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異世界戦記 ~ここで俺は最強に至る~  作者: かげ2500
第12章 静寂の眠り姫編

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706話 前に進む

 馬車に揺られ、数時間。

 カーヴァインの喧騒を離れた俺たちは、ノワラの外れにある小さな村へと辿り着いていた。


 王都周辺と比べれば、随分と静かな場所だ。


 石造りの家々がぽつぽつと並び、畑では農民たちが朝から土を耕している。

 遠くでは子どもたちの笑い声が聞こえ、のどかな風景が広がっていた。


 だが――。

 そんな村の景色の中で、一つだけ異様なほど目立つ建物がある。


「相変わらずデカいな……」


 思わず呟いた。


 村の奥。

 広い敷地を堂々と占領するように建てられた巨大な屋敷。


 白い外壁。

 丁寧に整えられた庭園。

 風に揺れる色鮮やかな花々。

 そして、綺麗に刈り揃えられた雑木。


 小さな村にはあまりにも不釣り合いな、典型的な“貴族の屋敷”だった。


 カリーナの実家。

 フォークナー家だ。


 門の前には、今日も二人の警備兵が立っている。


 鎧姿のまま直立するその姿は相変わらず真面目そうだったが、俺の顔を見ると、片方が「あ」と小さく声を漏らした。


 その時だった。

 隣を歩いていたシノブが、ふと口を開く。


「……ワタシが一緒に行くと、また妙な勘違いをされるのではないか?」


「え?」


 思わず振り返る。


 シノブは腕を組みながら、少しだけ面倒臭そうな顔をしていた。


「昨日も変な空気になっていただろう」


「あぁ……」


 母さんとルミエラのことを思い出し、俺は苦笑する。

 確かにあれは酷かった。


「でも、カリーナはそんな勘違いしないと思いますよ? 

 別にやましいこともないですし」


「……」


「普通に入れば――」


「いや、ワタシはここで待っている」


 シノブは即答だった。


「話が長引くもの好かん。適当に時間を潰している」


 その言葉に、俺は少しだけ目を丸くする。


 シノブなりに気を遣ってくれているのだろうか。

 普段の彼女なら「知るか」で済ませそうなものなのに。


「……ありがとうございます」


 俺がそう言うと、シノブはふいっと顔を逸らした。


「礼を言われる筋合いはない」


 相変わらず素直じゃない。

 でも、少しだけ優しい。


 俺は小さく笑いながら頷き、門へ向かって歩き出した。

 すると、警備兵の一人が目を見開く。


「おぉ、カイル様!」


「久しぶりです」


 声を掛けると、二人はすぐに門を開けてくれた。


 もう長い付き合いだ。

 俺がまだこの村に住んでいた頃から、何度も顔を合わせている。


 当然、俺が勇者であることも知っている。


 そして――。

 俺とカリーナの関係も。


 ……まあ、隠していたわけじゃないから、当然と言えば当然なんだけど。


 なんとなく気恥ずかしい。


「今日はカリーナ様に御用で?」


 警備兵の一人――ダンが、にやにやしながら聞いてくる。


「まぁ、そんな感じです」


 俺は曖昧に笑った。

 本当の目的をここで話す気にはなれなかった。


 エルドリックのことを。

 まだ、口にしたくなかった。


「ほぉ〜」


 ダンは完全に勘違いしている顔だった。


 やめてほしい。

 だが、否定すればするほど面倒になるのは経験上知っている。


 俺は諦めて、そのまま屋敷へと向かった。


 広い庭園を抜け、巨大な玄関扉の前へ到着する。

 ダンが先に扉を開け、中にいたメイドへ声を掛けた。


「客人だ」


「承知しました」


 メイドが深々と頭を下げる。


 ダンもこちらを向き直り礼をした。


「私はここまでですので」


「ありがとうございます」


 俺も頭を下げる。


 そのまま屋敷の中へ足を踏み入れた。


 懐かしい香りがした。


 磨かれた床。

 高い天井。

 静かな廊下。


 昔、何度も通った場所だ。


「カイル殿?」


 不意に、低い声が聞こえた。


 振り向くと、そこに立っていたのは大柄な男だった。


 短く整えられた黒髪。

 鋭い目つき。

 立派な口髭。


 カリーナの父――フォークナー侯爵だ。


「あ……ご無沙汰してます」


 俺が頭を下げると、侯爵は腕を組みながらじろりと俺を見る。


 その視線に、俺は少しだけ身構えた。

 以前、カリーナから聞いていたからだ。


 貴族との婚約破棄の件で、かなり怒っていたと。

 だから正直、怒鳴られる覚悟くらいはしていた。


 しかし――。


「君のせいで高位貴族との結婚式は散々だったぞ」


「……っ」


 やっぱり怒られるかもと、俺は反射的に頭を下げた。


「す、すみません……!」


 すると次の瞬間。


「はっはっは!!」


 豪快な笑い声が屋敷中に響いた。


「実は私もあの連中は大嫌いだったのだ!」


「……え?」


 思わず顔を上げる。

 侯爵は腹を抱えて笑っていた。


「娘を政治の道具としか見ておらん連中だ! 

 むしろよくやった!」


「えぇ……」


 想像と違いすぎる。


「君が許すなら、今すぐにでも式を挙げるぞ!」


「なんでそんな話になるんですか!?」


 俺が慌てて叫ぶと、侯爵は満足そうに頷いた。


「うむ、元気そうで安心した」


 いや会話が成立してない。


 でも――。

 少しだけ安心した。


 カリーナから聞いていた印象とは違う。

 もっと厳格で怖い人かと思っていたが、案外面白い人なのかもしれない。


「カリーナなら部屋にいるはずだ。行ってやれ」


「……はい」


 俺は軽く頭を下げ、階段へ向かった。


 一段、一段。

 ゆっくりと足を進める。


 そして、見慣れた廊下へ辿り着いた。


 突き当たり。

 木製の扉。


 カリーナの部屋だ。


 俺はその前で立ち止まり、静かに息を吐いた。

 エルドリックのことを、伝えなければならない。


 胸の奥が、少しだけ重かった。


 もう一度、深く息を吸う。

 胸の奥に溜まった重たいものを、無理やり押し込むように。


 ――伝えなければならない。

 そう思いながら、俺はゆっくりと手を上げた。


 カリーナの部屋の扉。

 何度も叩いたことのある、その木製の扉に指先が触れたそのとき――。


「もうムリぃい!!」


「!?」


 次の瞬間だった。

 内側から、叫び声とともに扉が勢いよく開かれる。


 避ける間もなかった。


「ぐぁっ!?」


 鈍い音とともに、顔面に直撃。

 視界が一瞬真っ白に弾け、俺はそのまま後ろに吹き飛ばされるように尻もちをついた。


「な、何が……っ」


 鼻を押さえながら顔を上げる。

 じんじんとした痛みが脳に響く。

 涙が滲む。


 そのぼやけた視界の中で――。


「え!? カイル!?」


 聞き慣れた声が響いた。

 顔を上げる。


 そこには、目を丸くしたまま固まっているカリーナが立っていた。

 淡い金髪が揺れ、驚きで大きく見開かれた瞳が俺を捉えている。


「カ、カリーナ……」


 俺は鼻を押さえたまま、なんとか声を絞り出した。


「なんでカイルがここに!?」


「いや……それは……」


 涙目で答えようとすると、カリーナはハッとしたように慌ててしゃがみ込んだ。


「だ、大丈夫!? ご、ごめん! 

 まさか外にいるなんて思わなくて……!」


「いや……俺もノックする前だったから……」


 痛い。

 普通に痛い。


 でも、久しぶりに見るカリーナの顔に、どこか安心している自分もいた。


「それで……なんでここに?」


「旅が終わって、一旦帰ってきたんだ」


 俺がそう言うと、カリーナの表情がぱっと明るくなる。


「じゃあ――ノアを助ける方法、見つけたのね!?」


 期待に満ちたその声に、俺は一瞬だけ言葉に詰まる。


「……そのことについて、色々話がある」


 少しだけ視線を逸らしながら続けた。


「とりあえず、今時間あるか?」


 すると、その問いに答えたのはカリーナではなかった。


「構いませんよ。しかし、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


 部屋の奥から、落ち着いた女性の声がする。

 視線を向けると、そこにはメイドのルナが立っていた。


 相変わらず隙のない所作で、静かにこちらを見ている。


「はい、大丈夫です」


 俺が頷くと、ふと疑問が浮かぶ。


「……何かしてたのか?」


 その問いに、カリーナが一瞬だけビクッと肩を震わせた。


「え、えっと、それは……」


 明らかに挙動が怪しい。

 視線を泳がせ、何かを隠そうとしているのが丸わかりだった。


 だが、その沈黙をあっさりと破ったのはルナだった。


「カリーナ様は、カイル様と添い遂げた時のために花嫁修業を行っているのです」


「花嫁って……え!?」


 思わず大声が出た。

 さっきまで感じていた鼻の痛みが一瞬で吹き飛ぶ。


「ちょ、ちょっとルナ! なんで言っちゃうのよ!?」


 カリーナの顔が一気に真っ赤に染まる。

 耳まで真っ赤だ。


「未来の殿方に隠し事はいけませんよ」


 ルナは涼しい顔で言い切った。


「そういう問題じゃ――!

 と、とにかく! 一回部屋片付けるから! ちょっと待ってて!」


 カリーナは半ば叫ぶように言い、俺を廊下に押し出す。

 そしてそのまま勢いよく扉を閉めた。


「……」


 静寂。

 廊下に取り残された俺は、しばらく呆然と立ち尽くしていた。


「……花嫁修業って何してたんだ?」


 変な想像が頭をよぎり、俺はぶんぶんと首を振った。


(いや、考えるな。今は余計なことは考えるな)



 ―――。



 数分後。

 扉がゆっくりと開く。


「……入っていいわよ」


 少しだけ落ち着いた様子のカリーナが、顔を覗かせた。

 頬はまだほんのり赤い。


「お邪魔します」


 俺はそう言って部屋に入った。

 中は綺麗に整えられている。


 さっきまで何をしていたのかは、もう分からない。

 近くのソファに案内され、俺は腰を下ろした。


 すぐにルナが紅茶を差し出してくる。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 温かい湯気が立ち上る。

 ほっとする香りだ。


「それでは、私はこれで」


 ルナが一礼し、部屋を出ようとする。


「ま、待ってルナ! 一人にしないで!」


 カリーナが慌てて呼び止める。

 だがルナは微笑むだけだった。


「ごゆっくり」


 その一言を残し、静かに扉を閉める。


 完全に二人きりになった。


「……」


「……」


 気まずい。

 さっきのルナの発言のせいで、妙な空気が流れている。

 紅茶を持つ手が、ほんの少しだけ落ち着かない。


 だが――。

 そんなことを思っている場合じゃない。


 俺はカップを置き、カリーナを真っ直ぐ見た。


「それで、ノアのことなんだけど……」


 静かに切り出す。

 カリーナも姿勢を正し、真剣な顔になる。


 俺はゆっくりと言葉を紡いだ。


 旅のこと。

 エルドリックに会えたこと。

 だが、そこにノアを助ける直接の方法はなかったこと。


 そして――。

 治癒の巫女なら、ノアを救えるかもしれないこと。


 一つ一つ、丁寧に。

 隠すことなく、すべてを話した。


「……そう」


 話を聞き終えたカリーナは、小さく俯いた。

 長い髪が揺れ、表情が影に隠れる。


「……やっぱり、簡単にはいかないわよね」


 その声は、少しだけ寂しそうだった。

 だがすぐに、彼女は顔を上げる。

 無理やりでも笑顔を作るように。


「でも……助ける手立てはあるんでしょ?」


「……うん」


 俺はしっかりと頷いた。

 その一言に、カリーナは小さく笑う。


「なら、まだ希望はあるわね!」


 その強さに、胸が少しだけ軽くなる。


 けれど――。

 俺の中には、もう一つ残っている言葉があった。


 重くて、苦しくて。

 口にするのを躊躇ってしまう言葉。


「……」


 少しだけ、沈黙が落ちる。

 カリーナが不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの?」


「……もう一つ、話さないといけないことがあるんだ」


 喉が渇く。

 でも、逃げない。


 俺はゆっくりと息を吸い、そして――。


「エルドリックさんのことだ」


 そう、告げた。


 紅茶の表面に揺れる光が、かすかに震えていた。


 窓から差し込む柔らかな日差し。

 穏やかな午後のはずなのに、その場の空気だけが重く沈んでいる。


 向かいに座るカリーナは、カップを持ったまま俺の言葉を待っていた。


 ――言わなければならない。

 分かっている。


 でも、喉がうまく動かなかった。


「……カイル?」


 不安げな声が、静寂を破る。

 俺は息を一つ吐き出し、覚悟を決めた。


「……エルドリックさんは」


 言葉が、ひどく遠い。


「――死んだ」


 その一言は、あまりにもあっけなく、あまりにも重く、部屋の中に落ちた。


「…………え」


 カリーナの手が、かすかに震える。

 カップの中の紅茶が波紋を広げた。


「エルドリック様が……死ん……え……?」


 視線が定まっていない。

 理解が、追いついていないのが分かる。


 当然だ。


 彼女にとって、エルドリックはただの師じゃない。

 幼い頃、自分を認めてくれた、たった一人の理解者だったはずだ。


「……なんで」


 やっと絞り出された声は、か細かった。


「どうして……亡くなったの?」


 その問いに、俺は言葉を選ぶ。


 あの“女”のことは話さない。

 あれは――あまりにも異質すぎる。


 今ここで語るべきじゃない。


「……エルドリックさんは」


 ゆっくりと、慎重に。


「ある目的のために……禁じられた魔法を使おうとしたんだ」


 カリーナの瞳が揺れる。


「その代償として……多くの人の命が必要になる魔法だった」


「……っ」


「止めたんだ。俺が……。

 止めるしかなかったんだ」


 静かに続ける。


「……引けなかった。戦いは避けられなかった」


 あの時の光景が脳裏に蘇る。

 狂気と、覚悟と、愛が混ざり合ったあの目。


「だから……戦って」


 拳を、膝の上で握る。


「……結果として、俺が……」


 言い切ることはできなかった。

 だが、それで十分だった。


「――どうして!?」


 カリーナが立ち上がる。

 椅子が大きな音を立てた。


「なんで……! なんでそんなことに……!」


 その声は怒りと悲しみが入り混じっていた。


「もっと他に方法があったんじゃ――」


 言いかけて、止まる。

 俺の顔を見たからだろう。


 傷は癒えていても、戦いの跡は残っている。

 疲労も、後悔も、全部。


「……っ」


 カリーナは唇を噛み、視線を落とした。


「……ごめん」


 小さな声だった。


「カイルも……辛かったよね……」


 その言葉に、胸がわずかに締め付けられる。


「……」


 俺は首を横に振った。


「エルドリックさんは……最後まで覚悟を決めてた」


 静かに、はっきりと。


「俺なんかじゃ届かないくらいの覚悟を」


 それは事実だった。

 あの人は、自分の行いの意味も、罪も、全部理解した上で進んでいた。


 止まれなかっただけだ。


「……そっか」


 カリーナの肩が小さく震える。

 ぽたり、と涙が落ちた。


 それでも彼女は声を上げなかった。

 ただ、押し殺すように泣いていた。


 俺はゆっくりと立ち上がり、彼女の隣へ移動する。

 そして、そっと肩に手を置いた。


「……エルドリックさんはもういない」


 言葉にするのは、やっぱり苦しかった。


「でも……あの人が残してくれたものはある」


 カリーナがわずかに顔を上げる。


「ノアを助ける方法」


「……」


「まだ、可能性はある」


 俺ははっきりと言った。


「それも……あの人のおかげだ」


 しばらくの沈黙。

 やがてカリーナは、涙を拭った。


「……当然よ」


 少しだけ、笑う。

 弱々しいけど、確かな笑みだった。


「あの人は……すごいもん」


 その言葉には、誇りが混じっていた。


 師としての。

 大切な人としての。


 しばらくして、カリーナは再び席に座り直した。

 紅茶はもうぬるくなっているはずなのに、彼女はそれをゆっくりと口に運ぶ。


 震えは、もうなかった。


 完全に立ち直ったわけじゃない。

 でも、前を向こうとしているのが分かる。


 その横顔を見ながら、俺は小さく息を吐いた。


 ――これでいい。

 全部を話す必要はない。


 あの異質な存在のことも。

 エルドリックの最期の、本当の意味も。


 カリーナは知らなくていい。


 背負う必要のないものまで、背負わせるわけにはいかない。

 静かな午後の光が、二人を包み込む。


 その中で、俺はただ――。

 前に進むことだけを考えていた。

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