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異世界戦記 ~ここで俺は最強に至る~  作者: かげ2500
第12章 静寂の眠り姫編

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705話 向かうべき場所

 東方に存在する宗教国家――セラフィア聖国。


 そのどこかに、“治癒の巫女”がいるかもしれない。

 そして、その巫女は人を拒絶する聖域に住んでいる可能性が高い。


 目的は決まった。

 俺が次に向かう場所は――セラフィア聖国。


 その地に存在すると言われる“聖域”を探し出す。

 ノアを救うために。


 俺は静かに拳を握り締めた。


「……俺はそろそろ行きます」


 そう呟くと、俺は踵を返す。


 今すぐ準備を始めなければならない。

 セラフィア聖国まではかなり距離がある。


 しかも途中には広大な砂漠地帯まで存在するらしい。

 準備不足で突っ込めば、今度こそ本当に死んでしまうかもしれない。


 だが、部屋を出ようとしたその時だった。


「――待って」


 ルミエラの声が飛んできた。


 俺は振り返る。

 ルミエラはジト目で、俺の後ろに立っていたシノブを見ていた。


「……ずっと気になってたんだけどさぁ。その女、誰?」


「え?」


 俺は間抜けな声を漏らす。


 シノブは相変わらず腕を組み、壁に寄りかかっていた。

 黒布で口元を隠したまま、無表情でこちらを見ている。


「あぁ、シノブさんです。旅先で出会った――」


「旅先で出会った?」


 ルミエラの目が細くなる。


 嫌な予感がした。


「心強い協力者で――」


「へぇぇぇ?」


 ルミエラの声の温度が下がる。


(……なんだこの圧)


「……カイル君さぁ」


「は、はい」


「なんでカリーナちゃんっていう子がいながら。

 あんたは行く先々で女の子と仲良くなってるの?」


「はっ!?」


(何を言い出すんだコイツ!?)


 俺が慌てて否定しようとすると、ライナスまで何とも言えない顔をしていた。


「カイル……お前……」


「兄さんまで!?

 いや待ってください! 本当に違いますから!?」


「じゃあその人は何なのさ!」


 ルミエラがびしっとシノブを指差す。

 シノブは一瞬だけ面倒臭そうに目を細め――。


「ワタシに借金をしているだけだ」


 とだけ答えた。


「…………」


 沈黙。


 次の瞬間。


「借金だって!?」


 ルミエラが叫んだ。


「な、何やってんのあんた!? 

 しかもそんな綺麗な女相手に借金!?」


「違いますって!!」


「カイル……最低だな……」


「だから違うって兄さん!!」


 俺は慌てて説明を始める。


「これは旅の協力費というか、謝礼というか――!」


「つまり金で繋がった関係ってことね!?」


「言い方!!」


 ルミエラは頭を抱えていた。


「カリーナちゃん可哀想……」


「何も起きてませんからね!?」


「起きる予定はあるのか?」


 ライナスが真顔で聞いてくる。


「ないです!!」


 シノブはそんな騒ぎを他人事のように眺めながら、小さく呟いた。


「騒がしい連中だな……」


「あなたの説明不足のせいですよ!?」


 俺が叫ぶと、シノブはふいっと顔を逸らした。


「余計な会話は好かん」


「そのせいで余計面倒なことになってるんですけど!?」


 結局、その後もしばらく誤解を解く羽目になった。



 ―――。



「……つまり、本当に何もないんだね?」


「ありません! 断じてないです!」


 ようやく納得したらしいルミエラが、疑いの目を残しながらも溜息を吐いた。


「はぁ……まぁいいや」


 そう言って彼女は指を突きつけてくる。


「でも次に旅立つ時は、ちゃんと声をかけなよ!」


「わ、分かりました」


「絶対だからね?」


 俺は苦笑しながら頷いた。

 そうして、俺たちはようやく研究棟を出ることができた。


 王城の廊下を歩きながら、俺は横目でシノブを見る。


「シノブさん、さっきの言い方もう少しどうにかなりませんでした?」


「何がだ」


「借金とか言うから誤解されるんですよ……」


「事実だろう」


「そうですけど!」


 俺が抗議すると、シノブは面倒臭そうにそっぽを向く。


「知るか。余計な会話はキライだ」


「だからその結果余計に面倒になるんですって……」


 完全に直す気はないらしい。


 俺は深々と溜息を吐いた。

 だが、その溜息の奥には僅かな安心もあった。


 次の目的地が決まった。

 やるべきことも見えた。


 立ち止まっている暇はない。


 俺はセラフィア聖国へ向かう準備を始めるため、シノブと共に王城を後にした。


 目的地は東方。

 広大な砂漠地帯の先にある宗教国家。


 その言葉を思い浮かべた瞬間――嫌な記憶が脳裏を過った。


 灼熱。

 乾いた喉。

 果ての見えない砂の海。


 馬車もなく、延々と砂漠を歩き続けたあの日。

 途中で水が尽き、意識を失いかけた記憶。


「……二度と御免だな」


 思わず呟く。


「?」


「いや、なんでもないです」


 シノブが怪訝そうにこちらを見たが、俺は誤魔化した。


 今度はあんな無様な旅にはしない。

 絶対に。


 砂漠を越えるなら、水、保存食、暑さ対策――入念な準備が必要だ。

 俺たちは街へ向かい、旅に必要な物資をいくつも買い込んだ。


 水袋。

 乾燥肉。

 携帯用の布テント。

 方位磁石代わりになる魔具。

 砂避けの外套。


 買い物袋が増える度に、旅の現実感が強くなっていく。


 そして日が傾き始めた頃。

 俺は一度、実家へ戻ることにした。


 シノブは、ルミエラと同じ宿に泊まることにしたらしい。


「一泊くらいなら俺の家でも――」


 そう提案したのだが、シノブは即座に首を横に振った。


「遠慮しておく」


「そうですか?」


「貴様の母親がまた妙な勘違いを始めそうだからな」


「……そうですね」


 俺は苦笑するしかなかった。


 あの様子だと、シノブを家に連れて帰った瞬間、母さんの中で何かが確定してしまいそうだ。

 ルミエラまで加われば、もはや収拾がつかない。


「では、明日の朝にまた合流だ」


「分かりました」


 短く言葉を交わし、俺とシノブは街角で別れた。

 夕暮れのカーヴァインは、昼間よりも少し落ち着いた空気に包まれていた。


 露店から漂う香ばしい匂い。

 酒場から漏れる笑い声。

 石畳を歩く人々のざわめき。


 それらを横目に見ながら、俺は家路を辿る。


 懐かしい。

 ほんの少し前まで、ここが自分の日常だったはずなのに。


 今では随分遠い場所に感じた。

 家に帰ると、すでに父さんが戻ってきていた。


「おぉ、カイル」


 父さんは椅子から立ち上がり、俺を見る。

 母さんから帰還の話は聞いていたらしく、驚きは少なかった。


 だが。

 俺の姿を見た瞬間、その表情が少しだけ曇る。


「……随分、酷い格好だな」


 視線が、俺の衣服へ向けられる。

 砂や血で汚れ、ところどころ裂けた服。

 包帯越しにも分かる傷跡。


 旅の過酷さを隠し切れる姿ではなかった。


「大丈夫か?」


 父さんの低い声には、隠しきれない心配が滲んでいた。

 俺は少しだけ笑う。


「大丈夫です。ちゃんと帰って来れましたから」


「……そうか」


 父さんは静かに頷く。

 そして、それ以上は深く聞かなかった。


 ただ。


「無事でよかった」


 その一言だけを、ゆっくりと口にした。

 胸の奥が、少しだけ温かくなる。


 その日の夕食は、久しぶりに家族三人で囲む食卓だった。


 湯気の立つスープ。

 焼き立てのパン。

 肉料理の香ばしい匂い。


 どれも見慣れたもののはずなのに、妙に懐かしい。


 ライナスは、今日は研究棟に泊まり込みらしい。

 ノアの件で、まだ調べることが山ほどあるのだろう。


「また四人でご飯食べたいわねぇ」


 母さんが穏やかに笑う。

 その言葉に、俺は少しだけ視線を落とした。


(――そうだ)


 また皆で笑い合いたい。

 ノアも一緒に。


 でも、そのためには。

 まず、ノアを救わなければならない。


 今はまだ、立ち止まっている場合じゃないんだ。


 ――食事を終えた後、俺は久しぶりに自分の部屋へ戻った。


 扉を開ける。

 そこには、昔と変わらない景色があった。


 机。

 本棚。

 窓際に置かれた古い椅子。


 俺がいなくなってからも、母さんが定期的に掃除をしてくれていたらしい。

 部屋は綺麗に整えられていた。


「……ほんと、母さんらしいな」


 小さく笑みが漏れる。


 俺はベッドへ腰掛け、今日買い揃えた荷物を一つずつ確認し始めた。


 旅用の道具を黙々と鞄へ詰めていく。


 部屋は静かだった。

 窓の外から、街の微かな喧騒だけが聞こえてくる。


 その静寂の中で。

 俺の脳裏には、自然とエルドリックとの戦いが蘇っていた。


 死闘だった。

 本当に。


 一歩間違えれば、死んでいてもおかしくなかった。


 エルドリックの魔法。

 圧倒的な魔力量。

 魔力妨害。


 どれを取っても、今の俺では本来太刀打ちできる相手じゃなかった。


「……勝てたわけじゃない」


 ぽつりと呟く。


 俺は結局、エルドリックを止めきれなかった。

 あの人の覚悟を超えられなかった。


 そして何より――。


 俺が今こうして生きているのは。

 きっと、エルドリックが最後まで本気で俺を殺そうとしていなかったからだ。


 最後の最後まで。

 あの人はどこかで、“止められること”を望んでいた。


 俺に。


「……エルドリックさん」


 静かな部屋で、その名前を呟く。


 胸の奥に残るのは、勝利でも達成感でもなかった。


 悔しさ。

 後悔。


 そして――どうしようもない喪失感だった。



 ―――。



 翌朝。


 夜の冷気がまだ街に残る早朝のカーヴァインは、昼間とはまるで別の街のように静かだった。

 石畳には朝露が薄く光り、遠くではパン屋が窯に火を入れる音が微かに聞こえてくる。


 俺は服の襟を整えながら、自宅の扉を静かに閉めた。


 吐いた息が白い。

 まだ空は薄暗く、東の空がようやく藍色から淡く色づき始めている頃だった。


「……」


 家の外へ出た瞬間、視界の端に黒い影が映る。


 家の壁に背を預けるようにして、一人の女が腕を組んでいた。

 シノブだ。


 いつから待っていたのか。

 微動だにせず立っていた彼女は、俺の気配を感じ取るとゆっくりと閉じていた目を開いた。


 朝焼け前の薄明かりの中、その鋭い瞳だけが妙に印象的だった。


「おはようございます」


 俺が声を掛けると、シノブは短く「あぁ」とだけ返した。


 本当に愛想がない。

 だが、それが彼女らしいとも思う。


「朝早いですね」


 俺が苦笑混じりに言うと、シノブは首を軽く回した。

 ごきり、と骨の鳴る音が響く。


「ベッドや枕はやはり心地悪い。地べたの方が良い」


「えぇ……」


 思わず変な声が漏れた。


 そんな俺を見ても、シノブは特に冗談を言ったつもりもないらしい。

 本気で言っている。


(忍ってみんなそうなのか?)


 そう思いながら、俺は小さく欠伸を漏らした。


 昨日は結局、夜遅くまで旅の準備をしていた。

 荷物をまとめ終えたあとも、なかなか眠れなかった。


 エルドリックのこと。

 ノアのこと。

 そして、“巫女”のこと。


 考えることが多すぎて、頭が休まらなかったのだ。


 すると、シノブがじっと俺の姿を見つめていることに気づく。


「……?」


「随分と軽装だな」


 シノブは眉を寄せながら言った。


「まだ出発しないのか?」


 俺はその言葉に、一瞬だけ視線を伏せた。

 胸の奥に、重い感情が沈む。


「……行く前に、一人だけ会わないといけない人がいるんです」


「ほぅ?」


「カリーナにエルドリックさんのことを、伝えないと」


 シノブの目が細くなる。


「カリーナ? あぁ、貴様の女か」


「言い方! それにまだ違いますから!」


 小さく否定した。

 しかし、シノブはまったく信じていない顔をしている。


 俺はため息を吐きながら続けた。


「カリーナには伝えなくちゃいけないんです。

 彼女が一番エルドリックさんに懐いてましたから」


「……」


 シノブは何も言わなかった。

 ただ、わずかに視線を逸らす。


 その反応に、俺は少しだけ言葉を続けるのを躊躇った。


 エルドリック。

 あの人は、カリーナにとって師だった。


 大切な存在だったはずだ。


 魔法を教え。

 知識を与え。

 導いてくれた人。


 そんな人が、世界を滅ぼしかけた。


 そして――死んだ。


「……なんて言えばいいのか、まだ分かってないんですけどね」


 小さく呟く。

 するとシノブが、ふっと鼻を鳴らした。


「正直に話せばいい」


「……」


「下手に取り繕う方が、後で面倒になる」


 その言葉は妙に現実的で、妙に重かった。

 たぶんシノブは、これまでそういう場面を何度も見てきたんだろう。


 隠し事。

 嘘。

 言い訳。


 そういうものが、どれほど人間関係を壊すかを。


 俺は少しだけ笑った。


「……そうですね」


 誤魔化すべきじゃない。

 ちゃんと伝えよう。


 エルドリックが最後まで何を想っていたのかも。

 俺が止められなかったことも。


 全部。


 朝の冷たい風が吹き抜ける。


 俺はゆっくりと顔を上げた。


「行きましょう」


「あぁ」


 短く答え、シノブが歩き出す。

 俺もその隣に並んだ。


 向かう先は――カリーナの家だ。

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