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異世界戦記 ~ここで俺は最強に至る~  作者: かげ2500
第12章 静寂の眠り姫編

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708話 別の道

 薄く揺らめくその存在は、確かにエルドリックだった。

 だが同時に――もう“彼”ではない。


 輪郭は不安定に歪み、光すらまともに反射しない。

 そこにあるのは肉体ではなく、意思だけが辛うじて形を保っているような、脆い“残滓”。


 それでも、その眼だけは変わらなかった。

 鋭く、深く、すべてを見透かすような眼差し。


「ノアを助ける方法は……知っている」


 その一言に、胸の奥が強く鳴った。

 だが、次に続いた言葉は冷たかった。


「だが、タダでは教えられない」


 静かで、容赦のない響き。


「この世のすべては等価だ。

 答えを得るには、相応の代償を払う必要がある」


 その理は、嫌というほど理解している。

 魔法も、命も、奇跡すらも――何かの上に成り立っている。


 だからこそ、俺は迷わなかった。

 喉が焼けるように乾いているのに、それでも言葉を絞り出す。


「……どんなものでも受けます」


 拳を握りしめる。

 指先が白くなるほど、強く。


「だから、教えてください」


 声が震えていたかもしれない。

 だが、視線だけは逸らさなかった。


 エルドリックは何も言わなかった。

 ただ静かに、俺を見つめている。


 その時間が、やけに長く感じられた。


 やがて――。

 彼はゆっくりと目を閉じた。


 その動きは、どこか疲れ果てた人間のようだった。


 深く、長い呼吸。

 この場に肺など存在しないはずなのに、それでも確かに“呼吸した”と分かるほどの間。


 そして――。

 再び目が開かれる。


 その瞬間、空気が張り詰めた。

 先ほどまでの儚さが、ほんの一瞬だけ消える。


 かつて俺が知っていた、あの圧倒的な魔法使いの気配が、わずかに戻った気がした。


 その視線が、まっすぐに俺を射抜く。


「――答えは教えられない」


「……え?」


 間の抜けた声が漏れる。

 理解が追いつかない。


 だがエルドリックは、淡々と続けた。


「今の私に“答え”を渡す資格はない」


 その言葉には、微かな苦味が混じっていた。


「私はすでに世界の理から外れた存在だ。

 そんなものが直接“解”を与えることは、許されない」


 揺らぐ身体が、わずかに歪む。

 まるで、その発言自体が負荷になっているかのように。


「だが――」


 そこで一度、言葉を区切る。

 視線が、より深く、重くなる。


「ヒントを与えよう」


 心臓が跳ねた。


「ヒント……?」


 思わず聞き返す。


 エルドリックは小さく頷いた。


「それが限界だ。

 それ以上は、私という存在が“消える”」


 冗談ではないと、すぐに分かった。

 彼の輪郭はすでに不安定で、今にも崩れそうだった。


 それでも――。

 彼は、続ける。


「よく聞け、少年」


 低く、重い声。


「“魔熱病”……あれは病ではない」


 空気が、一瞬で変わる。

 背筋に冷たいものが走った。


「え……?」


 思考が止まる。

 エルドリックは構わず言葉を重ねた。


「あれは“暴走”でも、“異常”でもない」


 一歩、俺に近づく。

 いや、正確には“距離が縮まったように見えた”。


「――“呼ばれている”のだ」


 理解できない言葉。

 だが、なぜか本能がそれを拒絶した。


「誰に……?」


 震える声で問う。


 エルドリックは、わずかに目を細めた。


「それを見極めるのが、君の役目だ」


 突き放すような言い方。

 だが、その奥に何かを託すような響きがあった。


「ヒントはもう一つだ」


 空気が、さらに重くなる。


「“治癒”では救えない」


 その言葉は、鋭く胸に突き刺さった。


「……っ」


 息が詰まる。

 今まさに目指そうとしている“治癒の巫女”。


 その前提を、真っ向から否定する言葉。


「巫女は確かに”鍵”だ。

 だが、それは“癒す者”ではない」


 エルドリックの声が、わずかに掠れる。


「彼、彼女らは“均衡を戻す者”だ」


 その言葉を最後に――。

 彼の輪郭が、大きく揺らいだ。


「時間だ……」


 空間がひび割れるように歪む。


「これ以上は……持たん」


「待ってください!」


 思わず叫ぶ。


 まだ聞きたいことがある。

 まだ、話さなければならないことが――。


 だが、エルドリックはわずかに笑った。


 それは、あのときと同じ。

 どこか諦めたようで――それでも、確かな満足を滲ませた笑みだった。


「カイル」


 名を呼ばれる。

 その声音は、これまでのどの瞬間よりも静かで、重く、そして――はっきりとしていた。


 一瞬、時間が止まったような感覚に陥る。


 エルドリックの輪郭が、崩れかけている。

 今にも消えそうなその存在が、それでも最後の力を振り絞るように、俺を見据えていた。


「――『天啓の巫女』を探せ」


 その言葉は、短く――だが、決定的だった。

 まるで世界の核心に触れるような重みを帯びて、胸の奥に突き刺さる。


 問い返す暇も、考える余地も与えられない。


 次の瞬間――。

 エルドリックの身体が、音もなく崩れた。


 輪郭がほどけ、形が解け、光の粒子へと変わっていく。

 指の隙間から零れ落ちる砂のように、抗うこともなく、静かに、確実に。


「――っ、待って……!」


 反射的に手を伸ばす。


 だが、触れた感触は何もない。

 ただ、空気がわずかに揺れただけだった。


 粒子はやがて風に溶けるように消え――。

 そこには、何も残らなかった。


 完全な、静寂。

 さっきまで“誰か”がいたはずの空間は、嘘のように空虚だった。


「……呼ばれている、って……」


 ぽつりと、声が漏れる。

 頭の中で、先ほどの言葉が何度も反芻される。


 ノアは、病気じゃない。

 “何か”に呼ばれている。


 そして――。

 治癒では、救えない。


 胸の奥に、じわじわと広がる不安。

 理解が追いつかないまま、ただ嫌な予感だけが膨らんでいく。


 だが――。

 それでも。


 立ち止まる理由にはならない。

 ゆっくりと、拳を握る。


 指先に力がこもる。


「……絶対に、助ける」


 小さく、しかし確かに呟いた。

 その決意だけは、何があっても揺るがない。


 たとえこの先に、どんな真実が待っていようとも。



 ―――。



 エルドリックの残滓が完全に消えたあと――。

 あの家に満ちていた、言いようのない“違和感”も、嘘のように霧散していた。


 さっきまで確かにあったはずの気配は、跡形もなく消えている。

 魔力の流れも、空気の重さも、すべてが元通りだった。


 ただ一つ残ったのは、胸の奥に沈んだままの言葉だけ。


 ”――『天啓の巫女』を探せ。”


 俺とシノブは無言のまま家を出て、村の道を歩いていた。


 西に傾いた陽が、長い影を地面に引き延ばす。

 さっきまで懐かしさを感じていたはずの景色が、今は妙に遠く感じられた。


 やがて、村外れに停めていた馬車が見えてくる。


 その少し手前で――。


「……どう取る」


 不意に、シノブが口を開いた。

 足は止めないまま、低い声で続ける。


「奴のあの言葉だ。あれをどう解釈する」


 視線は前を向いたまま。

 だが、その問いはまっすぐ俺に向けられていた。


 俺は少しだけ息を吐き、空を見上げる。

 夕焼けに染まりかけた空が、やけに広く感じた。


「……正直、信じられない気持ちもあります」


 素直に、そう答えた。


 当然だ。

 死んだはずの人間が、あんな形で現れて、意味深な言葉だけ残して消えるなんて。


 現実味がなさすぎる。


 それでも――。


「でも」


 一度言葉を切り、ゆっくりと続ける。


「死んだあとで、あんな形で俺たちの前に現れたんです。

 何の意味もないなんて……思えない」


 足元の土を踏みしめる感触が、やけに重い。


「理由があるはずです。あの人が、わざわざあそこに“残った”理由が」


 シノブは何も言わない。

 ただ、耳を傾けているのが分かる。


 だから、俺は続けた。


「探すべきは……治癒の巫女じゃない」


 自然と、言葉に力がこもる。


「天啓の巫女――聞いたこともない存在です」


 どこにいるのかも分からない。

 存在する保証すらない。


 それでも。


「……でも、あの言葉は嘘じゃないと思うんです」


 自分でも不思議なくらい、迷いはなかった。


 シノブがちらりとこちらを見る。


「根拠は?」


 短い問い。

 俺は少しだけ考えて――首を横に振った。


「分かりません」


 正直に、そう答える。


「理屈じゃないんです」


 胸の奥に手を当てるような感覚。


「エルドリックさんの覚悟を、俺はこの目で見たからかもしれないし……」


 あの戦い。

 あの決断。

 あの、すべてを捨てるような選択。


「それとも……ただ、かつての師だったからかもしれない」


 苦く、少しだけ寂しい感情が混ざる。


 俺は小さく息を吐いた。


「理由は分かりません。でも――」


 視線を前へ戻す。

 馬車がすぐそこにある。


「信じてみたいって、思うんです」


 その一言に、嘘はなかった。


 しばらくの沈黙。

 やがてシノブが、ふっと鼻で笑った。


「……甘いな」


 いつもの毒舌。

 だが、その声音はどこか軽かった。


「だが、嫌いではない」


 ぼそりと付け加えられたその言葉に、思わず少しだけ肩の力が抜ける。


「貴様のその根拠のない確信が、これまで状況をこじ開けてきたのも事実だ」


 シノブは馬車へと歩み寄りながら言う。


「ならば今回も、それに賭けてみる価値はあるだろう」


 その言葉に、俺は小さく頷いた。


 迷いは、まだ消えていない。

 不安も、むしろ増えている。


 それでも――。

 進むべき道は、はっきりした。


「行きましょう」


 手綱に手をかけながら、呟く。


「“天啓の巫女”を探しに」


 夕焼けの中、馬車がゆっくりと動き出す。


 その先に待つものが何なのか、まだ分からない。


 だが俺は――。

 その未知へ、迷わず踏み出した。

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