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異世界戦記 ~ここで俺は最強に至る~  作者: かげ2500
第12章 静寂の眠り姫編

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701話 残された希望

 それからしばらくして――。


 俺たちは、研究所の地下を再び調べ始めていた。


 灯りの少ない薄暗い地下通路は、どこか静かすぎた。


 崩れた石壁。

 ひび割れた床。

 寝具や水場は長年放置されていたのか、汚れていた。


 ここで人が生活していたとは思えないほど、空気は冷え切っている。


「……」


 俺は薄暗い廊下を歩きながら、小さく息を吐いた。


 分からないことだらけだった。


 エルドリックのこと。

 異世界にスキル。


 そして――あの翼の女。


 何一つとして答えに辿り着けていない。

 だからこそ、少しでも手掛かりが欲しかった。


 エルドリックが何を知り、何を考え、何を覚悟していたのか。

 それを知れれば、何か見えてくるかもしれない。


 そんな思いで、俺は地下を隅々まで調べていた。

 シノブもまた、“影の巻物”を探すと言いながら、調査を手伝ってくれている。


 本当に、彼女には助けられてばかりだ。


 監視や護衛に、食事の確保。

 それに戦闘まで。


 そして今も、こうして付き合ってくれている。

 彼女がいなければ、俺は何度詰んでいてもおかしくなかった。


「……全部終わったら、何か礼をしないとな」


 ぽつりと呟く。


 すると。


「なら大金をくれ」


 不意に、廊下の奥からシノブの声が返ってきた。


「聞こえてたんですか!?」


「忍を舐めるな」


 呆れたような声。

 だが、そのやり取りが少しだけ気を楽にしてくれた。


 俺は苦笑しながら、声のした方へ向かう。

 すると、通路の奥でシノブが壁の前にしゃがみ込んでいた。


「どうしたんですか?」


「隠し部屋だ」


「……へ?」


 俺が目を瞬かせると、シノブは壁を軽く叩きながら言った。


「魔力を使わない古典式の隠蔽装置だ。

 おそらく、魔力感知対策だろうな」


「そんなものが……」


「ワタシでなければ気づかなかっただろう」


 少しだけ誇らしげに言うシノブ。

 そのまま彼女は、壁の特定箇所を指先で何度か押した。


 カチ、と小さな音が響く。

 次の瞬間。


 ゴゴゴ――と、重たい音を立てながら、壁の一部が半回転した。


「うわ……」


 思わず声が漏れる。

 壁の奥には、小さな隠し部屋が広がっていた。


 灯りはない。

 だが、扉が開いた瞬間、独特な匂いが鼻を突いた。


 古い紙。

 インク。

 乾いた革。


 資料室特有の匂いだ。


「資料保管庫ですか……?」


「おそらくな」


 シノブは短剣を構えたまま、中を警戒する。

 だが、罠や魔物の気配はない。


 俺たちは慎重に部屋へ足を踏み入れた。


 室内は思ったより狭かった。

 本棚が三つ。

 机が一つ。


 そして大量の書類。

 床には乱雑に積み上げられた紙束が散乱している。


「……エルドリックさん」


 思わず呟く。

 ここには、あの男の“執念”が詰まっていた。


 娘を蘇らせるために費やした時間。


 研究。

 狂気。


 その全てが、この部屋に残されている気がした。


「カイル、こっちだ」


 シノブが棚の一角から巻物を取り出していた。

 黒い紐で封じられた古い巻物。


 そこには、薄く“影の一族”の紋章が刻まれている。


「これが……?」


「あぁ。間違いない。影の巻物だ」


 シノブの声には、僅かな安堵が混じっていた。

 長く探していたものなのだろう。


「よかったですね」


「……あぁ」


 短く頷くシノブ。

 その横で、俺は机の上に置かれていた一冊の古びた本を手に取った。


 革表紙。

 擦り切れた角。


 そして、見覚えのある文字。


「エルドリックさんの字だ……」


 ページをめくる。


 中には大量の記録が書かれていた。


 異世界の観察記録。

 スキルの考察。

 マジックポイントの性質。


 俺が戦いの中で聞いた内容より、さらに詳細な研究がびっしりと記されている。


『スキルとは、魔法を簡略化した概念術式に近い』


『マジックポイントは魔力と極めて近い性質を持つ』


『魂に干渉することで、世界法則を一時的に誤認させられる可能性がある』


 どのページにも、異常なまでの探究心が滲んでいた。


 そして――。

 あるページで、俺の手が止まった。


「……これは」


 そこには、リリアについての記録が書かれていた。


『蘇生後、肉体は安定』


『記憶保持率に異常なし』


『魂の欠損が徐々に進行』


『”代償”を払い、完全蘇生をするには生命エネルギーが必要』


 ページの端には、何度も書き直された跡がある。

 インクが滲み、文字が掠れていた。


 まるで、何度も迷った痕跡のようだった。


 そして。

 さらにページをめくった、その時。


 俺はある一文に目を奪われた。


『蘇生の代償を払ったとき、私は”異世界の管理者”に殺されるだろう』


「――っ」


 呼吸が止まる。


 その文字だけ、妙に濃かった。

 覚悟を刻み込むように。

 自分に言い聞かせるように。


 深く、強く書かれていた。


「……そういうことなのか」


 思わず呟く。


 エルドリックは知っていた。


 自分がどうなるのかを。

 あの翼の女が現れることを。

 自分が“処理”されることを。


 全部、理解した上で――。


 それでも、蘇生を止めなかったんだ。


 震える指で、俺は日記の続きをめくった。

 紙が擦れる音だけが、小さな隠し部屋に響く。


「……」


 シノブも、いつの間にか俺の横に立っていた。

 影の巻物を抱えたまま、黙ってページを覗き込んでいる。


 だが、俺たちの間に言葉はなかった。


 必要なかった。

 あの一文だけで、十分すぎたからだ。


 エルドリックは知っていた。


 全部。

 自分がどんな末路を迎えるのかを。

 分かっていて――なお進んだ。


 胸が重かった。


 エルドリックは最後まで迷っていた。


 俺に止めてほしいと思っていた。

 それでも止まれなかった。


 娘を蘇らせたいという願いが、すべてを上回ってしまった。

 だから最後は、自分が罰されることすら受け入れていたんだ。


「……」


 俺は目を閉じる。

 あの最後の姿が脳裏に浮かぶ。


 結晶に包まれたエルドリック。

 抵抗すらしなかった。


 まるで、自分の罪を受け入れるように。


「……エルドリックさんは」


 喉が詰まる。

 だが、俺は無理やり言葉を押し出した。


「もう、死んだんだ……」


 シノブは何も言わなかった。


 否定もしない。

 肯定もしない。


 ただ、静かに目を伏せていた。


 俺は再びページをめくる。

 今は感傷に浸っている場合じゃない。


 少しでも情報を集めなければ。


 すると。

 あるページで、再び手が止まった。


「……これは」


 そこには、あの翼の女についての記述があった。


『“世界を管理する女神”の存在を認知したのは、ごく最近のこと』


『大きな白い翼を持ち、金の輪を頭上に浮かべる異質な存在』


『あれは紛うことなき神に近しい存在だった』


 文字を追うごとに、背筋が冷えていく。


 エルドリックは、あの女と接触していた。

 しかも、かなり前から。


『異世界へ通ずる扉を開発した際、あの存在は私の前に現れた』


『そして警告した』


『世界の均衡を崩してはならない。過干渉は互いの世界を破滅へ導く、と』


「……」


 思わず息を呑む。


 世界の均衡。

 過干渉。


 つまり、エルドリックがやろうとしていたことは、最初から“禁忌”だったのだ。


 だから管理者が現れた。

 だから最後に排除された。


 シノブが低く呟く。


「やはり……あれは神格存在か」


「神様、なんですかね……本当に」


「少なくとも、人間ではない」


 俺はさらにページをめくる。

 そこから先は、エルドリックによる“女神”の能力考察だった。


『女神は世界そのものを“調整”する力を持つ』


『均衡を保つため、異物や害悪を排除する権能を有している可能性が高い』


『おそらく、あらゆる災厄を処理できる』


『理論上、死すら超越している』


 その内容は、もはや研究というより推論だった。


 だが、エルドリックほどの男がここまで断言するのだ。

 単なる妄想ではない。


 実際に何かを見たのだろう。


 そして――。

 さらに読み進めた俺は、ある記述に目を見開いた。


『女神の力は、一部の人間へ断片的に与えられている』


『その者たちは“巫女”と呼ばれている』


『女神の権能の欠片を借り受け、世界へ善を撒く者もいれば、悪を散らす者もいる』


「……巫女?」


 その単語を見た瞬間。

 脳裏に、ある男の声が蘇った。


「『神託の巫女』、か……」


 最強の勇者。

 アルベリオ・セリオン。


 かつて彼が、そんな言葉を口にしていた。

 詳細は知らない。


 だが、一つだけ覚えている。

 “巫女”という存在が、確かにこの世界にいるということを。


「……待てよ」


 胸が、どくりと脈打つ。


 もし。

 もし本当に、巫女が女神の力を借りているなら。


 その力が、“世界を調整する力”なら。


 なら――。


「ノアを……」


 思わず声が漏れる。

 シノブがこちらを見る。


「カイル?」


「ノアを、助けられるかもしれない……!」


 立ち上がる。

 胸の奥で、消えかけていた火が再び灯る。


 エルドリックはいなくなった。

 方法も失われた。


 そう思っていた。

 だが違う。


 まだ道は残っている。


 巫女に与えられた女神の権能。

 そのどこかに、ノアを目覚めさせる術があるかもしれない。


「……」


 シノブはしばらく俺を見つめたあと、小さく息を吐いた。


「貴様、本当に諦めが悪いな」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「馬鹿者め」


 そう言いながらも、シノブの口元は僅かに緩んでいた。


 俺は日記を強く握り締める。

 終わっていない。


 まだだ。

 ノアを助ける道は、まだ完全には閉ざされていない。

 エルドリックが、最期に残してくれた希望だ。


 巫女を探す――それが俺の進むべき道だ。

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