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異世界戦記 ~ここで俺は最強に至る~  作者: かげ2500
第12章 静寂の眠り姫編

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702話 権能

 ノアを目覚めさせることができる“巫女”を探す。

 それが――次に俺が進むべき道だった。


「……」


 俺はエルドリックの日記を閉じる。

 古びた革表紙が、重々しい音を立てた。


 胸の奥には、まだ色々な感情が渦巻いている。


 エルドリックを止められなかった悔しさ。

 救えなかった無力感。

 そして、最後まで理解しきれなかった悲しさ。


 だが、それでも。

 立ち止まるわけにはいかなかった。


 ノアは今も眠っている。

 俺を待っている。


 なら、進むしかない。


「……進まなくちゃ」


 小さく呟く。

 シノブがこちらを見る。


「どこへだ?」


「一度、ノワラに戻ります」


 俺はそう言いながら、エルドリックの日記を懐へしまった。


「巫女についての情報を集めるなら、まずは人が多い場所に行くべきですし。それに――」


 カリーナにも、ちゃんと話をしなければならない。


 エルドリックのやったこと。

 そして、彼が死んでしまったこと。


 カリーナはエルドリックを慕っていた。

 おそらく、かなり取り乱してしまうだろう。


 でも、これだけは伝えておきたい。

 エルドリックは最期まで、覚悟を背負っていたんだと。


 そんなことを考えていると。


「なら、ワタシもノワラへ行こう」


「……はい?」


 思わず変な声が漏れた。


 シノブは当然のように腕を組み、壁に寄りかかる。


「なんだその顔は」


「いや……巻物、見つかったじゃないですか」


 シノブが探していた物。

 それはもう手元にある。


 なら、彼女の目的は終わったはずだ。

 だが、シノブはふんと鼻を鳴らした。


「兄者に報告せねばならん」


「兄者……カゲロウさんですか」


「あぁ。それに」


 シノブはニヤリと笑った。


「巫女探しと並行して、貴様に兄者の捜索も手伝ってもらおうじゃないか」


「えぇ……」


 思わず露骨に嫌そうな声が出る。

 すると、シノブの目が細くなった。


「貴様、今露骨に嫌そうな顔をしたな?」


「いやだって、面倒なやつじゃないですか」


「ここまでどうにかなったのは誰のおかげだ?」


「うっ」


 反論できない。

 完全にその通りだった。


 今回、シノブがいなければ確実に詰んでいた。


「もちろん礼はしますけど……! 

 お金だったんじゃ!?」


 俺が慌てて言うと、シノブは悪い笑みを浮かべた。


「当然、謝礼金は貰うぞ」


「ですよね!?」


「だが」


 次の瞬間。

 シノブの手が、がしりと俺の肩を掴んだ。


「そんなものだけで、ワタシの働きが買えると思うなよ?」


「いだだだだっ!?」


 力が強い。

 めちゃくちゃ強い。


 肩がミシミシ鳴ってる気がする。


「ちょ、シノブさん!? 

 肩! 肩が取れる!!」


「安心しろ。まだ外さん」


「”まだ”ってなんですか、”まだ”って!!」


 逃げようとする。

 だが逃げられない。


 この人、細いくせに握力どうなってるんだ。


 シノブは俺を掴んだまま、ふっと笑った。


「それに」


「……?」


「ワタシは案外、貴様を気に入った」


「……へ?」


 一瞬、間抜けな声が出た。


 シノブはどこか呆れたような目で俺を見る。


「貴様の気持ち悪いくらいの諦めの悪さは、唯一無二だぞ」


「それ褒めてます?」


「少しはな」


「ほとんど悪口じゃないですか!」


 思わずツッコむと、シノブは珍しく声を上げて笑った。

 地下研究所に、その笑い声が小さく響く。


「……」


 俺はそんなシノブを見ながら、小さく息を吐いた。


 エルドリックは死んだ。

 異世界への扉も崩壊した。


 戦いは終わった。

 なのに、不思議と全部が終わった感じはしなかった。


 むしろ――。

 ここからまた、新しい何かが始まるような感覚があった。


「じゃあ……行きますか」


 俺がそう言うと、シノブは肩から手を離し、短剣を腰へ戻した。


「あぁ。まずはノワラだ」


 こうして。

 俺とシノブは、ノワラへ向かうことになった。


 眠り続けるノアを救うため。

 そして、“巫女”を探すために。



 ※※※



 さら、さら――と。

 乾いた砂が、大地を削るように流れていた。


 世界そのものが黄土色に染め上げられている。


 空も。

 地平線も。

 吹き荒れる風さえも。


 すべてが砂に呑まれた、果てなき黄金の大地。


 そこには命の気配がなかった。

 草木は一本もなく、水の匂いもない。


 ただ永遠に続く砂漠だけが広がっている。


 そして、その砂海の果て。

 まるで世界を睥睨する王のように、巨大な城がそびえ立っていた。


 黒。

 ただ黒い。

 陽光さえ吸い込むような漆黒の城壁。


 幾重にも重なった塔。

 空を貫く尖塔。


 人の営みを拒絶するような、異様な威圧感。

 それは城と言うより――巨大な墓標のようだった。


 吹き荒れる砂嵐でさえ、その城には触れようとしない。

 まるで畏れているかのように。


 その漆黒の城の地下深く。

 光の届かぬ暗闇の底に、一人の男が囚われていた。


 重い鉄鎖。

 両手両足を拘束する無骨な枷。


 冷え切った石床。


 男の身体には衣服すら与えられていない。

 痩せ細った身体には無数の古傷が刻まれ、肌は青白く、生気は薄い。


 だが――。

 その男は、生きていた。


 静かに。

 まるで何百年もそこにいるかのように。


「…………」


 男は眠っていた。

 死人のように。


 呼吸すら止まっているような静寂。


 しかし次の瞬間――。


 ぴたり、と。

 外の風が止まった。


 吹き荒れていた砂嵐が静止する。

 大地を削る轟音が消え失せる。


 世界から“流れ”が失われた。


 異変だった。

 だが、その地下牢にいるはずの男は――理解していた。


 外で何が起きたのかを。


 見てもいない。

 聞いてもいない。


 それなのに、認識していた。


 砂が止まり。

 風が消え。

 空気の流れが変化したことを。


 男はゆっくりと目を開く。


 濁った灰色の瞳。

 しかし、その奥には奇妙な光が宿っていた。


「……起きたか」


 誰に言うでもなく呟く。

 その声は酷く掠れていた。


 長い年月、言葉を発していなかった者の声。

 男はゆっくりと天井を見上げる。


 厚い石壁。

 鉄格子。


 何も見えない。

 だが男の“視界”は、この地下牢になど存在していなかった。


 砂漠の外。

 遠い国。

 山脈。

 海。

 空。


 そして――。

 別世界。


 ありとあらゆる場所の“変化”が、男の脳へ流れ込んでくる。

 それこそが、男に与えられた権能。


天啓観測(オラクル)


 女神より与えられた、神の力の一端。

 あらゆる事象を認識し、知覚する異能。


 未来を読む力ではない。

 世界の“流れ”そのものを観測する力。


 誰が何処で何を為したのか。

 どんな力が生まれ。

 何が壊れ。

 何が変わったのか。


 男には、それが“分かる”。


 だからこそ――。

 男は知っていた。


 つい先ほど。

 一人の男が、“世界の均衡”へ手を伸ばしたことを。


「……エルドリックは失敗したか」


 男は小さく呟く。

 その声には、嘲笑も失望もなかった。


 ただ確認するような響き。


 そして。

 男の脳裏に、一人の青年の姿が浮かぶ。


 黒と白の髪。

 まだ幼さの残る顔。

 傷だらけになりながらも、最後まで諦めなかった目。


 その名を、男は静かに口にした。


「カイル……ブラックウッド」


 男の瞳が細まる。

 鎖が僅かに鳴った。


「次はお前か……」


 ぽつり、と。

 誰にも届かぬ地下牢で呟く。


 その言葉が意味するものを知る者は、ここにはいない。


 男だけが知っている。

 世界が今、ゆっくりと歪み始めていることを。


 女神。

 巫女。

 異世界。

 権能。

 均衡。


 そして――“管理者”。

 すべてが少しずつ動き始めている。


 男はゆっくりと目を閉じた。

 そして、薄く笑う。


 その笑みは、期待にも似ていた。


「お前は……オレを救えるか?」


 静かな声が、暗闇へ溶けていく。


 返事はない。

 あるのは、再び動き出した砂の音だけだった。


 さら、さら、と。

 黄金の世界が、また流れ始める。

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