吐き出せる相手がいれば――。


 そう思った瞬間。

 とん、と肩を叩かれた。


「……ん?」


 ゆっくりと振り返る。


 視界が少し揺れている。

 そこに立っていたのは、分厚い鎧を身にまとった三人組だった。


 虎族の男が二人と、猫族の女が一人。

 酒のせいか、顔がぼやけてはっきりしない。


 だが――。

 胸元に刻まれた紋章で分かる。


(……王国の兵団か)


 自然と警戒が走る。


(こんな時間に、こんな場所で何の用だ?)


 すると、一人の虎族の男が俺の肩に手を置いた。


「一人で飲んでいるのか?」


 やけに馴れ馴れしい声。

 苛立ちが先に来た。


「……悪いかぁ?」


 酔いに任せて、ぶっきらぼうに返す。


「ちょっと疲れてるんだ。ほっといてくれ」


 肩の手を払う。


 だが――。

 すぐに、もう一度掴まれた。


 今度はさっきよりも強く。


「おい、ちょっと待――」


「なんなんだよ……!」


 苛立ちが限界に近づく。

 会計を済ませてさっさと出るか――そう思った、そのとき。


「待てよ、カイル!」


 ――名前を呼ばれた。


「……え?」


 反射的に振り返る。


 今度は、しっかりと目を凝らす。

 ぼやけていた輪郭が、徐々に鮮明になっていく。


 金色の短髪。

 ピンと立ったネコ科の耳。

 鍛え上げられた身体。


 そして、その顔。

 見慣れすぎている顔。


「……ライガ……?」


 さらに視線をずらす。


 隣にいる、同じような体格の男。

 そして、気だるげに腕を組んでいる猫族の女。


「……ジャンガに……フィーニャ……?」


 言葉にした瞬間。

 完全に酔いが吹き飛んだ。


「ようやく気付いたか、この酔っ払いが!」


 ライガが豪快に笑いながら、俺の肩をバシバシ叩く。


「大人になったなあ、お前は!」


 ジャンガが呆れたように肩をすくめる。


「久しぶりだね~、カイル」


 フィーニャが細めた目でこちらを見る。


 その声も、記憶のままだった。

 胸の奥が、じわっと熱くなる。


「なんで……皆がここに……」


 思わずそう呟くと、ライガはニヤリと笑った。


「それはこっちの台詞だ」


 ぐっと顔を近づけてくる。


「”死んだはずの勇者様”に似た男が、酒場で一人飲んだくれてるって報告を受けてな?」


 にやにやとした表情。


「確かめに来てやったんだよ」


 その言葉に、思わず苦笑が漏れる。


「……そ、そういえば三人とも兵団に入ったんでしたっけ。

 お、お勤めご苦労様です」


「はっ、言ってろ」


 ライガが豪快に笑う。


 騒がしい空気の中で。

 張り詰めていた何かが、少しだけ緩んだ気がした。


 ――吐き出せる相手。

 その存在が、今ここにいる。


 そう思った瞬間、胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ軽くなった気がした。



 ―――。



 その後、店を移して少し落ち着いた酒場のテーブル席に腰を下ろす。


 先ほどの喧騒とは違い、ここはどこか薄暗く、木の香りと酒の匂いが混ざり合った静かな空間だった。

 壁に掛けられたランプがゆらゆらと揺れ、俺たちの影を不規則に伸ばしている。


 椅子に深く腰掛けた瞬間、どっと疲れが押し寄せた。


(……やっぱり、今日は色々ありすぎた)


「で? 帰って来てたんなら、なんで顔出さねぇんだよ」


 向かいに座るライガが、ジョッキを傾けながら睨んでくる。

 琥珀色の液体が喉を鳴らして流れ込み、空になったジョッキが乱暴にテーブルへ置かれた。


「ごめん……今日中に報告しようとは思ってたんですけど、その……色々あって」


 歯切れの悪い俺の返答に、横からジャンガが鼻で笑う。


「色々、ねぇ……」


 そう呟きながら、ジャンガはぐいっと酒を煽った。

 勢いよく飲み干し、ドンッと音を立ててジョッキを置く。


「お前も変わっちまったなぁ、カイル」


「……」


「昔はさぁ、なんでも俺たちに話してただろ? 

 あんだけ“友達だ”とか言ってたくせによぉ」


 じっとりとした視線が刺さる。

 酔っているのは明らかだが、その言葉には少しだけ棘があった。


 俺は小さく息を吐き、真っ直ぐにジャンガを見る。


「……今も友達ですよ!」


 静かに、はっきりとそう言った。


 一瞬、ジャンガの表情が止まる。

 だが次の瞬間、ライガが横から肩を叩いた。


「おいおい、めんどくせぇ空気にすんなって」


 苦笑しながら、ライガは俺の方に顎をしゃくる。


「こいつ、酔うとこうなんだよ。

 いちいち真に受けんな。適当に流しとけ」


「誰がめんどくせぇだとコラァ!」


「お前だよ」


 即答だった。


 そのやり取りに、思わず小さく笑いが漏れる。


(……ああ、変わってない)


 この空気、この距離感。

 胸の奥に、じんわりと温かいものが広がる。


 そのとき、隣から間延びした声が聞こえた。


「仕方ないよ~」


 フィーニャだった。


 ストローを咥えたまま、オレンジジュースをちゅうちゅうと吸いながら、気だるそうにこちらを見ている。


「カイルも忙しいんでしょ~?」


 くるくるとストローを回しながら、彼女は続けた。


「生きてたって話もさぁ、フェンリから聞いただけだし~。

 カイルがノアちゃん助けるために旅出てるってのも、最近知ったばっかだしね~」


「フィーニャ……」


 少し申し訳なさが胸に刺さる。

 俺が黙っている間にも、みんなはちゃんと俺のことを気にしてくれていたんだ。


「まぁでもさ~」


 フィーニャはストローを口から離し、にへらと笑った。


「こうして帰ってきたんだから、いいじゃん~?」


 その一言は、驚くほどあっさりしていて。

 だけど、妙に救われる言葉だった。


「……ありがとうございます」


 俺は小さく頷く。


 すると、ライガが真剣な表情で呟く。


「で? 肝心の話はどうなんだよ」


「肝心の話?」


「ノアだよ、ノア。

 助ける方法、見つかったのか?」


 その言葉で、空気がわずかに変わる。

 さっきまでの軽い雰囲気が、少しだけ引き締まった。


 ジャンガも、フィーニャも、何も言わずに俺を見る。


(言うしかない……か)


 俺はゆっくりと息を吐いた。


「……まだ、“確実な方法”は見つかってません」


 正直にそう言う。

 だが、すぐに続けた。


「でも、手がかりはあるんです」


「手がかり?」


「“巫女”です」


 三人の眉が同時に動いた。


「最初は、『治癒の巫女』を探すつもりでした。でも――」


 一瞬、エルドリックの最後の姿が脳裏をよぎる。


 崩れ、消えていくあの姿。

 そして――あの言葉。


「……どうやら違うらしいんです」


「は?」


 ライガが眉をひそめる。


 俺はゆっくりと言葉を選んだ。


「ノアは、病気じゃない」


「……なんだと?」


 ジャンガの声が低くなる。

 俺は拳を握りしめる。


「“何かに呼ばれてる”らしい」


 場が静まり返った。

 酒場のざわめきが、やけに遠く感じる。


「だから、必要なのは”治癒”じゃない」


 喉が少し乾く。


 それでも、言葉を続ける。


「――『天啓の巫女』と言う存在が必要らしいんです」


 三人の表情が、一斉に変わった。


「……聞いたことねぇな」


 ライガが腕を組む。


「私も~」


 フィーニャが首を傾げる。


 ジャンガは黙ったまま、じっと俺を見ていた。


「どこにいるかも分からない。でも――」


 俺はゆっくりと顔を上げる。


「探すしかない」


 迷いはなかった。

 むしろ、今までで一番はっきりしている。


 行くべき道が、ようやく見えた気がした。


 ライガが、ふっと息を吐く。


「……相変わらずだな、お前」


「え?」


「無茶ばっか言いやがって」


 そう言いながら、ライガは笑った。


「でもまぁ――」


 ジョッキを持ち上げる。


「そういうとこも俺はキライじゃねぇ」


 ジャンガも、ゆっくりと酒を持ち上げる。


「どうせ止めても行くんだろ」


「……はい」


「ならお前の好きにしろ。ただし――」


 ニヤリと笑う。


「死ぬなよ、カイル」


 フィーニャもジュースを掲げた。


「ノアちゃん、ちゃんと救ってきなよ~?」


 三つのグラスが、俺の前に差し出される。


 胸の奥が、じんと熱くなった。

 俺は自分のジョッキを持ち上げる。


「……うん」


 そして、小さくぶつけた。


 カン、と乾いた音が響く。

 その音が、妙に心強く感じられた。

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