表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界戦記 ~ここで俺は最強に至る~  作者: かげ2500
第12章 静寂の眠り姫編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

721/736

703話 安堵の帰還

 馬車の車輪が、乾いた土道をゴトゴトと鳴らしていた。

 窓の外には、夕暮れに染まり始めた草原が広がっている。


 空は赤く。

 流れる雲はゆっくりで。

 まるで数日前までの死闘が嘘だったかのように、世界は穏やかだった。


「…………」


 俺は荷台の壁にもたれながら、小さく息を吐く。


 身体の傷はまだ完全には治っていない。

 エルドリックとの戦いで負った火傷。

 無茶な魔力使用による倦怠感。


 あの異世界で起きた出来事は、まだ身体の奥に重く残っていた。


 だが、それでも。

 俺たちは生きて帰ってきた。


 それだけは間違いない。


 向かう先はノワラ。

 一度体勢を立て直し、そして次は――巫女を探す。


 ノアを目覚めさせるために。


「……なぁ、カイル」


 向かい側で腕を組んでいたシノブが、不意に口を開いた。


 いつもの低い声。

 だが今は、どこか棘が少ない。


「なんですか?」


「ノアと言ったか」


 その名を聞いた瞬間、俺は少しだけ顔を上げた。

 シノブは窓の外を見たまま続ける。


「貴様……その女を助けるために、随分無茶をするな」


「……まぁ」


「そこまでするほど大事な奴なのか?」


 真っ直ぐな問いだった。

 探るような口調ではない。

 純粋な疑問。


 だから俺も、変に誤魔化さず答えた。


「大事ですよ」


 即答だった。

 自分でも驚くほど、迷いがなかった。


「ノアは……俺の一番の友達です」


「友、か」


 シノブが小さく復唱する。


 俺は少しだけ笑いながら、荷台の天井を見上げた。


「カーヴァインに来たばかりの頃、俺って本当に世間知らずだったんですよ」


「今も大概だろう」


「否定できないのが嫌ですけど……」


 思わず苦笑が漏れる。

 シノブの口元も、ほんの少しだけ緩んだ気がした。


 馬車が揺れる。

 夕陽が荷台へ差し込み、俺たちの影を長く伸ばしていた。


「でも、本当に何も知らなかったんです。

 街のことも、人付き合いも、学園生活も」


 思い返せば、めちゃくちゃだった。

 前世の知識はあっても、この世界の常識は何一つ分からなかった。


 人との距離感も。

 空気の読み方も。


 全部。


「そんな時、最初に仲良くなってくれたのがノアでした」


 脳裏に浮かぶ。


 茶色のショートカット。

 よく笑う顔。

 距離感がおかしいくらい近くて、でも不思議と嫌じゃなかった。


「俺が困ってたら放っておかないし、変なことしてたら笑いながら止めてくれるし……」


「保護者みたいだな」


「ちょっと分かるかもしれません」


 俺は小さく笑う。


「ノアのおかげでフェンリたちとも仲良くなれたんです。

 もしノアがいなかったら、多分今みたいにはなってません」


 フェンリ。

 ライガ。

 ジャンガ。

 フィーニャ。


 皆と出会えたのは、結局ノアが繋いでくれた縁だった。

 俺一人じゃ、多分無理だった。


「だから――」


 俺はゆっくりと呟く。


「ノアは、俺にとってかけがえのない存在なんです」


「…………」


 シノブはしばらく何も言わなかった。

 ただ腕を組み、窓の外を眺めている。


 夕焼けがその横顔を赤く照らしていた。


 やがて。


「ふぅん」


 それだけ言って、シノブは視線を逸らす。


 興味なさそうな返事。

 だが、その声音はどこか柔らかかった。


 俺は少しだけ笑う。


「なんですかその反応」


「別に」


「絶対なんか思いましたよね?」


「思ってない」


「嘘だ」


「忍は嘘をつく生き物だ」


「開き直った!?」


 思わず声を上げると、シノブは鼻で笑った。


 その笑い方が妙に自然で。

 俺は少しだけ驚く。


 最初に出会った頃のシノブなら、こんな風に笑ったりしなかった気がする。


「……まぁ」


 シノブがぼそりと呟く。


「そこまで言える相手がいるのは、悪くないことだ」


「……シノブさん?」


「勘違いするな。ただの感想だ」


 そう言って、シノブは再び窓の外へ視線を向ける。

 吹き込む風が、彼女の黒髪を揺らした。


 その横顔は、どこか遠くを見ているようだった。


 俺はその表情を見つめながら、ふと考える。

 シノブにも、昔そういう相手がいたんだろうか。


 家族。

 仲間。


 あるいは――父親。


 聞こうとして、やめた。

 今はまだ、踏み込まない方がいい気がしたからだ。


 馬車は進む。

 夕陽が沈み始める。


 遠くには、ノワラへ続く街道が長く伸びていた。

 俺はその道を見つめながら、静かに拳を握る。


 ノアを助ける。

 そのために、次は巫女を探す。


 エルドリックはいない。


 頼れない。

 だから今度は、自分の力で進むしかない。


 たとえどんな困難が待っていようとも――。



 ―――。



 太陽が昇り、しばらく経った空の下。

 俺たちを乗せた馬車は、ゆっくりとノワラ王国の首都――カーヴァインへ近づいていた。


 巨大な外壁。

 空へ向かってそびえる監視塔。

 行き交う商人たちの列。

 見慣れた景色だった。


 それなのに、妙に懐かしく感じる。


「……帰ってきたんだな」


 思わず小さく呟く。


 短い期間の旅だったはずなのに、まるで何年も遠くへ行っていたような感覚があった。

 馬車が門へ近づくにつれ、人の声が聞こえ始める。


「荷物確認だ! 止まれー!」


「次! 商業許可証を見せろ!」


 衛兵たちの怒鳴り声。

 商人の値切り交渉。

 子供たちの笑い声。


 カーヴァインは今日も騒がしかった。

 だが――その騒がしさが、今は妙に心地良い。


 俺は無意識に肩の力を抜いていた。


 馬車が門をくぐる。

 その瞬間、視界いっぱいに広がる王都の景色。


 石畳の道。

 隙間なく並ぶ建物。

 露店から漂う焼き肉や香辛料の匂い。


 朝方にも関わらず、人通りは多い。


 冒険者。

 商人。

 貴族。

 人族。

 獣族。


 あらゆる人々が入り乱れ、街を形成している。


 いつも通りのカーヴァインだった。


「……はぁ」


 気づけば、安堵の息が漏れていた。


 異世界で見た終末のような景色とは違う。

 ここにはちゃんと、人の営みがある。


 笑っている人がいる。

 生きている人がいる。


 それだけで、少し救われた気分になった。


「随分賑やかな街だな」


 隣からシノブの声が聞こえる。


 見ると、彼女は珍しく周囲をきょろきょろ見回していた。

 普段の無表情気味な顔ではなく、どこか興味深そうな目をしている。


「忍の里とは違うんですか?」


「比べ物にならん。うるさすぎる」


「嫌そうには見えませんけど」


「気のせいだ」


 即答だった。

 でも、その視線はしっかり露店や建物へ向いている。


 俺は少しだけ笑ってしまう。


(シノブって、こういう表情もするんだな)


 なんだか少し新鮮だった。


 俺たちはまず、借りていた馬車を返却するため厩へ向かった。

 馬車を降りると、途端に疲労が身体へ押し寄せる。


「うっ……」


 傷口が痛む。

 やっぱり無茶しすぎが原因だ。


「大丈夫か?」


「だ、大丈夫です……多分」


「その“多分”は信用ならん」


 シノブは呆れたようにため息を吐きながら、俺の腕を軽く支える。

 なんだかんだ面倒見がいい。


 厩の主人に馬車を返却し、軽く事情を説明すると、俺たちは再び街へ出た。


「さて……」


 俺は周囲を見回しながら口を開く。


「とりあえず、ルミエラさんに帰還の報告をしに行こうと思うんですが」


「ルミエラ?」


 シノブが首を傾げる。


「誰だそれは」


「俺に協力してくれてる仲間の一人です」


「ふぅん」


 シノブはそれ以上深く聞かず、歩き始めた。

 その後ろを追いながら、俺はルミエラのことを思い出す。


 ルミエラは今、ノアの状態についてライナスと一緒に色々調べてくれているらしい。

 今は俺の家の近くに宿を借りて滞在している。


 俺たちは人混みを抜けながら、その宿へ向かった。


 途中。

 露店の呼び込みが飛び交う。


 香ばしい匂いが鼻を刺激した。

 腹が鳴りそうになる。


(そういえば、まともに食べたのいつだっけ……)


「食うか?」


 シノブが何故か当然のように聞いてくる。


「え?」


「顔が腹減ってるって言ってるぞ」


「顔ってそんな情報出るんですか?」


「出る」


 断言された。

 だが、今は先にルミエラへ報告したかった。


「後でにします」


「真面目だな」


「シノブさんが食べたいだけでは?」


「…………」


 無言で目を逸らした。

 図星か。


 そんなやり取りをしながら宿へ到着する。


 木造の二階建て。

 冒険者向けにしてはそこそこ綺麗な宿だ。

 俺は受付でルミエラについて尋ねる。


「あぁ、ルミエラさんなら今外出中ですよ」


「まだ戻ってませんか?」


「えぇ。鍵も預けたままです」


 どうやら不在らしい。

 おそらくライナスところか、王城だろう。


 ノアの件で動いてくれているのかもしれない。


「どうする?」


 シノブが聞いてくる。


 俺は少し考えたあと答えた。


「一旦、自分の家に戻ります」


「家か」


「はい。両親にも帰ってきたって伝えたいですし」


 それに――。

 少しだけ、落ち着きたかった。


 異世界で起きたことが濃すぎた。

 だからこそ今は、見慣れた場所へ帰りたかった。


 俺たちは宿を後にし、夕暮れの街を再び歩き始める。

 カーヴァインの正午が、ゆっくりと始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ